中東諸国、特にサウジアラビアは「石油」と切っても切り離せない状況にある。サウジアラビアの輸出総額のうち約9割を石油に頼っており、もはや石油によって国家が成り立っていると言っても過言ではないのだ。
現在、そんなサウジアラビアが「脱石油」に向けて政策を転換しようと試みている。先日、大きくニュースで取り上げられた、ソフトバンクとの巨額共同ファンドも脱石油政策の一環だ。本記事では、ソフトバンクの巨額投資に潜む意図、そして変わりつつあるサウジアラビアの現状に迫っていきたい。
IoTの覇権奪取というソフトバンクの野望
出典:yamazaj.com 最近、ソフトバンクの積極的な投資が目立つ。今年に入って、みずほ銀行とIoT事業に共同出資したかと思えば、イギリスのIT企業アームホールディングスを3.3兆円で買収。そして、今回の巨額投資である。サウジアラビアの政府系ファンド「公共投資ファンド(PIF)」と、最大1,000億ドル(10兆円)規模となる共同ファンド「ソフトバンク・ヴィジョン・ファンド(仮名)」を立ち上げた。
最も成長している分野で、最も強いプレイヤーに
今回発表された共同ファンドが主に取り組む分野は、ソフトバンクが近年最も力を入れている分野「IoT」。モノのインターネット、通称IoTはInternet of Thingsの略であらゆるモノをインターネットに接続し、制御する仕組みである。
例えば、インターネットを介した口座管理や、ビットコインのような仮想通貨、最近話題の自動運転もIoTの一つだ。
前述したみずほ銀行やアームホールディングスへの投資も、ソフトバンクがIoTを重要視している表れである。今が伸び盛りのIoTで、ソフトバンクは桁違いの出資額の事業を立ち上げ、覇権を握ろうというのだ。
投資元は今後5年間で、ソフトバンクが250億ドル、PIFが450億ドル、名前は公表していないものの複数のグローバル投資家から300億ドルを予定している。1,000億ドルという規模は、過去5年間で最も資金を集めウォール街の王様と呼ばれるブラックストーン・グループの約600億ドルを越えることになる。
孫正義社長は共同ファンドについて、「このファンドは今後10年でテクノロジー分野において最大級のプレーヤーになるだろう」と話す。確かに、これだけの資金が現実に集まれば、世界有数のファンドの一つに名を列ねることは確実だ。
ソフトバンクの野望と孫正義の先見の明
出典:www.businessinsider.com ソフトバンクの多くの野心的な投資には、社長である孫正義氏の意向、そして経営者としての嗅覚が強く出ている。例えば、ソフトバンクの投資成功例の一つであるアリババへの投資は、孫氏の投資観を映す有名なエピソードだ。
1999年、当時発足したてだったアリババに、孫氏は初めて会う馬雲氏と話し始めて5分で4,000万ドルの投資を決めた。馬氏は、そんなにいらないと断ったが、孫氏は頑なにアリババへの投資を譲らなかった。最終的には2,000万ドルの出資で合意した。それでも馬氏は多すぎると繰り返したが、孫氏は投資を押し通した。
結果、孫氏の決断は大正解となる。含み利益は、2014年にアリババがニューヨーク証券取引所に上場した際、10兆円を越えることに。孫氏はこの投資について、こう語っている。
中国のベンチャー企業、20社以上と会談した中で、投資を即決したのはアリババのみだったという。孫氏の先見の明には、さすがというしかない。
サウジとの共同ファンドはアリババと同じく即決
実は、本記事の本題であるサウジとの共同ファンドとアリババへの投資には、“即決”という点で共通している。というのも、今回の共同ファンドは1ヶ月余りで合意したものなのだ。孫氏とサウジアラビアが最初に交渉したのは、9月3日のこと。PIFを率いるサルマン副皇太子が8月末に安倍首相や稲田防衛大臣と会談するために来日した際、孫氏とファンドについて話し合った。
大規模な資金調達を考えていた孫氏にとって、脱石油を掲げ、取って代わる国家の成長要素を欲していたサルマン副皇太子の来日は絶好の機会だった。孫氏とサルマン副皇太子は意気投合し、会談は大成功に終わる。福皇太子は孫氏にサウジアラビアへの理解をさらに深めるよう現地への滞在を提案し、10月なかばに孫氏はサウジアラビアへ視察へ赴くことになった。
