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今こそ問われるBI実現の可能性:『ベーシック・インカム 国家は貧困問題を解決できるか』

藤井浩

2016/12/01(最終更新日:2016/12/01)


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 貧困問題が深刻化する中、わが国の社会保障を巡る状況はますます厳しくなりつつある。ちょうど本稿を執筆している2016年11月29日、公的年金の引き下げなどを盛り込んだ年金制度改革法案が衆院を通過したところだ。少子高齢化が進み、失業者やワーキングプアも増大、さりとて困窮する国民を支える財源は少なく、増税には猛批判が起こる。

 そんな袋小路を打開する策として考えられたのが、「ベーシック・インカム(BI)」という制度だ。BIでは、すべての国民に一律の基礎的な所得を給付する。つまり、「金がないなら国が配ろう」というシンプルな解決法である。

 だが、そのような方策が果たして有効なのか。そもそも、実現可能なのか。そんな疑問に対して、具体的な数字を提示してBIの有効性と実現性について論じたのが、原田泰氏の『ベーシック・インカム 国家は貧困問題を解決できるか』だ。

BIは貧困を救う「たったひとつの冴えたやりかた」

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 一時盛り上がったBIに関する議論だが、様々な反駁によって徐々に下火になっていった。いわく「そんな財源がどこにあるのか」「労働意欲を低下させる」「まるで社会主義だ」……。BIに懐疑的な意見は、今も根強い。

 著者はまず、現状の社会保障の矛盾と非効率性を指摘することでBIの優位性を示す。例えば、これまでの日本において国民生活の安定はもっぱら企業に依拠していたが、今やそれは通用しなくなっている。終身雇用も手厚い福利厚生も過去のもの、非正規雇用が増大して、働いても困窮を解消できないワーキングプアが生まれ続けている。国が最低賃金を引き上げても、それは企業にとっては雇用をさらに渋る要因にしかならない。企業に頼る経済政策は脆弱である。なにしろ、企業は人を雇うか雇わないか判断する権利を握っているのだから。

 そうした貧困層のセーフティネットとして国が用意しているものに、生活保護がある。だが、これには「働いている人間より高い給付金をもらっている」「不正受給が横行している」といった批判がつきまとう。

 確かに、日本の生活保護の給付水準は高い。しかし、その裏には受給者よりはるかに多くの「生活保護にアクセスできずにいる人々」がいる。そもそも、生活保護の基準を満たすかどうかを個々人に対して審査することそのものが非効率的かつ恣意的である。不正受給も一部に存在するが、それはセンセーショナルに取り上げられる割には少数であり、より大きな問題は受給が「広く浅い」状態になっていないことだ。また、生活保護は収入があった場合そのほぼ全額を差し引かれるため、かえって労働意欲を削ぐという側面もある。

 企業に依拠した社会保障はすでに崩壊している。国が用意している現行の政策は非効率的である上に、必要な人すべてに届いていない。そこで登場するのがBIというわけだ。

月額「20歳以上7万円、20歳未満3万円」のBIは実現できる!

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 BIは、国民全員に一定額の基礎的所得を給付する。それによって煩雑な現行の社会保障システムを効率化し、広く浅く生活の安心を担保する。具体的に著者が本書で提示するプランは、以下のとおりだ。

「所得税を30%とし、20歳以上の全国民に7万円、20歳未満には3万円を毎月給付する」

 日本では、約990万人が年間84万円以下の所得で暮らしているという。その水準を、全国民に保障するというわけだ。

 ここで、やはりいくつかの疑問が浮かぶことだろう。まず、その財源はどうするのか? このプランに必要な予算の総額は約96.3兆円。とても今の日本の財政にそんな余裕があるとは思えない。

 だが著者は、その財源として所得税30%、公共事業など各予算の無駄の削減に加えて、老齢基礎年金、子ども手当、雇用保険、配偶者控除、子ども扶養控除、基礎控除、そして生活保護といった現行の社会保障制度をほとんど廃止することで充分まかなえると言うのだ。なんとも大胆な改革、いや国家システムの大改造であろうか。
 
 もちろん年間84万円の給付は生活に充分ではないが、それはどんな社会保障制度でも同じであり、その中でBIは同じ財政支出でより効果的に貧困を解消し、セーフティネットから洩れる人を防ぎ、福祉官僚の恣意性に満ちた現行制度から脱却できる点で優れていると本書は語る。生活保護のように働いた分が目減りするわけではないので、労働でよりよい生活を目指す意欲も削がれない。

 また、BIは貧困層でない、豊かな人にも給付を行うことになるが、これについては基本的な所得控除の代わりに、BIを与えてからより高い税率で課税すると考えれば同じだと著者は説明する。所得税30%では富裕層にとって減税となるが、累進課税を導入するプランも考えられるという。

 その他、著者はBIについて懐疑的な人が抱くであろう異論や疑念について、丁寧に──読みようによっては草木についた虫を一匹一匹潰すように──答えている。「医療保険制度はどうなるのか?」「企業が賃金を下げるのではないか?」「BIを求めて移民が押し寄せてくるのではないか?」「経済活動に与しないアーティストのような“夢追い人”が増えるのでは?」。このあたりの一問一答は著者のBIに対する執念すら感じる部分で読み物として面白い。

“バラマキ”は国民の生活を支える福音となるか?

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 全国民に一律の給付金を配るBI。それが「究極のバラマキ」であることは本書も認めている。その上で、オビにはこう大書してある。

「バラマキは正しい経済政策である」

 著者は問う。これまでの「バラマキでない」経済政策が果たして功を奏してきただろうか、と。農業政策にしても林業政策にしても、災害復興でさえも、局所的で集中的な財政支出は非効率的に過ぎるのではないか。惨憺たる現状に比べれば、バラマキの方がはるかにベターだというのが本書の主張である。

 情緒やイデオロギーではなく、あくまでも「経済効率」の観点からBIについて解く本書。もちろん、それを突拍子もない、ムチャなアイディアだという考えを拭いきれない人も多いだろう。正直、本稿記者も少なくとも現政権、現体制の中ではBI導入は難しいと考える。だが、貧困問題が解決の糸口さえ見えないまま福祉政策が萎縮しつつある現在、改めてBIに関して考えてみる必要はあるのではないだろうか。

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