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オランダを世界第2位の農業大国に押し上げたスマートアグリ:農業×ITの相乗効果が日本の救世主に

菊池喬之介

2016/10/26(最終更新日:2016/10/26)


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by Alain Bachellier
  2015年にTPPが大筋合意に至った現在、日本の農業はターニングポイントを迎えている。安価な海外産の農作物が国内に流入することで、日本の農業がさらなる苦境に立たされる可能性がある。そこで、農業のテコ入れのために期待されているのが、先進技術を取り入れた農業「スマートアグリ」である。本記事では海外のスマートアグリの事例を見て行くとともに、日本のスマートアグリの可能性に迫っていきたい。

農業×ITで生産効率アップを狙う

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出典:scientechworld.com
 多くの人が知っているように、日本の農業の現状は明るいとは言えない。生産者の平均年齢は65.8歳と高齢化が進み、食料自給率は39%と世界最低レベルだ。さらにTPPが大筋合意され、農作物の関税撤廃、削減が迫っている。激化する競争にやぶれることで、国内の農業が衰退していく可能性がある。

農業をデジタルに

 そんな中日本の農業の救世主として期待されているのが、スマートアグリである。従来の農業は長年培われたノウハウによって業務を進めることが多く、習得に時間がかかる。それに対してスマートアグリは、ITやロボットの技術を活用し、生産効率を高める農業形態だ。

 具体例としては、栽培ハウスでのスマートアグリだ。室内の温度や湿度、光量などをセンサーで収集して、コンピュータで管理する。近年はスマホやタブレット端末が発達したことによって、現場で簡単にデータを管理することも可能になってきている。

 他にも、トラクターやドローンをスマホなどで遠隔操作することもスマートアグリの一例だ。今後はGPSと自動走行技術を組み合わせて、農業機械の作業を完全自動化することも期待されている。

 スマートアグリは生産過程だけにとどまらない。生産から流通、販売までITを駆使して管理する農業クラウドも注目を集めている。栽培にかかる肥料や農薬などの量、費用、気候条件などを蓄積した膨大なデータを分析することで、生産計画を立てることができ、安定した生産が可能になる。また、伝達による継承が一般的だった農業のノウハウをデータ化することで、素人でも農作物が生産できるようになることが見込まれている。

 すでに海外では、オランダのようにスマートアグリが主流の農業形態になっている国もある。日本でも、スマホやタブレット端末が普及し、通信インフラが整っているので、スマートアグリが浸透する可能性は大いにある。次項では、農業先進国であるオランダから今後の日本の農業のために学べることを紐解いていこう。

スマートアグリで世界2位の農作物輸出国になったオランダ

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出典:www.company-webshop.com
 現在、オランダは米国についで世界第2位の農作物輸出国だ。その輸出高は日本の20倍以上。だが、国土面積や農地面積、人口はアメリカだけでなく日本に圧倒的に下回る。オランダの国土面積は九州程度、農地面積は日本の4分の1、農業人口は7分の1だ。それだけでなく、気温や日照時間なども決して恵まれた環境とは言えない。そんな中、農業大国に成長したオランダの取り組みとその背景を見ていこう。

現在の日本と似た境遇から始まったオランダの農業大国への道

 オランダがスマートアグリに取り組むことになったきっかけは、1986年、EUの前身であるECにポルトガルとスペインが加盟したことまで遡る。地理的条件でオランダよりも恵まれている2国の安価な農作物が、国内に大量に流入することで、オランダの農業は壊滅的な状況に陥った。このような背景があって、オランダは生き残りをかけてIT技術を駆使して、国内の農業を活性化させようと取り組み始めたのだ。

 この状況は現在の日本と酷似している。前述したように、TPPの大筋合意により、国外の安価な農作物が国内に出回る可能性がある日本は、まさに当時のオランダそっくりだ。

生産者が農場に行くことはほぼないオランダのスマートアグリ

 土地の有効活用と生産効率化のために、オランダが行き着いた策はビニールハウスの大規模化だ。オランダにはグリーンポートと呼ばれる巨大な農業用ハウスの集合体が6つある。オランダのスマートアグリは世界的に評価されており、日本を含む海外からの視察が大勢訪れる。ここではその一つである「アグリポートA7」に注目したい。

