ビジネスをする上で合理性は重要だ。戦略を確実に遂行するために、ビジネスパーソンには常に合理的判断が求められる。しかしどれだけシビアに判断能力を極めたとしても、人間の合理性には限界地点が存在する。
そしてこの考え方が現在、経済学のなかでも一般的になりつつあるのはご存知だろうか。今回は経済学における「合理性」と、新たな「合理性」の形を追究する行動経済学のエッセンスを学びながら、“本当に必要な合理的判断”を模索する。
人間は全て「合理的な経済人」?
by Internet Archive Book Images そもそも、経済学における「合理性」とは何なのだろうか。マクロ経済学やミクロ経済学などの伝統的経済学と呼ばれる分野では、分析において「経済人」と呼ばれる前提を利用する。「経済人」とは実際の人間を抽象化したモデルであり、全ての人間の消費行動を以下のように定義したものだ。
経済学における「経済人」の前提
- 商品に関するすべての情報と自分の予算を、正確に把握し考慮する
- その上で、自分の効用(満足度)が最大となるように商品を購入する
- これらの判断を適切かつ迅速に決定する
- 自己利益を追求するためだけに行動する
「経済学はこのような人間を前提としている」と言われると、多くの人が首をかしげるのではないだろうか。
実際の日常生活では、商品の情報を一部しか得ることができずに不良品を掴まされることや、自分の予算を正確に考慮できずに無駄遣いをすることも珍しくない。また他者を気遣うために、自分の満足度を犠牲にするような場面も多く存在するだろう。
人間本来の「限定合理性」とは
by SimpleIllustrations 「経済人」の前提が非現実的だとする批判が強まる中、政治学・認知心理学・経営学などの幅広い分野に精通したハーバード・サイモンらが1947年に発表したモデルは、これまでの経済学に大きな変化を与えるものだった。
サイモンは著書において、実際の人間の意思決定は「経済人」のように客観的なものではなく、辻褄の合わない要素を含んでいると述べている。人間が合理的であろうとしているにも関わらず、限られた合理性(=「限定合理性」)しか持ち得ない原因として、以下の理由が著書に記されている。
人間が「限定合理性」しか持ち得ない理由
- 人間が合理的な選択のために用いる知識は、実際には常に断片的である
- 人間は合理的な選択を行う際、不完全な予測に頼らざるを得なくなる
- 人間が合理的選択のために用意できる選択肢は、実際に行動可能な選択肢のなかの2、3個のみである
行動経済学における「ヒューリスティック・バイアス」
by BankSimple 実際の人間の認識能力が明らかにされることによって、経済学は大きな転換点を迎えた。その潮流の中で生まれたのが行動経済学だ。行動経済学では心理学などを用いながら、実際の人間に即した経済行動の分析を行っている。
「限定合理性」を用いた行動経済学の理論のなかでも、代表的なものが「ヒューリスティック・バイアス」である。ヒューリスティクスは心理学用語で、情報をざっくりと把握した上で行われる“簡便な問題解決法”を意味する。行動経済学の第一人者であるダニエル・カールマンは、このヒューリスティクスによる認識の偏り(=バイアス)を明らかにした。
「リンダ問題」によるヒューリスティック・バイアスの例
カーネマンらは複数のヒューリスティック・バイアスを提唱した。その中でも、代表性ヒューリスティックと呼ばれるバイアスの具体例として、下記の「リンダ問題」が有名だ。
「彼は身体が大きいから力が強いだろう」という考えのように、典型的であると思われる要素を過大評価することを代表性ヒューリスティックと呼ぶ。
2は1よりも限定された条件であるため、リンダが「銀行の出納係かつフェミニスト活動家である」確率は「銀行の出納係である」確率より低い。
しかし、多くの人が代表性ヒューリスティックのバイアスによって「リンダのような性格と経歴を持つ女性は、フェミニスト活動の活動家になるだろう」と考える。そのため2と回答する人が多くなる傾向にあるのだ。
ヒューリスティック・バイアスの活用例
バイアスは合理的判断の妨げとなることも多いが、我々を素早い判断へと導いてくれる存在でもある。例えば「男性は青色、女性は赤色で表現するのが典型的だろう」と考える代表性ヒューリスティックを利用したのが、トイレの案内表示だ。ヒューリスティクスを活用することで、表示の内容を簡便に判断できるようになっている。
実際の人間が常に「経済人」と同じ判断をすることは難しいが、手に入れた情報を最大限用いて広い視野で意思決定を行う姿勢は、特に複雑な問題を解決する際に必要となる。
また、あらゆる物事をヒューリスティック・バイアスの下で判断することは危険極まりないが、シンプルな事象で素早い判断を求められる際には有効だ。「合理的な経済人の判断」と「限定合理性下の判断」のどちらを選択するのかが、ビジネスの場においても重要となる。
U-NOTEをフォローしておすすめ記事を購読しよう