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世界トップクラスの頭脳の「目のつけどころ」とは:『ハーバードはなぜ日本の東北で学ぶのか』

Yuriko Tsukuda

2016/09/05(最終更新日:2016/09/05)


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世界トップクラスの頭脳の「目のつけどころ」とは:『ハーバードはなぜ日本の東北で学ぶのか』 1番目の画像
出典:www.dailymail.co.uk
 ビジネススクール世界トップともいわれるハーバード・ビジネス・スクールの学生たちが、人気授業プログラムとして開催される「ジャパンIXP」に参加し、5年連続で東日本大震災の被災地を訪れている――地方創生が声高に叫ばれる今、彼らが学んだことは私たちにとっても重要なことだ。

 今回は、ハーバード・ビジネス・スクール(以下HBS)における日本の企業・経済に関するケース作成に10年にわたって携わってきた山崎 繭加氏が、その集大成として書き上げた『ハーバードはなぜ日本の東北で学ぶのか』から、世界トップクラスの頭脳を持つ彼らが東北で得た、濃密な体験の一部を紹介する。

“生まれ変わった”HBS

「ケース・メソッド」が代名詞のHBS

 HBSで行われるすべての授業は「ケース」という、ある組織の具体的な課題について書かれた十数ページの教材について、「あなただったらどうするか」を徹底的に学生に考えさせ議論を行う形式だ。

 HBSの卒業生いわく、あまりにも多くのケースを読むため個別のケースの内容は忘れてしまうが、まるで筋力が鍛えられるように意思決定の力が身に付き、どんな状況でも何をすればいいのかが分かるようになるという。

KnowingからBeing、Doingへ

 そんなHBSにとって、2008年は二つの意味で転換点となった。一つは創立100周年を迎えたこと、そしてもう一つは世界金融危機が始まったことだ。

 「世界を変えるリーダーを育成する」という理念を掲げるHBSは、世界金融危機の震源地となったアメリカの金融業界に数多くの卒業生を輩出していたが、本当に世界をよい方向に変えるリーダーを育成できていたのか?――100周年という節目を機に、HBSは今一度自分たちの教育を見直すことになったのである。

 深い反省を踏まえて、HBSは新たに生まれ変わった。これまでは「Knowing(知識)」に重点が置かれ過ぎていたが、よりスキルの開発に繋がる「Doing(実践)」の場を増やし、またすべての行動のベースになる自身の「Being(価値観・信念)」を身に着ける教育を行っていかなければならない、と結論づけたのだ。

なぜ世界トップのHBSが東北へ? 大人気授業「ジャパンIXP」

 上記のような過程を経て、これまでの代名詞であったKnowing重視の「ケース・メソッド」と両立してDoing・Being重視の「フィールド・メソッド」にも力を入れていくことになったHBSの授業に、「Immersion Experience Program(IXP)」――いわば“どっぷり浸かって経験して学ぶプログラム”というものがある。

 このプログラムでは、学生たちが世界各国を実際に訪れ、その国の企業とプロジェクトを行う。中でも、東北を舞台とした「ジャパンIXP」は、被災地に行きボランティア活動やケース作成を行うというDoingを通じて、現地の人々の復興への想いを学びBeingを身に着ける、HBSの教育改革の流れに見事に一致したのである。

 「ジャパンIXP」に参加した学生たちは、そこでの経験があまりにも濃密であったため、帰国してからもしばらくは日本の話しかしないという――では、世界トップレベルの彼らが東北で得た学びとは、一体どのようなものだったのだろうか。

地域のためのビジネスのリアル

 学生たちはプログラムの中で、ヒアリングやインタビューを熱心に行いながら、東北の企業と共にプロジェクトを行っていく。その中で明らかになったのは、日本に住んでいる私たちでも知りえなかった“地域のためのビジネスのリアル”だった。

「ソーシャル」と「ビジネス」の両立の難しさ

 津波でほぼ壊滅した蛤浜がこのまま消えてしまわないように、という想いで作られた「Cafeはまぐり堂」のケースでは、充実したプロジェクトを実行することはできたものの、全国的に来客や注目が増えるようになると「はまぐり堂だけ目立っている」「人が来すぎて迷惑だ」といった地域の声が大きくなる――地域のために興した事業が、逆に地域との摩擦を生むというジレンマを目の当たりにする。

 そこで、オーナーである亀山さんとHBSのプロジェクトチームは、事業の拡大よりも地域と寄り添う選択をする。地域の資源かつ課題であった、増えすぎた「鹿」を利用したビジネスを展開したのだ。以下、チームのメンバーであったマット・マーシュの言葉である。

はまぐり堂でのプロジェクトでの一番の学びは、新しい事業の経済的な利益と、その場所の持つ文化との間のバランスを取ることがいかに難しいか、ということでした。

出典:『ハーバードはなぜ日本の東北で学ぶのか』山崎繭加

伝統と革新は共存してこそ力になる

 創業1752年の伝統を持つ「大七酒造」のケースでは、時間と人手がかかる江戸時代から続く「生酛(きもと)造り」にこだわりを持って臨んでいた。

 HBSの学生は、酒造りの現場の見学や社長とのインタビューを行う中で、伝統の木桶を使い続けるために、原子量発電所でしか使われないような最新設備をもって水質を保っている“伝統の裏にある最先端の技術を用いたイノベーション”を知った。そこで、その“イノベーション”への取り組みを前面に打ち出すことでグローバル展開の強力な武器とする提案をしたのである。

 学生たちは、自分たちが感銘を受けた「伝統と革新の共存」こそがアメリカ市場に対しての訴求点であると考えた。チームのメンバーであったアラン・ヤンは振り返る。

大七とのプロジェクトを行う中で、どんなに新しいものであっても、それは古いものの上にできているということを、改めて教えられたと思っています。古いものと新しいものは対立するのではなく、共存できるということを学びました。

出典:『ハーバードはなぜ日本の東北で学ぶのか』山崎繭加


 「ジャパンIXP」に参加したHBSの学生らは、企業のオーナーの想いや活動を理解していく過程で、「事業は利益のため、利益は株主のため」というよくある議論を離れ、改めて事業の目的とは何か、利益とは何のためにあるのか、という問いを考え直す機会を得た――これは地方創生に限らず、すべてのビジネスにおいて当てはまる“学び”といえよう。

 国内でより近い立場にいるはずの私たちにはわからなかった、東北という“地方”のビジネスのリアル。HBSに通う彼らの視点から、我々日本人も知ることができる本だ。今回紹介したケースはほんの一部分にしか過ぎない。HBSの学生たちが経験した濃密な体験の続きを、あなたの目でぜひ確かめてほしい。

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