ビジネスパーソンの必須知識として求められている、いわゆる「ビジネスマナー」。それは業務を円滑にし、取引先と良好な関係を築くために必要なものだ。
だが、そんなビジネスマナーの中には、本来の意味と乖離して形式化された、少々首を傾げざるを得ないものも少なくない。
例えば、「取引先で出されたお茶には手をつけてはいけない」という謎ルールはいったいいつ誰が決めたのか。せっかく出されたものをいただかない方がよほど失礼ではないか。「ノックは3回」「印鑑は頭を垂れるようにやや左に傾けて押す」などに至っては、もはや呪術の類である。
本稿では、こうしたビジネスマナーのうちいくつかを、冷静に検証してみたいと思う。
言葉編:上司に「ご苦労様」はNGで「お疲れ様」ならOK?
ビジネスマナーの基礎の基礎として、目上の者に対する言葉の使い方がある。最もよく言われるのが……
●上司が先に退出するとき、「ご苦労様です」と声をかけるのは相手を見下しているのでNG。この場合は「お疲れ様です」と言うべき。
これは果たして正しいのだろうか。「ご苦労様」という言葉は、相手を「ねぎらう」言い方である。通常、ねぎらいのことばをかけるのは目上の者であって、それを目下の者が使うのはよろしくない。ここまではわかる。
だが、それを言えば「お疲れ様」も同じくねぎらいの意味がある言い方ではないのか。上から目線が悪いというのなら、「ご苦労様」と「お疲れ様」にたいした違いはない。
まあそんなことを言い出すと、退出する上司にかけることばは「さようなら」くらいしかなくなるわけだが、この使い分けには疑問が残る。例えば「明日もよろしくお願いします」あたりでよいのではないか。
また、最近よくビジネスマナー界隈で取り上げられる例にこういうものがある。
●「了解しました」は相手にとって敬意がない。「承知しました」を使うべし。
確かに、「了解」とは「解り終えた=わかった」を表すシンプルな語で、それに対して「承知」は「承る」という謙譲の意味がすでに含まれている分だけ丁寧だと言える。だが、ビジネスの場で「了解!」とだけ叫ぶ人はまあいないだろう。「了解しました」「了解いたしました」で、丁寧語としては充分だ。
上下関係と言えば、「自社や取引先の役職どう呼ぶか問題」も重要だ。社長、部長といった役職はそれ自体が敬称だと考えられるので、そこに「様」をつけて「社長様」と呼ぶのは過剰だ。取引先なら「社長の○○様」、自社の上司なら「課長の××」と呼ぶのが穏当である。
ここで問題になるのは……
●自社の上司に「殿」をつけるのはアリか
ということだ。稟議書などを上司に提出する際、自社の上司に「様」を使うのはやりすぎである。
だが、一部のビジネスマナー本では「殿」は「自分より目下の者に使うものであり、上司に使うべきではない」とされている。はっきり言って、これは正しくない。
「殿」はもともと立派な敬称であり(だって殿様の殿ですよ)、現在はその意味も薄れがちになったとは言え、公的な場においては目上・目下に関係なく通用する。プライベートな場ではまた話は別だが、オフィシャルな場では「社長殿」でさえ間違いではない。
しぐさ編:「席次」という日本独自の不思議な風習の謎
言葉遣いと並んでビジネスマナーにおいてやっかいなのが所作である。例えば「名刺を交換するときは相手より下に差し出す」というマナーを双方が遵守しようとして、互いの腰がどんどん下がっていったというコントのような状況を記者は何度か見た。
特にビジネスパーソンが叩き込まれるのが「席次」というものである。いわく、取引先の重要人物は奥の上座に座ってもらい、経験の浅い社員は出入口付近に座る。ただし眺望を楽しんでもらえるような場なら、それが見える窓と対面した席を相手に譲る……うんぬんかんぬん。
確かにそれは「相手をもてなす」日本の美点が形となったよい習慣と言えるだろう。だが、それが行きすぎてどうしても得心がいかない「異常進化」を遂げてしまった例もあるような気がする。
自動車に乗るときにも席次がある。
●タクシーの場合、席次の第1位は後部座席の右側、最も奥。次が後部座席の左側。後部座席に3人掛ける場合は中央がその次となり、最も下座は助手席となる。
だがこれがなぜか、接待側が運転手になる場合では違ってくるのだ。
●下座は後部座席の左側か、3人掛けの場合は中央。そして、上座は助手席。
助手席が最も事故による危険度が高いというのは必ずしも言い切れないというが、運転手の違いによって上座と下座が入れ替わるというのはどういうわけなのだろう。クルマの中での席次の根拠のあやふやさが見て取れる。
また、「エレベーターに乗る際の席次」というものも存在する。
●エレベーターは奥の左側が上座。下座の者は操作盤の前に立つ。
これ自体はそれほどおかしいものではない。だが、一部にはこのようなことまで求められるという。
●下座の者は操作盤の開閉ボタンに常に気をつけ、人の乗り降りが終わると即座に「閉」ボタンを押してすぐ目的階に着くようにしなければならない。
「閉」ボタンをすばやく押したからといって、エレベーターが到着するスピードがそんなに上がるわけはないのである。だがおそらく「そうしてみせること」が誠意だと思われているのだろう。
理不尽だと思っても、従わなくてはならない処世術
以上、一般に流通しているビジネスマナーについて少々ツッコミを入れてきた。もちろん、これらのビジネスマナーを根本から否定するわけではない。「正しいか正しくないか」よりも、「相手にとって心地よいか不快か」がマナーの本質だからだ。
ただ、一方で「ビジネスマナーかくあるべし」という風潮が暴走して、ビジネスパーソンに過大なストレスを与えている印象は拭えない。
読者のみなさんも、「そのマナーの根拠は何なのか」を考え、そして「このマナーってなんかおかしくね?」という疑問を持つ視点を忘れないでほしい。そしてそういった疑問を、ぜひU-NOTEに届けていただければ幸いである。
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