年を追うごとに熱気を帯びていく音楽フェス。音楽フェスに注目が集まる一方で、「野外シネマ」のイベントも年々人気を集めている。今月14日、15日に、東京都上野の国立博物館にて開催された野外シネマイベントでは、2016年の国内の興行収入ランキング第1位『君の名は。』の新海誠監督の作品を上映した。1日でおよそ5,000人以上を集める盛況ぶり。
今回は、移動する映画館「野外シネマ」で映画の楽しさを伝える「Kino Iglu(以下、キノ・イグルー)」について紹介したい。
また、先日開催された野外シネマイベントを体験して感じた、“野外ならではの魅力”についても触れていく。
映画の楽しさを伝える「キノ・イグルー」とは
全国を旅する映画館、Kino Iglu(キノ・イグルー)。2003年、中学時代の同級生である有坂塁氏と渡辺順也氏によって設立された映画館だ。“キノ・イグルー”という不思議な響きの外国語は、日本語に訳すと“かまくら映画館”という意味になる。代表の有坂氏の憧れの映画監督でもあるフィンランド映画界の鬼才、アキ・カウリスマキ監督から直々に名付けられた。
運営から映画のセレクションまで、イベントの中心となる作業を全て行う代表の有坂氏。青春時代はプロを目指すサッカー少年だった。19歳頃から映画の魅力に取りつかれ、キノ・イグルーを立ち上げる前までTSUTAYAでフリーターとして働き始めた。“人に合った作品を勧める”というアルバイトでの経験が、現在の移動映画館でも活かされているのだ。
“シネクラブ”への憧れから移動映画館へ
東京を拠点に全国各地のカフェ、雑貨屋、書店、パン屋、美術館など様々な場所で映画を上映しているキノ・イグルー。
代表の有坂氏が、移動映画館を設立したきっかけは「シネクラブ」というフランスの映画文化にある。シネクラブとは、主催者が上映したい映画を自らが立ち上げたクラブで上映する“自主上映会”のこと。有坂氏は、自分もシネクラブを作ってみたい!という情熱を抱いていた。
情熱を現実に変えることになった転機が、東京の外れにある20席程度の小さな映画館で実施したシネクラブ。小さな映画館はバイト仲間が譲り受けたものだった。年に2回程度のペースで開催していたシネクラブ。訪れたカフェの経営者やキュレーターに「ウチでもやらないか?」と声を掛けてもらい、徐々に活動の場が広がって「全国を旅する映画館」という今のスタイルになったのだ。
シネマイベントは全てオーダーメイド
キノ・イグルーのイベントは、“企業や店舗にイベントの企画を持ち込んで営業”ではなく、“「依頼主」に声を掛けてもらってから企画を作る”という完全受注生産。依頼主と一緒に話し合いながら、その場でしか体験できないような映画の時間を作っている。
イベントを作る際には、ただ映画を上映するのではなく“場所性や雰囲気”を大事にしているキノ・イグルーの野外シネマイベントをいくつか紹介したい。
出典:www.claska.com 目黒通りにあった古いホテルをリノベートして生まれた複合施設“CLASKA”。2008年から毎年、CLASKAの屋上で開催されているのが“ルーフトップシネマ”だ。東京の夜景が一望できる屋上で、ビールを片手に映画を楽しむことができる。ルーフトップシネマでは、都内の行列ができる飲食店も出店している。今年はポップコーンやカレー、パンの専門店が出店していた。
ルーフトップシネマで上映される映画は、ほとんどが洋画。モテない主人公の女の子の自分探しの様子をユーモラスに描いたアメリカの映画『フランシス・ハ』。世界で最も有名なウサギ、ピーターラビットの絵本シリーズをバレエに翻案した『ピーターラビットと仲間たち』など、クスっと笑えて元気になる映画が上映されている。
出典:kinoiglu.com 恵比寿ガーデンプレイスと共に企画した“ピクニックシネマ”。恵比寿ガーデンプレイスのセンター広場に人工芝を敷き詰め、ピクニック気分で映画を楽しむ企画だ。入場料無料で、2016年は8月5日〜7日、12日〜14日、19日〜21日と期間を分けて1日1作品上映した。また、今年の上映作品は『のんびり、笑う』がコンセプトになっているなど、上映作品を選ぶ基準がしっかりと決まっている。
学生たちの夏休みの期間に、大人の街“恵比寿”で開催される野外シネマ。大人だからこそできる夏休みの楽しみ方としても、野外シネマは注目されているのだ。
出典:kinoiglu.com 自作のプランをネットで共有して、行きたい人を募る新しい旅行サービスを提供している“trippiece(トリッピース)”。trippieceとキノ・イグルーが企画したイベントが“星空シアター”だ。静岡県にある初島にて、1泊2日の上映会を開催。昨年は神奈川県の猿島でも、野外シネマを行っていた。
日中はダイビングや島ならではのアクティビティを、夜は初島のリゾートキャンプ場を貸し切って、映画を楽しむ。ハンモックに揺られたり、BBQを楽しんだり、最近話題のグランピングを楽しんだりなど、通常の野外シネマを特別豪華にしたような企画だ。
今月22日に行われる星空シアターでは、ハロウィンシーズンにちなんで『ティム・バートンのコープスブライド』を上映。秋の夜風に吹かれながら、アニメーションの死者の世界に没頭できること間違いなしだ。
家でも観られる映画を“野外”で観る意味