 オランダの北ホランド州にあるアグリポートA7。縦7キロ、横2キロの広大な敷地にハウスがびっしりと並んでいる。トマトやパプリカ、メロンなどを栽培するハウスには、生産者、研究機関、商社、コンサルタント会社などが集まっている。
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 まず、栽培法は大きく分けて二つある。特別な施設を使わず、自然条件で栽培する露地栽培とガラス室やビニールハウによる温室で栽培する施設園芸だ。アグリポートA7は施設園芸の中でも、太陽光を利用するタイプの植物工場に属している。日本で使われているような従来型ハウスでも温度や湿度調節が可能だが、アグリポートA7では500項目以上ものデータを管理することが可能だ。

 温度、湿度の他に光量、CO2量などをセンサーで採取し、コンピュータが自動で最適な環境を維持する。生産者がハウスに行くことはほとんどなく、1日の仕事の大半を別に設けられているオフィスでこなす。従来の農業が肉体労働を主にしていたのに対して、ホワイトカラーな労働環境は人材を集めるのにも効果を発揮している。

富士通の農業クラウド「akisai(アキサイ)」

 日本でもスマートアグリの開発、実用化が進んできている。富士通のクラウドサービス、Akisaiは「豊かな食の未来へICTで貢献」をコンセプトに掲げ、生産、流通、販売でのICT活用を目指している。2012年に発表されて以降、利用者は増え続け、成果をあげている期待のサービスだ。

ICTならではの「見える化」

 現在、金融や販売など、様々なものがIT化されている。そんな中、食と農業はまだ比較的手がつけられていなかった分野だ。また、食料、農業の生産高がピークから減少しつつある現状もあることから、富士通はスマートアグリにチャンスを見出した。

 Akisaiはオランダでのスマートアグリがモデルになっており、栽培方法も似通っている。センサーで多くのデータを採取し、スマホやタブレット端末で遠隔操作することが可能だ。

 ICTを栽培方法に活用することで、生産効率を高めることはもちろんだが、Akisaiは「見える化」に力を入れていることが特徴的だ。一つ目の現場作業の見える化だ。農場の作業員が現場で感じたこと、他地域の天候や害虫による被害をクラウドで共有することで効果的な対策をとることができる。

 もう一つは農場経営の見える化だ。肥料や農薬、人件費などのデータから農作物にかかった費用を割り出すことで、製造原価を割り出すことができる。流通、製造、販売まで食と農業を一体化させるために自らが作っているもののコストの把握は重要な要素だ。また、これまでの農業では難しかった生産量やかかる費用の予測がデータを入力することで可能になったため、毎年安定した収入を得やすくなった。

低カリウムレタスの生産にも成功

 Akisaiによって生産効率を高めるだけでなく、より質の高い農作物を作ることにも実績を上げている。2016年にはLEDを光源とする低カリウムレタスの生産に成功した。低カリウムレタスは腎臓に障害があり、カリウムを排出できない人でも食べることができる。

 これまで、栽培が行われてきた蛍光灯では、発熱により室内を冷却する必要があ流ことに加え、光量にばらつきがあり生産コストが高かった。LEDの導入で約50%の生産効率の上昇、約35%の省エネを実現した。栽培環境を整えるのが困難な低カリウムレタスの栽培でLEDの導入に成功したのは、世界でも数えるほどしかない。

 このように、生産効率の向上だけでなく、付加価値をつけた農作物の生産は、栽培環境を自在に整えることができるスマートアグリならではの実績だ。サービス開始1年で80件を超えるユーザーが利用しているAkisaiは今後も伸びる余地のあるビジネスであるはずだ。


 だんだんと日本でも注目を集め始めているスマートアグリ。ただ、日本のスマートアグリの開発、実用化には国からの補助金はなく、民間でのみ行われているのが現状だ。オランダと違い、日照時間が長く、九州や四国のような温暖な地域がある日本はオランダよりも大きな成果をあげる可能性があるだけに、今後どのような方向に進んで行くのか楽しみな分野だ。

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