最近よく「ジビエ」という言葉を耳にする。牛肉や豚肉では味わえないその独特な風味、しっかりした噛み応えとクセのある香りの醸し出す野性味。そうした鹿肉や熊肉といった「ジビエ」ならではの醍醐味は、都会でも受け入れられるようになった。
例えば、都内の「焼ジビエ 罠 炭打」(新橋)や「高円寺GIBIER 猪 鹿 鳥」(高円寺)などジビエ専門店や「レストランアラジン」(恵比寿)といった一般的なレストランではあるがジビエが出てくる店などもある。都心にはジビエの食べれる店も多く、今ブームとなっている。
だが、どうしてジビエが最近よく食べられるようになったのだろうか。地方から都心にジビエが供給されるようになり、近年「ジビエビジネス」が成立するようになったその背景に迫りたい。
増え続ける野生鳥獣による被害
獣害の現状
実は近年獣による被害が中山間地域を中心に全国的に広域化・深刻化が進んいる。
この図は農林水産省のデータを基に作成した、全国のイノシシ・シカによる農作物の被害額の推移を表したグラフである。
シカによる農作物被害額は、ピーク時の平成23年度では80億円を超えている。また、増減を繰り返しながら長期的には微増となっているイノシシについても、ピークとなっている平成22年では70億近い被害を出している。
出典:www.maff.go.jp 2007年度のデータでは鳥獣被害の約7割が獣害となっており、中でもイノシシとシカによる被害が大半となっている。野生の鳥獣による被害は意外と大きく、中でもシカやイノシシはその被害額が上昇傾向にあるようだ。
なぜ被害は拡大するのか
それでは、なぜ鳥獣による被害は増加するのか。その理由は大きく分けて3つある。
①住みかとなる耕作放棄地の増加
山間部の農村の高齢化・衰退に伴い、耕作放棄地が増加した。そこに生える雑草をエサに住みつくようになったため、より人里に近いところにまで出没するようになった。
②温暖化に伴う生息域の拡大
地球温暖化に伴い豪雪地域が少なくなったことで、生息域が広がり個体数が増加。生態系の改変といった、食害からくる生態系被害が叫ばれる場所もある。
③狩猟人口の減少・高齢化
都道府県から狩猟の免許を与えられた人は、現在70年代の約半数にまで落ち込んでいる。なかでも減少が激しいのが若い世代だ。狩猟の担い手は確実に減ってきている。
こうした理由から、結果として害獣としては住みやすい場所が増え、人間としては彼らを減らしていく力が弱まっている。人間と動物の間に保たれていたバランスが崩れてきているのだ。
利益に変える「ジビエビジネス」
そもそも「ジビエ」の定義とは
これは「日本ジビエ振興協議会」のサイトに書かれているジビエの定義である。フランスで高級食材とされている「ジビエ」に目をつけ、増え続ける害獣の駆除に役立てるために日本の狩猟文化と結びつけたものが、今展開されている「ジビエビジネス」だ。
ジビエビジネスは一石二鳥
「ジビエビジネス」が野生鳥獣の被害に苦しむ地方の人々にとって、一石二鳥であることは想像に難くない。
ジビエビジネスのメリット
- 獣害の減少
- 肉の出荷に伴う利益の還元
この2つが見込めるからである。「ジビエビジネス」が軌道に乗れば、狩猟の担い手とある若いハンターの数も増えるかもしれない。地方にとっては良いことづくめなのだ。それ故、地方ではこの「ジビエ」を県の名産にしようという運動が熱を帯びている。
例えば、徳島では県産の鹿肉などを「阿波地美栄(あわじびえ)」と銘打ち、特産品に育てようと画策している。また三重県でも県産の野生鳥獣肉を「みえジビエ」を称し、商標登録を果たした。
しかし「ジビエビジネス」には問題も多く、鳥獣肉の安定した大量供給は難しいのが現状だ。そんな「ジビエビジネス」の抱える問題点に迫りたい。
ジビエビジネスの抱える解決すべき問題点
ジビエを一般的に普及させ、また地方の獣害を軽減するにはまだまだクリアすべき課題がある。ここではそうした課題を挙げていく。
値段が高い・食べれる場所が限られる
まず、牛や豚といった一般的に食用とされている肉に対して、ジビエは比較的値段が高い。
値段が高い理由
- 家畜ではないため、解体するのに食肉処理業の許可が必要で解体・処理できる場所が限られる
- 傷みによる廃棄が多く、部位によって人気の差が激しいため、採算の取れる売れる部位の値段が跳ね上がる
更には、食肉扱いになっていないことなどから、一部の地域を除きスーパーなどで買うことができず、入手するには処理施設まで直接買いに行かねばならない。一般的に入手をすることが非常に困難なのである(処理施設と契約した一部店舗では購入可能)。
新鮮な肉を確保する仕組みづくりが課題
「ジビエ」を普及させる目的の1つは「害鳥獣の個体数管理」であるが、今の流通システムではそれは困難である。
ジビエ料理をおいしく食べるためには、捕獲後2時間以内に肉の加工場へ持ち込まなければならない。そのため、高山や奥山で狩りをしていたのでは、とても間に合わないことになる。里山近くの個体ばかり狩っていても、高山・奥山における食害や生態系改変を防ぐことはできず、手の届かない場所で繁殖が繰り返されるため、いたちごっこになってしまう。
さらには、家畜としての個体数管理がなされているわけではないため、自然災害等によって数が大きく減り、急に供給できなくなるという可能性もはらんでいる。
日本の野生鳥獣肉利用の今後を考えると、野生動物の生息数の安定的な管理や捕獲者・処理施設の従業員の労働・雇用環境も含めた持続可能な仕組みづくりが課題である。
ジビエビジネスで町おこしの例
まだまだ問題点も多いジビエビジネスではあるが、もちろん成功例もある。ジビエを地方の特産として根付かせることに成功した地域を2つ紹介しよう。
美郷町(島根県):ブランドイノシシ「おおち山くじら」
その結果、血抜きから解体までの作業を処理施設内で行うことができ、衛生的で鮮度のいいイノシシ肉が、季節に左右されずに製造できるようになりイノシシ肉を「おおち山くじら」と命名して1つのブランドにすることに成功したのである。
古座川町(和歌山県):ご当地バーガー選手権優勝の「ジビエバーガー」
出典:www.facebook.com 猟師と処理施設との連携を強化し、シカを捕獲して1時間以内に町の施設に持っていくと猟師に補助金が出るという制度を導入したことで、新鮮なシカ肉の安定供給が可能となった。
そのシカ肉を利用して、観光資源にするために考案されたのが「ジビエバーガー」である。そしてこの「ジビエバーガー」は2016年全国ご当地バーガー選手権に「里山のジビエバーガー」として出品され、優勝を勝ち取った。
増えすぎた野生動物を少しでも役立てようとする「ジビエビジネス」。まだまだ問題も多く改善の余地はあるが、その考え方は人間にも動物にも双方にとって有意義なものではないだろうか。
私たちがジビエを食べることがどれほどシカやイノシシの個体数管理に役立っているかはまだわかりにくいが、近いうちに分析が進み目に見えるデータとして実感できるだろう。
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