出典:www.stealingshare.com
アメリカが誇る百貨店“メイシーズ”をご存知だろうか。先日、メイシーズは2017年初頭までに728店舗のうち100店舗を閉鎖することを発表した。この裏には、先駆者として業界の注目を浴びた「オムニチャネル戦略」がある。米百貨店の代名詞として知られるメイシーズが飲んだ“オムニチャネルの毒”とは一体なんだったのか――。
メイシーズの創業から“オムニチャネルの先駆者”まで
メイシーズは1851年、マサチューセッツ州にてローランド・ハッシー・メイシー氏によって高級衣料品店として創業されたのが始まりである。1858年にニューヨークに移転、マンハッタンに最初の店舗を構えた。その後も国内に留まることなく店舗を拡大していくことになった。
そして、1950年代~1960年代にかけて有力デパートとしてめざましい成長を遂げる。しかし、1970年代になると、百貨店の伝統的業態が時代遅れになっていると指摘され始めた。長らく続いた経営不振からの脱却を図るべく、様々な経営改革を行った結果、一番の成果を上げたのが“オムニチャネル”と呼ばれるデジタル戦略であった。
リアルとECの融合を目指した、メイシーズのオムニチャネル戦略
メイシーズは膨大なシステム投資によって、店舗と自社ECサイトの区別をなくし、在庫や顧客情報を一元化させ、顧客ニーズの取りこぼしをなくすことに注力、オムニチャネル戦略を擁立した。
このことにより、メイシーズのブランドに対するロイヤルカスタマーが増加しただけでなく、グループ全体の劇的な在庫圧縮と売り場の効率化が進み、会社の業績は見違えるように改善した。
メイシーズが2010年に発表した5-7月期決算は、純利益が1億4,700万ドルと、前年同期の700万ドルから大幅に増加した。
この事実により、メイシーズはオムニチャネルのパイオニアとしての地位を確立。多くの企業はメイシーズの戦略成功を称え、そのサクセスストーリーに倣い、オムニチャネル化を進めた。
オンライン売り上げ好調の陰に潜んだ「落とし穴」
「オムニチャネルの先駆者」として成功の名をほしいままにしたメイシーズであったが、年を重ねるごとに経営に暗雲が立ち込めてきた。
メイシーズの減収の始まり
オムニチャネル戦略で業績が好調に見えたメイシーズの100店舗の閉鎖の発表。メイシーズはその際、第2四半期(5月〜7月期)の決算も併せて明らかにした。
同四半期の売上高は、前年同期から3.9%減の58.7億ドル、純利益は1,100万ドルとなり、前年同期の2.17億ドルから96%減少した。粗利益率は40.9%と前年同期から横ばいだったが、店舗閉鎖にかかった費用が2.49億ドル(売上の4.3%)計上され、利益を大幅に圧迫した。
しかも、メイシーズの既存店ベースは6四半期連続で前期を下回っている。
オフラインに対するメイシーズの取り組み
メイシーズはオンラインの強化は成功したものの、そこでオフラインに繋げることをしなかった。そのため、オンラインばかりに売り上げが取られ、店舗売り上げを伸ばすことができず、オフラインのみ業績が悪化してしまったのだ。
そして、オムニチャネル戦略を始めた2011年からリアル店舗との融合を放置のままの5年後ーーつまり今年2016年に、100店舗もの大規模な店舗閉鎖という決定に至った。
メイシーズ “728店舗中100店舗閉鎖”
ここで言及しておきたいのが、会社として減収方向に向かっていたメイシーズだったが、オンラインでの売り上げは上がっていたという事実である。
実店舗とメイシーズ
オムニチャネル戦略において、実在する店舗は重要な経営資源である。しかしメイシーズはオンラインの好調ぶりに満足し、オフライン、つまり店舗の売り上げにほとんど関与しなかった。
CEOであるテリー・ラングレン氏が閑古鳥が鳴く店舗を訪れ、オフラインの状況を把握していれば、今回の100店舗もの閉鎖には至らなかったかもしれない。
メイシーズの今後の展望
このような経営状況の中、ジェフ・ゲネット社長は「残存する店舗でより積極的な成長を見込む。迅速な意思決定と実践、顧客への今以上に大胆なアプローチに期待してほしい」と語りつつ、100店舗閉鎖を発表した。
売り上げの低い店舗を閉鎖し、客足が悪くない店舗において正しいオムニチャネル戦略を続ける、とも捉えられる発言である。
この記事では、オムニチャネルのパイオニアとしての成功例ばかりが賞賛されるメイシーズの実情に迫った。100店舗もの閉鎖という事実は、メイシーズの戦略の成功を示すのか、失敗を示すのか。小売業界に冬の到来を感じさせるメイシーズの100店舗閉鎖、リアルとECの融合により新たな消費スタイルを創造できるか注目したい。
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