首都圏内の千葉県ですら「地方創生」の言葉を声高にしている日本。現在、地方は観光に力を入れたり、住みやすい街づくりをしたりと様々な施策によって人々に足を運んでもらおうとしている。
その中でも国も注目している地方創生事例が“島根県海士町(あまちょう)”。海士町が仕掛けている“離島キッチン”とは、どんなところなのか? 国も注目する海士町の成功とは一体何なのか? 地方創生に挑む離島の姿に迫っていきたい。
日本の離島数
島には、人が住んでいる「有人島」と、住んでいない「無人島」がある。有人島の定義は、5年ごとに実施される国勢調査で人口がカウントされた島、または、市町村住民基本台帳に人口登録がなされている島。平成22年の国勢調査によると、日本の有人島数は418島。無人島は6,430島。
また、離島の数が最も多いのは長崎県で、971島。2位以降は鹿児島県、北海道、島根県と続く。驚くべきことに、東京都には330島もの離島がある。代表的な島は、八丈島や伊豆大島。しかしながら、人が住んでいるのは“13島/330島”と、ごく僅かである。
離島が抱える課題
出典:www.mlit.go.jp 日本の離島が抱える1番大きな問題はやはり「人口減少」である。全国的に見ても、人口は減少の一途を辿っているが、離島の人口減少は本土よりも早い“昭和”から進んでいた。
また、平成2~22年の20年間で、離島の高齢者比率は19%から34%に上昇。これは、島の若者が地元に定住しないことも問題の1つである。島の若者たちは、高校を卒業すると島外へ出てしまう場合が殆どで、島内就職者は約1割前後なのだ。
出典:www.mlit.go.jp もう1つの問題は、「医療問題」である。医師が不在の離島は約4割。さらに、産婦人科がいる離島は10島のみという少なさである。高齢化が進んでいる離島において、医療は重要な生活インフラと言っても過言ではない。
離島の医療問題を解決すべく、長崎県では平成18年からドクターヘリの運航を開始。五島列島(長崎県)の有川病院は、離島医療に適した病院にするために無床化した。現在は“外来専門”の医療センターとなっている。
平成22年の国土交通省離島振興課の調査では、ヘリポートを設置している島は全体の約4割で100島。平成14年の88島と比較すると、微増している。救急医療のためにヘリポートを設けた島も多く存在する程、島の医療問題は逼迫しているのだ。
出典:www.mlit.go.jp 最後の課題は、「観光客の減少」だ。全体的な離島の傾向として、観光客数は年々減少。バブルの時には離島に別荘を建て、自前の船で島を訪れる観光客などで溢れていたが、現在では交通の便の悪さと景気状況も相まって減少している。
島の観光に関しては、この課題に風穴を開けたのが瀬戸内海に浮かぶ「直島」。島×アートで、話題を集めている島だ。
現在、3年に1度開かれる瀬戸内国際芸術祭が開催中である直島は、しまなみ海道でサイクリングを楽しむ観光客だけでなく、アート好きな女性や外国人から人気を集めて平成23年には40万人を超える人が訪れた。直島は、周囲の島との連携や島民のアートへの理解を深めたことで成功につながったのだ。
アートで観光客を呼び込む離島がある一方で、離島の知名度を高め、離島の食文化を体験できる飲食店を運営している観光協会がある。島根県海士町の観光協会だ。以下からは、海士町が運営する“離島キッチン”について紹介したい。
行列ができる“離島キッチン”とは
出典:www.facebook.com それぞれの島が持つ気候や風土を生かした食文化を東京で楽しむことができる飲食店“離島キッチン”。昨年9月に神楽坂にオープンしたばかりだが、週末の昼時になると、離島ならではの食事を求めた客で行列ができる。
離島キッチンのスタートは、キッチンカーでの営業だった。サザエカレーやサザエの壺焼きを取り扱い、都内を回った。キッチンカーで営業を続けるうちに、協力してくれる離島を増やし、平成24年には茨城県水戸市に店舗を構えた。そこで店舗経営のノウハウを蓄積して、満を持して神楽坂に出店したのだ。
同店では、取引をしている58島の物産品も取り扱っている。岩城島の「いわきレモン」や屋久島の「ジンジャーシロップ」など、離島キッチンは“離島のアンテナショップ”の一面も持っているのだ。
