私たちは、目を閉じたままでもご飯を口に運ぶことができる。また、常に視界に入っているにも関わらず、自分の鼻を邪魔に感じることはない。それは、脳が無意識に筋肉の動きを計算し、また、無意識に視野の鼻を消しているからである。
私たちは当然のことながら、意識にのぼることしか感知できないのだが、実は、「意識できること」よりも「無意識のまま脳が実行していること」の方がはるかに多いのだ。
今回紹介するのは池谷裕二氏の『脳はなにかと言い訳する―人は幸せになるようにできていた!?』である。池谷裕二氏は脳の仕組みを素人でも分かり易く紹介することに定評があり、本著も非常に読み易い一冊となっている。25個あるテーマの中から3つを簡潔に紹介しよう。
脳はなにかと疲れを溜める
ストレスは、主観的な負荷や重圧のこと、「ストレッサー」はその個人に掛かる環境的な刺激などを指す。つまり「受験はストレスだ」という言い方は厳密には間違いで、正確には、「受験はストレッサーだ」となる。
即ち、受験というストレッサーがストレスになるかどうかは、人によって異なるのだ。勉強が好きで受験も苦にならない人がいれば、勉強が嫌いで受験なんかしたくないという人もいる。
また、同じ人でも、それまでストレスだったものが、ストレスに感じなくなることもある。
人前でしゃべるのが苦手でいつも緊張していた人が、場数を踏むうちに慣れて緊張しなくなった、というのが良い例だが、実は、ストレスに慣れるということは、一種の「記憶の作用」である。同じストレッサーに対してストレスが減るのは、「これはストレスに感じる必要はない」と脳が記憶した結果なのだ。
心理学者ヘンケの試験によると、記憶を司る海馬を麻痺させたネズミは新しい環境にうまく順応することができず、いつまでも強いストレスを感じ続けた。一方、海馬を刺激するとストレスが減少したのである。ストレスへの備えとして、日頃から記憶力を鍛えておくのは有効な手段であるかもしれない。
脳はなにかとやる気になる
モチベーションを維持するには大きく分けて二つの方法がある。一つは「外発的動機付け」、即ちご褒美によってモチベーションを高める方法である。そして、もう一つは「作業興奮」という、実際に体を動かす方法である。
やる気というものは、待っていれば湧いてくるものではない。しかし、やる気がなくてもひとまず行動することによって脳が次第に活性化し、やる気が出て、のめり込んでいくことがある。これが「作業興奮」だ。勉強の前に始めた机の掃除にいつの間にか熱中してしまい、結局勉強ができなくなってしまうのも、恐らくはこのためである。
外発的動機付けにおいて重要となるのが「ドーパミン」である。これは快楽を生み出す神経伝達物質で、「腹側被蓋野」を刺激するとたくさん出てくる。快楽を求めることがやる気やモチベーションにつながり、同時に、快楽を満たすドーパミンが活動することで、盲目的になれるのである。
盲目性は危険だが、非常に重要な要素でもある。他人からすれば面倒で大変なことも、本人にとってそれが快感であれば、苦労が苦労でなくなるからだ。趣味に打ち込んだり、夢に向かってひた走ったり、ヒトの原動力は、多かれ少なかれ「盲目性」によって麻痺する精神構造から生まれているのかもしれない。
脳はなにかと依存する
タバコをなかなかやめられない人もいれば、すぐやめられる人もいる。また、アルコールに強い人もいれば、弱い人もいる。これらは遺伝子の違い、「遺伝子多型」によるものである。薬の効き方も同様で、遺伝子を参考にしながら患者にベストな治療法を決定していくことを、「薬理ゲノミクス」と呼ぶ。
一方で、環境因子も重要な要素となる。例えば、ヘビースモーカーの人はニコチンを頻繁に分解しなければならないため、特定の肝臓の酵素がよく働いている。こういう人は、薬がすぐに肝臓で分解されてしまい、きちんと効かないこともあるようなのだ。遺伝子だけでなく、環境や生活習慣の因子も考慮していかないと、限界が生じてしまう。
2006年の『ネイチャー』誌に発表された論文によれば、新陳代謝を知ることで、薬の感受性を予測できるのではないかといわれている。
なぜなら新陳代謝には「環境因子」と「遺伝子」の両方が反映されているからだ。尿や血液、皮膚など、「遺伝子以外のもの」も調べることで、より正確に薬の副作用を予測しようとする研究は「薬理代謝ゲノミクス」と呼ばれ、期待の分野とされる。
脳科学は“ホットな”研究分野であり、次々に新しい発見がなされている。本著には数多くの参考文献が載せられているため、興味があれば元の論文を読んでみるのもいいだろう。
U-NOTEをフォローしておすすめ記事を購読しよう