厚生労働省は労働基準法違反容疑で広告代理店大手の電通に強制捜査を行った。電通では社員に勤務時間を過少に申告させていた疑いがあり、違法な長時間労働が常態化していたとみられる。
日本を代表する企業の問題ということで話題になったが、「ブラック企業」という言葉が世間に浸透していることからも分かるように、この問題は電通に限らず日本全体に及ぶものである。
日本社会は成熟期にあり、今後大きな成長は見込めないのではないかと言われている。むしろ少子高齢化や巨額の財政赤字など様々な問題を抱え、「社会全体が疲弊している」と表現されることも。政府は「働き方改革」によって経済成長を目指しているが、日本という社会を存続させるためには、別の考え方が必要なのかもしれない。
そこで今回は、長谷川英祐氏の『働かないアリに意義がある』から、進化生物学の視点で社会をみていこう。持続可能な社会をつくるためのヒントがあるかもしれない。
働かないアリはなぜ存在するのか
by kaidouminato イソップ寓話の『アリとキリギリス』にあるように、アリは働き者というイメージがある。しかし、研究の結果、巣にいる7割ほどの働きアリは「何もしていない」ことが実証された。
働きアリの法則としても知られているように、実は、よく働くアリは巣の中の一ほんの部なのである。全てのアリが平等に働く方が効率的ではないかと思われるかもしれない。しかし、働かないアリの存在が種の存続には不可欠なのである。
アリには「反応閾値」という個体差があり、「反応閾値」が低いアリから順に仕事に取り掛かる。この「反応閾値」が全て同じだと、同時に全員が疲れ、誰も働けなくなる時間が生じる。すると、卵の世話などのように短い時間でも中断するとコロニーに致命的なダメージを与える仕事ができなくなってしまうのだ。働かないアリはサボっているのではなく、必要な時に働くために待機しているのである。
これは、人間でも同じことが言えるのではないだろうか。会社で働く全員が一生懸命仕事をすれば、短期的にはめざましい成果を上げることができるだろう。
しかし、チームに欠員が出たとき、トラブルがあったとき、代わりに仕事をできる人はいない。残業を重ね、過労で仕事ができなくなれば、残ったメンバーの仕事はさらに増えるという悪循環に陥る。一見無駄に思われる「余裕」を常に残しておくことが大切なのだ。
“他者のため”に働くのかの定義
by yutaka-f ダーウィンの自然選択説によれば、生物は自らの子孫をより多く残すように進化するものである。しかし、働きアリはなど、社会性昆虫におけるワーカーは基本的に自分で子を残すことがない。即ち、「子を産まずに働く」という性質がどのように受け継がれるのかを説明できない。この問題を解決するのがハミルトンの血縁選択説である。
従来の自然選択説は、ある個体が自身の遺伝子をどれほど残せるか(直接適応度)を考えていた。一方、血縁選択説はその個体の血縁者の遺伝子増加、即ち間接的な適応度も考慮に入れる。この2つを足し合わせたものを「包括適応度」というが、社会性生物は包括適応度の最大化を目指しているのだ。
また、社会を構成するメンバー間に血縁関係がなくても、群をつくることにメリットがあり、それが社会性の進化につながるという「群選択説」もある。群れることで相乗効果が働き、間接的に血縁もしくは種の存続につながるため、他者の利益を優先するような利他的行動が生まれるという考え方だ。
何が「適当」なのか
ことわざにも「情けは人の為ならず」とあるように、利他的行動も最終的には自分のための行動であると解釈される。しかし、他者のための行動が実際自分の利益になるという保証は無い。
フリーライダーといわれるが、対価を払わず利益のみを享受する者も一定数存在する。利他的行動を積極的に行うものがあらゆる環境に適応する存在、適者であるとは限らない。
また、自身の遺伝子をどれほど残せるか(適応度)は未来における値であるため、どの世代で測るかによって大きく異なる可能性がある。その点においても、どういった性質が「適当」なのか判別することは難しい。
アリはチンパンジーなどと比べると、人間とは大きく異なる生物かもしれない。しかし、アリは人間と同じように社会を形成する生物である。近年は昆虫の構造を参考にロボットが作られることがあるが、生態についても、人間が学ぶべき点は多々あるのではないだろうか。
U-NOTEをフォローしておすすめ記事を購読しよう