出典:kinoiglu.com 今月14日、15日に東京・上野にある東京国立博物館で行われた「博物館で野外シネマ」。上映作品は、興行収入150億円を突破した『君の名は。』で一躍有名人となった新海誠監督の作品『秒速5センチメートル』。
実は筆者も、『君の名は。』と共通する要素も多いという話を聞いていたので、友人3人とイベントに参加していた。参加してみた感想を含め、映画を観ようと思えばいつでもDVDを借りて高画質・高音質で観れる時代に、“野外シネマ”が注目を浴びる理由を考えていきたい。
私がイベントに参加したのは15日の土曜日の回。前日の混雑をSNSで把握していたので、16時過ぎに会場で場所取りをした。ちなみに筆者は遅刻したため、17時半頃に向かったが、その時点では席が殆ど埋まってきてしまっている賑わいぶり。
イベントに参加している客層は若年層が中心。目の前に男子中学生が4人座っていて、今時の中学生はイベント情報に目ざといな……と感心した(笑)。芝生の上では、カップルが肩を寄せ合っていて、どことなくロマンチックなムードが漂う会場。
会場内ではキッチンカーによる料理の販売なども行われていた。映画の上映まで、料理をつまみながらお酒やコーヒーを飲むのも野外シネマの楽しみの1つだ。18時を過ぎると、会場内は空席を探す人たちでごった返していた。
出典:www.cwfilms.jp 人の移動が落ち着くと、主催者とキノ・イグルーの有坂氏の挨拶からスタート。映画が始まると、ざわついていた参加者も一斉に黙り込み、満月の光と秋の夜風が演出する“映画館”が仕上がった。『秒速5センチメートル』は、小学校の卒業と同時に離れ離れになった男女の切ないラブストーリー。自然描写が美しい新海誠監督の作品を野外で観ることによって、映画の世界にグッと引き込まれた。切ないシーンの際に、冷たい風が吹いて、木の葉を揺らす野外映画館。鑑賞後に、これ程までに切なさが残ったことはなかった。
初めて野外シネマに参加してみて、いくら自宅で高画質・高音質で観ることができるようになっても、野外独特の“自然な演出”には適わないと感じた。季節感や場所に応じた作品を上映することによって、映画館よりも映画の世界に没頭できる。モノ消費からコト消費へと消費者の嗜好が変化している現代に、マッチしたイベントだといえる。
国内外の野外シネマイベント
キノ・イグルーが開催している野外シネマイベント以外にも、国内にはいくつかシネマイベントがある。更に海外では、日本の先を行く奇抜なシネマイベントが行われているので、国内外のイベントでも特に読者に知ってもらいたいものを選んで紹介したい。
水上でジョーズ
出典:www.venuereport.com アメリカ、テキサス州で開催された野外シネマ。人工湖の水上でボートに揺られながら「ジョーズ」を観るイベントだ。ジョーズと言えば、巨大な人喰い鮫の恐怖と、それに抗う人間の姿が描かれた大ヒットホラー映画。
360度から聞こえるリアルな水音と、水に浸かった足が人喰い鮫への恐怖をより一層引き立てる。思わず、水の中に鮫がいるんじゃないか……という不安に駆られる臨場感が野外シネマならではだ。寒さと恐怖で鳥肌が止まらなさそうだ。
夜空と交差する森の映画祭
出典:forest-movie-festival.jp ひまわり畑が有名な山梨県北杜市で行われる野外シネマ。2015年の開催では2300人を動員した「夜空と交差する森の映画界」。夕方18時過ぎから朝の5時まで、夜通しで映画が上映される。
第3回目となるシネマイベント、2016年のテーマは“夢うつつ”。同イベントでは、ただ映画を流すだけではなく、会場内やステージに行く途中に、映画がその場所で生きているようなストーリーを創り出している。森や川、岩場などの大自然の中で映画を観ることができるだけでなく、ワークショップやグルメも楽しめる大型イベントだ。
歴史的建造物が映画館
出典:www.venuereport.com イギリス、ロンドンのサマセットハウスで行われる野外シネマ。映画が上映されるサマセットハウスは、冬にはスケート・リンクになるイギリスの歴史的建造物だ。英国最大の映画チャンネルFilm4が主催する同イベントは、10年以上続く恒例イベント。世界では日本よりも早く、野外シネマという楽しみ方が浸透しているようだ。
建物に囲まれた中庭で観ると、音が建物に反響して夜空へと響いていく感覚が特徴的で、映画のラインナップは話題の作品から不朽の名作までと様々である。毎年1、2本、邦画も上映されている。
以上、野外シネマのイベントを企画しているキノ・イグルーと野外シネマの魅力について紹介した。余暇の過ごし方が多様化する中で、消費者はより“リアルな体験”や“経験”を求めている。海外では10年以上も前から行われている野外シネマが、ここ数年で浸透し始めた日本。今後、臨場感を楽しめる野外シネマは、リアルな体験を求める消費者の人気を集めるに違いない。
キノ・イグルーの代表・有坂氏は、その場にいる人たちに「いやぁ、いい時間だったなぁ」と言ってもらえるような空間を作りたい、と話している。野外シネマイベントが盛んに行われるシーズンは過ぎてしまったが、キノ・イグルーの活動や野外シネマイベントの今後に注目していきたい。
野外シネマ未体験の読者は、外で映画を観ながらお酒やコーヒーを飲むのはとても気分が良いので、機会があればぜひ参加してみてほしい。
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