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西田宗千佳のトレンドノート:AirPodsに秘められたアップルの次世代戦略を分析

西田宗千佳

2017/10/05(最終更新日:2017/10/05)


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 アップルは、12月19日から「AirPods」の販売を開始した。AirPodsは、Bluetoothを使った無線ヘッドホンだが、単なる無線ヘッドホンではない。左右の耳の間も無線接続になった「左右分離型」「完全ワイヤレス」などと呼ばれるものだ。

 筆者はレビュー記事執筆の関係もあり、ずいぶん前から一足お先に使わせていただいて、非常に良い製品だと評価している。なにより、左右をつなぐケーブルがなくなっただけで、こんなに自由に感じるのか、というのが率直な感想だ。

 一方で、AirPodsの発売は、元々は10月を予定していた。それがここまで遅れたのは異例なことだ。また、アップルは同時に、iPhone 7で「ヘッドホン端子」をなくした。無線へのシフトを鮮明にしているのだ。

 なぜアップルはそこまで強気に無線シフトを行うのか? そこを分析しよう。

アメリカのヘッドホン市場をアップルが支配

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 iPhone 7でヘッドホン端子を廃止した理由を、アップルは「そのスペースを別のことに使うため」と説明している。

 バッテリー容量を増やしたりプロセッサーを大規模化したり、防水にしたりするには、スマホの中の空間がより必要になる。だから、アップルの言うことは正しいのだが、かといって「ヘッドホン端子を無くさないとできない」というわけでもない。他社はなんとかやっているからだ。

 アップルがここで強気に出られた理由は、また別のところにある。

 実はアップルは、世界的な「ヘッドホンメーカー」でもある。iPhone付属の「EarPods」が普及しているから……ということもあるのだが、それ以上に、2014年に「Beats Electronics」を買収し、傘下企業としていることが大きい。

 日本でもBeats製品の人気は高まっているが、アメリカではすでに「圧倒的トップ」になっている。金額ベースでは、1位のBeatsと2位のLG Electronicsを合わせて6割を大幅に超えるシェアであり、しかも、Beatsと2位の差は倍近い、とされている。10代の間では、もっともブランド認知度の高い企業だ。

 その、大人気のBeats製品の中でも屋台骨となっているのが「ワイヤレス」製品。実はアメリカでは、ヘッドホン市場を金額ベースで集計すると、2016年6月以降、有線のヘッドホンをワイヤレスヘッドホンが抜いてしまう、という状況になった。

 アメリカ市場のワイヤレスへの偏重ぶりは、2015年ソニーが同社のヘッドホンブランドを「h.ear」に切り換えた時も、アメリカ市場だけはワイヤレスモデルの準備を待って、日本や欧米より6カ月近く遅れた、2016年にビジネスを開始する判断をした、というエピソードからも読み取れる。そのくらいアメリカでは、「ワイヤレスでなければビジネスにならない」のである。

 すなわち、低価格なものをのぞき、「わざわざブランドを選んで買うようなヘッドホン」の主流はワイヤレスであり、その中でのトップブランドがBeats=アップル、ということになっているわけだ。

 アップルが強気に出られる背景には、家電最大の消費地であるアメリカ市場での強さがある。

AI時代を見据えた「アップルの戦略製品」

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 もちろん、アップルがワイヤレスに移行する理由は、シェアを背景にしたものだけではない。

 アップルが本当に狙っているのは、「音楽を聴く」ことだけでなく、「話す」ことのワイヤレス化だ。

 AirPodsは、本体を軽く2回タップすると、iPhoneなどに搭載された同社の音声応答AI「Siri」が起動する。音声を拾う能力も高いので、あまり大きな声を出さなくても、Siriに音声で命令を与え、ネット検索などが行える。

 今後、コンピュータの軸は「AI」になっていく。人がわざわざ文字を入力したりアプリを操作したりしなくても、AIが仲立ちになって操作し、自分は結果だけを得られる時代がやってくる。もちろん、まだまだ先の話だが。

 その時には、音声入力が重要になるし、音声での応答も重要になる。単なるヘッドホンから、「スマホと自分」「ネットと自分」のインターフェースとしてのヘッドホン、という要素が強くなるのだ。

 また、ワイヤレスで様々な機器につながること、そして、非常に軽くてあまり意識せずに使い続けられることが重要になる。AirPodsはその要素のいくつかを備えている。
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 インターフェースとしては、当面Bluetoothを使うのが現実的だが、今のBluetoothヘッドホンは、接続や設定が意外と面倒だ。バッテリーの持ちも問題がある。それらを改善するには、ワイヤレスヘッドホンのためのLSIの開発も重要になる。

 アップルは、今秋のBeats製品とAirPodsに「W1」という共通のLSIを使っている。これは、接続性や省電力性といった問題を解決するために用意されたものだ。ヘッドホン専用のLSIを作るのはコストがかかることだが、トップシェアのBeatsとアップルの戦略製品であるAirPodsで使うなら、十分に元がとれる。

 実際、AirPodsの最大の魅力は、iPhoneと組み合わせた時の設定の簡便さであり、完全ワイヤレスでありながら十分にバッテリーが持つ事だ。要は使いやすいのである。そのことは、アップルが自社製品のファンになってもらうことにも大きく寄与する。

 実際には、ヘッドホンに様々な機能を搭載することも、左右独立・完全ワイヤレスの製品を作ることも、アップルが最初に行うことではない。大手がまだ手を出していないだけで、先進的な製品はいくつもある。

 そこに、アップルという「ヘッドホン最大手」がいきなり本気を出してくるところに、大きなトピックがある。1万6,800円という価格は、ヘッドホン全体の中では安いものではない。しかし、完全ワイヤレス型ではもっとも安い部類で、出来も良い。

 すでにAirPodsは、受注残が1カ月分程度あるほどの大人気製品となった。それにはもちろん、相応の理由があったのである。

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