「良い質問には、答えが半分隠されている」。そう言ったのは、作家の開高健だっただろうか。私事ながら本記事の筆者も一応ライターとしてインタビューをする機会が多いのだが、相手からいかに面白い話を引き出すか、常に四苦八苦している。どんな質問をすればノッてくれるだろうか。いっそあえてネガティブな発言をぶつけて本音を引き出そうか。だが未だにままならないことも多い。
今回紹介する書籍『「良い質問」をする技術』は、まさに書名どおり「質問」のメソッドについてわかりやすく解説した本である。著者の粟津恭一郎氏は、大企業の経営者や次期経営者などにコーチングを行うエグゼクティブコーチ。「コーチング」とは対話によるコミュニケーションによって相手の自己実現への意識を引き出す技術であるが、著者はそれを「質問をする」仕事だと簡潔に説明する。
「質問のプロ」が開示するひらめきと気づきの引き出し方
例えば、今日あなたが他人と交わした会話の内容を思い出してほしい。そのほとんどは、「質問」と「回答」で成り立っていないだろうか。「いっしょにメシ行く?」「いいね」、そんな他愛のない会話の中にも「質問」は存在する。
また、人は自分自身に質問を投げかけることも多い。「今日、雨降るかな」「さっき彼に言ったこと、気にしてないかな」などなど。
「質問」は、人間の意志決定に大きな作用を及ぼす。著者はそれを「人は質問に支配されている」と言い切る。そしてそこから「質問を変えれば、行動も変わる」というテーゼを導き出す。つまり、良質な質問を発することができれば、同僚や部下、そして自分自身をも変えていくことができるというわけだ。
では、「良い質問」とはどのようなものだろう。端的に言うと、それは質問をされた側に「気づき」を与えるものだという。なぜそんなことを聞かれたのか。その答えを自分で見つけようとしたとき、自発的に「気づき」と「ひらめき」が生まれる。これが「質問」の力だ。
例えば命令形で「これはこういう風にやれ」と言われても、気づきは生まれない。「どうしたらもっといいものができるのかな?」と質問することでこそ、問われた相手が自らの手で答えを見つけられるのだ。成功する経営者は、いずれもこのような「良い質問」を他者に、そして自分自身に与えている。
「質問」には4種類のカタチがある
本書では、「質問」を4つのカテゴリに分類している。
質問を4種類にカテゴライズ
- 軽い質問:答えたいが気づきはない
- 悪い質問:答えたくない、気づきもない
- 重い質問:答えたくないが気づきがある
- 良い質問:答えたい、そして気づきがある
「軽い質問」は、先述の「いっしょにメシ行く?」のような日常的なコミュニケーションで、これ自体に「気づき」はないが、「良い質問」を投げかける下地を作る役割を果たすこともある。相手の情報収集の手段として、こういった「軽い質問」は有効なのだ。
「悪い質問」は、相手にとって不快な、ネガティブな感情を抱かせるもので、これは避けなければならない。問題はそれが「無意識のうちに」発せられる可能性があるということだ。また、「質問をする自分を気に入られたい」というような下心を含む質問も、見透かされがちな「悪い質問」だ。
「重い質問」は、相手にとって答えづらいことをあえて問うこと。これは相手との関係性が充分に構築されていなければ「悪い質問」になってしまう高等テクニックだが、それによって「気づき」を生み出すことがある。例えば、「失敗」について聞くことは相手にとって辛いことだが、それを顧み、未来への糧にすることができれば、それは「気づき」となる。相手の中で成し遂げられなかった「未完了」の出来事を、心の中でひとまず「完了」させて次へと進む手助けとなるのだ。
そして「良い質問」。これについてのメソッドは本書の核心部分なのであえて簡略に述べさせていただくが、上記の「軽い質問」「重い質問」は、相手が「進んで答えたい、そしてその対話によって気づきが生まれる」こと、つまり「良い質問」への足がかりとなるということ。そして、「良い質問」の例として、著者は次のようなことを挙げる。
良い質問の例
- 「本質的」なことを聞く。いわゆる「5W1H」を明確にし、過去よりも未来に向けた展望について語ってもらう
- 「イエスかノーか」のような質問(クローズド・クエスチョン)を迫らず、相手が自由に発言できる「オープン・クエスチョン」を心がける
- 理念や言葉の定義など「そもそも」論について聞く
- 回答に対して自分がどう感じたか「私」を主語にしたリプライを返す
など。本書にはこれ以外にも様々な「良い質問のコツ」が示されている。
「良い質問」の内在化がもたらす強さ
本書におけるもうひとつの重要な主張は「質問は内在化する」という点である。心を打つ質問は、それを投げかけられた相手の心に残り、本人の中で繰り返し問いかけられるというのだ。そうした「内在化された質問」を見極め、それを越えた「良い質問」を作り出す手段として、著者は相手の「三つのV」に注目する。
良い質問を作り出す三つのV
- Vision:相手が本当に手に入れたいもの、やってみたいこと
- Value:相手が大事にしている価値観
- Vocabualy:相手が普段の会話でよく口にする言葉
これらを判断し、質問を組み立てるのがコーチングの仕事であるという。なるほど、コーチングというのは人の心の奥底を読み、それをさらに掘り下げて啓発するプロフェッショナルだと言うことができるだろう。
ただ、個人的にはこのメソッドには若干の危うさを感じざるを得ない。巧みな質問によって人の情動を喚起し、あたかも「これは自分自身の判断でやっていることだ」と思い込ませる手法は、ひとつ間違えればある種の「洗脳」に応用できる。実際、カルトやテロリストの上層部は、現状への不満を「このままでいいのか?」と掻き立てるが、「命令」はほとんどしない。ことほど左様に、「質問」の力は強いということなのだろう。
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