「国内市場5.7兆円」
「実は30人に1人」
それぞれ、2012年7月14日号の「週刊ダイヤモンド」「東洋経済」に踊った見出しです。特集は、LGBT。レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダーの頭文字に由来し、広い意味ではこれら4つに当てはまらない人々も含めて、性的マイノリティの総称として使われる言葉です。
2012年といえば、バラク・オバマ前大統領が、歴代アメリカ大統領の中で初めて同性婚支持を明言した年でもありました。いわゆる「LGBT市場」はピンクマネーとも呼ばれ、大きな注目を浴びることになりました。
あれから、今年で5年。
はっきり言ってこの5年で、いわゆる「LGBT市場」のみを狙い撃ちしたビジネスが、いったいどれだけスベってきたでしょうか。
ところで、ご挨拶がまだでしたね。私は、いわゆるLGBTをはじめ、性のことを著作・講演・テレビ出演などでお伝えすることを専門としています、牧村朝子といいます。最近のお仕事は、NHKカルチャーラジオでのLGBT入門講座や、著書「ゲイカップルに萌えたら迷惑ですか?聞きたいけど聞けないLGBTsのこと」などです。
今はロサンゼルスのホテルでこの原稿を書いていますが、近くのサンタモニカ通りにはゲイ&レズビアン商工会議所なるものもあるそうです。
ハリウッド通りには「MAKE AMERICA GAY AGAIN!」という、現政権を完全にナメきったキャッチフレーズの看板もありました。立派なLGBTセンターもそびえ立っています。つよいです。ロサンゼルスのLGBTコミュニティ、つよいです。それもそのはず。
「LGBT」の由来は……
「LGBT」という言葉はもともと、「私たちは見た目でわからないだけで、どこにでもいるんだ」と名乗り出るために作られたものだったという経緯があるんですね。
つまり、誰かお偉いさんが人々を指さして「あの人たちはLGBTだ」と言ったのではなく、似たような孤独を知る人たちが手を取り合って「私たちはLGBTだ」と名乗ったことにより生まれた言葉であったわけです。人間の種類を指す言葉ではなく、ある種のチーム名みたいな言葉だ、ということですね。
にも関わらず、日本ではこうした背景が知られていないように思います。本人たちが「私たちはLGBTだ」と名乗る形ではなく、特定の人たちを指さして「この人たちはLGBTといいます」という形で広まっていったのです。
だからLGBTビジネスがスベるのです。
悪い例にするようで恐縮ですが、以下は、私が実際に受けたビジネスのご相談です。
●東京オリンピックも近いしLGBTが流行ると思うのでLGBT当事者限定のサービスを立ち上げたい
●LGBT当事者である証明書を発行して、それを持っている人しか入れない会員制サイト・クラブ・イベントを運営したい
私はこうお答えしました。
「あなたが考える“LGBT当事者”とは誰のことですか。肉体を持って生きる以上、性のことは誰もが当事者であると思いますが、その一部に線を引いて区切るのはなんのためですか」
「そのサービスは、なぜLGBTでない人を排除するのですか」
もともと「私たちを排除しないで」と立ち上がった人たちが名乗ったLGBTを、また別の誰かを排除する道具にしてしまっては、本末転倒ではないでしょうか。
こうしたことを避けるために、近年、考え方のアップデートが行われつつあります。
2010年代後半に行われたアップデート「SOGI」
SOGIとは、Sexual Orientation and Gender Identityの略。読み方は「ソギ」で、日本語訳すれば「性的指向と性自認」になります。それぞれ、こういう意味です。
性的指向
- 同性愛、異性愛、両性愛(バイ)、無性愛(アセクシャル、Aセク)など。恋愛感情や性欲がどの性別の人に向かうか。他者に恋愛感情が向かない、性欲が向かない、という場合もある。自ら志してなるわけではないので、「性的志向」は誤字。また、「性的嗜好」とも区別される。大きく言えば、性的嗜好は「何に興奮するか」であり、性的指向は「誰と生きていくか(もしくは、ひとりで生きるか)」である。
性自認
- 女性、男性、中性、無性、など、自分の性別をなんだと思うか。英語のgender identityから日本語訳される際に「心の性」という訳語が当てられたが、心に性別があるか否かは客観的に証明されたものではない。見た目やふるまいにかかわらず、あくまで「本人が自分の性別をなんだと思うか」。
「LGBT」には特定の人々を指すニュアンスがあったのに対し、「SOGI」では全人類が対象になります。人にはそれぞれの性的指向があり、それぞれの性自認がある。
「同性愛者はアーティスティックでクリエイティブ」とか「異性愛者のほうが正常で生産的」とかそういう優劣はなく、みな平等に尊重されてしかるべきである……という考え方ですね。
確かに、似た者同士で集まると安心する習性が人間にはあります。
だから人は女子会をするし、パリやロサンゼルスに日本人街を作るし、大学に県民会を作るわけです。
けれど……もし、あなたの身の回りで、「集まる」ではなく「集める」ようなLGBT向けビジネス企画を耳にしたら、ぜひこう聞いてみて下さい。
「あなたの思うLGBTとは誰のことですか」
「なぜLGBT以外を排除する必要があるのでしょうか」
LGBTを「6兆円市場!」としか思っていない商売は、これらの質問にうまく答えられないのですぐわかります。“LGBT向け”の柵に人を囲い込むより、従来のサービスからLGBTも排除しないという姿勢でいたほうが、もっともっと広い市場を相手にビジネスができるはずではないでしょうか。
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