取引先の離島への経済効果は1年で2,000万円超(物産品販売での効果)。今後、飲食店だけでなくアンテナショップとしても成長が見込めそうだ。
離島キッチンの料理
出典:www.facebook.com 醤油・砂糖などを入れた特製のごまだれで和えたまぐろの赤身を、アツアツの白米の上にのせた「大分県保戸島のひゅうが丼」、瀬戸内海でとれた白身魚“タモリ”を使った愛媛県岩城島の「タモリ定食」……など、離島キッチンでしか楽しめない料理がたくさんある。
その中でも1番人気のメニューが「島めぐりランチ御膳」。隠岐島、八丈島、奄美大島など、滅多に行けない離島の味を一度に味わうことができる。
離島キッチンの食材は、スタッフが毎月行きたい島に直接足を運び、1週間程度滞在して「島の味」や独自の商品を見つける。さらに、離島キッチンで提供される料理は、離島の住民や漁協の人が作ったものをそのまま、“CAS凍結”という方法で東京まで配送している。セル・アライブ・システム(Cells Alive System)の略のCAS。細胞を生きた状態で凍結させているため、凍結前の鮮度で料理を楽しむことができるのだ。
実は、現地で調理したものを配送することは、「離島ならではの問題」を解消することにも役立っている。離島から東京へ商品を送ると、船や飛行機などを経由するため送料が高くなってしまう。島で調理・加工することで、仕込みの時間・人件費のコストカットにつながる。こうして、料理の多くは1,000円台に抑えられているのだ。
ちなみに10月の“今月の島”は、島根県隠岐島。離島キッチンの仕掛け人でもある海士町の食材を楽しむことができるので、ぜひ足を運んでみてほしい。
離島キッチンの仕掛け人:島根県海士町観光協会
離島キッチンを運営しているのは、実は「1つ」の離島の観光協会。島根県にある人口2,400人程度の海士町だ。島根県海士町は、石破茂地方創生担当大臣が訪れるほど注目度が高い。海士町が注目されている理由を示すキーワードは「移住」。驚くことに、海士町の人口の20%がIターンの移住者なのだ。
何故こんなにもIターンの地として成功しているのか。その理由の1つとして挙げられるのは、徹底した行財政改革だ。東京都知事の小池百合子氏が「自らの給与を半減させる」、と宣言したのと同様に、2002年に当選した山内町長は自らの給与を50%カット。その後、職員・町議会議員・教育委員たちも「自分たちの給与をカットしてほしい」と申し出て、それぞれ40~16%カットした。この改革によって2億円の人件費削減に成功。
徹底した人件費削減は、役場の意識を変えた。「役場は住民総合サービス株式会社だ」――そのマインドで、漁協を助けるために第三セクター「ふるさと海士」の立ち上げ、コストのかかるCASシステムの導入、隠岐潮風ファームの隠岐牛のPRを町長自ら行うなど、他の自治体にはないような取組をしている。そんな海士町は、移住者に対して「定住」を求めていない。ふらりと行き着いた移住者に対して、暖かい“人とのつながり”を提供していることが、成功理由であると考えられる。
以上、日本の離島の地方創生に挑む姿について紹介した。筆者は今年9月、島根県海士町に訪れた。その際に出会った移住者の男性は、大学卒業後にパチンコ店で社員として働き、その後はボランティアとして海外で小学校を建設。日本に帰ってきた際に「農業を学びたい」と思い、海士町を訪れる。綱引きの練習をしている島民に「練習に参加しないか」と声を掛けられたことが移住の決め手になった、と男性は話していた。
移住の受け入れに全力を注ぐのではなく、町民の生活を支えることに力を入れている海士町。定住も強制しない「自然体な島」に住む人たちは、若い方も年配の方も、窮屈そうな暮らしをしていなかった。島の人が遊ぶ公民館のような施設、古民家をリノベーションしたレストラン、和食の料理人学校など、海士町は“町民のため”に様々な施策を打ち出し続けている。
自分たちの島だけでなく、他の島とも手を組んで食材や料理を提供する離島キッチン。同店の代表は、いずれは日本全国418島とつながりたいと考えている。地方創生に必要なのは1つの自治体だけが儲かるような取り組みではなく、都道府県の垣根を超えて“日本の地方をなんとかしたい”という共通認識を持って協力し合うことではないだろうか。
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