そして、10月14日に共同ファンドの発表に至る。孫氏の即決は間違っていないのか。その是非は、5年、10年と経てばいずれわかっていくだろう。
ソフトバンクの野望の陰にはサウジアラビアの決意が
出典:www.reallycoolblog.com ここまで、ソフトバンクの視点から記事を進めてきたが、ここからは一転してサウジアラビアの背景を見ていこう。PIFの投資額は450億ドルと莫大だ。なぜサウジアラビアはハイリスクな投資に応じたのか、その理由は“脱石油”にある。
原油安で苦しむサウジアラビア
サウジアラビアのイメージといえば石油である。2015年の国の歳入の実に73%が石油関連と、石油に依存する経済体制が続いてきた。潤沢な資源は国の財政を潤し、教育や医療、住宅まで無償と、社会福祉が非常に充実している。
だが、世界的な原油安の影響で、サウジアラビアは国家財政に甚大な被害を受けることとなった。2010年以降、安定して1バレル100ドル近辺を保っていた原油価格が、2014年の半ばからみるみる下落し、一時は1バレル20ドル台まで下がった。2016年10月現在では1バレル50ドルまで回復したが、以前のような石油産業からの歳入は望めないかもしれない。
そこで、サウジアラビアは政策を“脱石油”に転換する決断を下した。水道、電気などの補助金を見直し、石油製品の値上げを敢行。だが、社会保障の見直しは一時的な処方箋にすぎない。急務とされるのは石油産業に変わる、新たな産業の発掘だ。
「ビジョン2030」:潤沢なオイルマネーを積極投資
現在の石油依存の状況が続けば、サウジアラビアのオイルマネーはあと5年で底をつくと言われている。それまでに、効果的にお金を生み出すにはどうすればいいか。サウジアラビアが行き着いた答えは、積極投資への政策転換だ。
今年の4月、脱石油から抜け出す成長計画「ビジョン2030」が発表された。サウジアラビアの外貨投資準備高は、豊富な資源から得た58兆円。今まではリスクの低い外国債券の購入におよそ9割を充てていたが、株式などのハイリスクハイリターンの積極投資が打ち出されたのだ。
その決意はすでに行動に表れ始めている。今年6月には、スマートフォンを使った配車サービスを行うウーバーテクノロジーズに、PIFが35億ドルものの巨額投資をすることを発表した。そして、今回のソフトバンクとの共同出資も「ビジョン2030」の一環である。
サウジアラビアの変身を引っ張るのは若き副皇太子
出典:inteligenciapetrolera.com.co この急激なサウジアラビアの変化を仕切るのは、31歳と若いサルマン副皇太子である。サルマン副皇太子は、2015年に第6代国王が死去し、父親が国王に就いたことをきっかけに、現職に就任。それまでは、注目されることがない存在だったが、副皇太子、そして軍事や経済の重要なポストに就くと、メキメキと頭角を現し始めている。
公務員給与の削減、補助金の調整など、今まで踏み出せなかった政策をスピーディにこなしている。今回の積極投資もそうだ。若いリーダーらしい機動力のある政策決定は各国から評価され、サルマン副皇太子が引っ張るこれからのサウジアラビアに期待をかける声も多い。孫氏がサウジアラビアとの共同ファンドを即決したのも、アリババの馬氏のようにサルマン副皇太子に何か光るもの、カリスマ性を見たのかもしれない。
一つの企業が世界のトップを獲る、一つの国家が長く続いた体制から大きく転換する。今回の共同ファンドはその意思表明と言えるだろう。世界的にその投資術が認められている敏腕経営者と、旧態依然としていたサウジアラビアを変え始めた若きリーダーが取り組む10兆円を超える大事業。数年後には、世界のテクノロジーを先導しているかもしれない、ソフトバンクとサウジアラビアの今後の動向に注目だ。
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