毎日のように報道される東京五輪に関する問題。今ではすっかり静けさを取り戻したが、“新国立競技場”も問題の1つとして連日報道されていた。ザハ・ハディド氏の案が白紙になり、新たに採用されたのが日本の建築家・隈研吾氏の案だ。そんな隈研吾氏の新国立競技場は“木材”が使われる予定になっている。
木造の新国立競技場を可能にした技術“CLT”――本記事では、国内外でも注目される技術“CLT”について徹底解説したい。
林業の現状
出典:www.rinya.maff.go.jp 現在の日本の林業には、いくつかの課題がある。まず、木材の自給率問題だ。図からわかるように木材の産出額は長期的なスパンで見ると減少している。この現象の背景には、「木材輸入の全面自由化」がある。全面自由化が始まったのは1964年(昭和39年)。国産材の価格が高騰する中での自由化だったため、安価で大量に入手できる外国産の木材の需要が高まっていった。
急激に産出額が減少した1970年後半、変動相場制が導入されて円高が進んだ。木材輸入の全面自由化と円高によって、海外の木材がますます手に入れやすくなった。木材価格のピークを迎えた1980年。それ以降、国産材の価格は落ち続け、木材の自給率9割以上だった日本の林業は自給率2割にまで落ち込んでしまったのだ。
出典:www.rinya.maff.go.jp もう1つの問題は、人材問題だ。国産材の価格低下は、林業経営者の意識低下をも引き起こした。その結果、林業従事者数の数は年々減少。しかし、従事者数の総数は減少している一方で、若年者率は1990年から右肩上がり。驚くべきことに、林業従事者全体の20%を35歳以下の若者が占めているのだ。増加の理由は、2003年からスタートした林業未経験者のキャリアアップ支援「緑の雇用」。そして、比較的自由に仕事に取り組める環境面が、若者にとって魅力的だと考えられている。
「緑の雇用」や、林業について少し興味を持った読者には、林業に就業する若者を描いた小説『神去なあなあ日常(著・三浦しをん)』をオススメしたい。映画化もされている小説で、筆者もファンの1人である。著者自身が、三重県にある尾鷲林業にて取材しているので、林業の現場の厳しさがリアルに描かれている作品だ。ぜひ、秋の読書のお供にしてみてほしい。
国も注目する“CLT”とは
出典:chemical-materials.elsevier.com 話が逸れてしまったが、林業を救う希望の技術“CLT”について紹介したい。林業の課題として挙げた「木材の自給率」を、引き上げてくれる可能性を秘めている技術だ。
“CLT”は、Cross Laminated Timberの略。木の繊維の方向が異なる薄い木材を交互に張り合わせることによって、高い断熱性・高い耐震性を確保することができる技術だ。CLTには、日本に多く植林されているスギが比重の軽さと断熱性能の高さから適している、といわれている。CLTで加工した国産スギが、多くの日本の建築物に使われるようになれば自給率は飛躍的に上がることが期待される。
CLTを使うメリット
CLTを使用することは、自給率以外にもメリットがある。まず、従来の木造と比べ、施工がシンプルなため熟練の技術者以外でも施工が可能になること。2つ目に、工場でCLTパネルの製造・加工が行われるため、現場での施工がなくなり、建築期間を短期化させることが可能になることが挙げられる。下記の例を見れば、建築期間が大幅に短期化できることは明らかだ。
その他にも、優れた断熱性と高い省エネルギー効果、高い強度もCLTのウリである。木材という点から、火災の恐れがあるのでは?と疑問に感じる読者もいるだろう。しかし、CLTパネルは熱伝導性がとても低い。木材に着火しても、なかなか燃え広がらず、火災による室温の上昇も抑えることが可能であるのだ。
また、製材用には不向きである所謂“B材”もCLTパネルに活用することができる。無駄なく森林資源を使える、環境に優しい技術だ。しかし、CLTは市場確立がされていないため、現在主流の鉄筋コンクリートの構造よりも施工費が2割程度高くなってしまう。今後、CLTを国内で多く取り扱うためには「CLTの量産」が求められそうだ。
CLT商品化を目指す日本企業“銘建工業株式会社”
日本の企業でも、いち早くCLTを商品化しようと奔走している企業がある。岡山県真庭市にある集成材メーカー“銘建工業(株)”だ。アメリカの旅行誌「Travel&Leisure」にて「世界で最も美しい駅」14選に選ばれた金沢駅。そのシンボルである“鼓門(つづみもん)”に、同社の木質構造材が使用されている。
元々優れた技術を持っている同社の社長、中島浩一郎氏は「木材を大事に使い尽くす」という考えを大事にしている。バイオマス発電所、製材副産物を圧縮成型した木質ペレットをボイラーの燃料にした温水プールなど、その考えの元で作り出している。その考えの延長線上にあった技術こそが、CLTなのだ。同社では、今年4月に国内初となるCLT専用の工場を完成させた。
中島氏は「CLTの製造で新しい木材の価値を提供できる。3年でフル稼働し、欧州に負けないようにしたい」と、CLTの大量生産への意気込みを語っている。
高層木造ビル? 一歩先を行く海外のCLT事情
欧州で開発された技術“CLT”は、ヨーロッパを中心に木造ビルブームの流れを作った。今回は、日本の一歩先を行く海外のCLTを活用した建造物を3つ紹介したい。
出典:www.binderholz.com オーストリア、ウィーンの4階建の木造集合住宅。オーストリアは、日本の木材の輸入先が国別でみるとトップクラス。大型木造建築が盛んな国の1つ。茶色とオレンジを建物のベースカラーにすることによって、木造建築特有の木の温かみを引き立たせている。
出典:www.wooddays.eu イタリア、ミラノの9階建の木造集合住宅。この建物の特徴は、CLTと他の建築技術を組み合わせて作った点だ。柔軟な建築技術の使用を施した同施設のコンセプトは、「住む人の多様性に対応する」こと。建築だけでなく、住人に対しても柔軟な考えを持つ集合住宅である。
出典:earthtechling.com 以上、日本の林業を救う要となるかもしれない技術“CLT”について紹介した。新国立競技場のデザインをした隈研吾氏は、CLTについてこう語っている。「個人住宅、普通の戸建ては木で出来るのに、集合住宅になるとコンクリートでしか作れないことにイライラしていた。CLTだと、その壁を越えられるのでとても楽しみだ」。
自給率と人材の課題を抱える林業。国が新成長戦略で普及促進を掲げるCLTは、林業の起爆剤となるのだろうか。日本の建築物の変化や、CLTを用いた新国立競技場の完成が楽しみである。木造に親しみのある日本人の感性を、一歩リードしている欧州に見せつけたい。
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