日本が見つめなおすべきおもてなしの在り方、そして「星のや東京」に込められた日本旅館の持つ独自性について話した前回「星野リゾート」代表の星野佳路さんと、日本の伝統産業に新たな視点で息を吹き込む丸若屋代表・これからの日本の資源はなんなのか? “星野”リゾート代表が語る「未来へと続く資源」とは」に続き、世界に通用する、21世紀における日本の資源について話し合いました。
星野 佳路 プロフィール
ほしの・よしはる/星野リゾート代表。1960年、長野県生まれ。慶応義塾大学経済学部卒業。米国コーネル大学ホテル経営大学院修士課程修了。1991年に実家である星野リゾートに入社、社長に就任。2016年7月20日に「星のや東京」がオープンしたばかり。
丸若 裕俊 プロフィール
株式会社丸若屋代表、日本文化の再生者。2010年に株式会社丸若屋を設立。伝統工芸から最先端の工業技術まで今ある姿に時代の空気を取り入れて再構築、新たな視点から提案をする。
2014年、パリのサンジェルマンにギャラリーショップ『NAKANIWA』をオープン。日本とフランスの拠点から、21世紀だからこそ見出される価値創造に取り組み、今この時代にしか生み出すことのできない新しい日本文化の形を追い求めている。
「土地の力」をどう最大化するか
今回対談場所となった「星のや軽井沢」(下写真)
———今回対談にあたり『』で生産を手がけているお茶をご用意いただきました。
星野 それはそれは。ありがとうございます。
丸若 これまで日本の伝統技術を“観る”ものから“使う”もの、日常に取り入れるものにしたいという思いで産地を巡ってきまして、石川県の九谷焼や秋田の曲げわっぱなど、道具を主に扱ってきました。
今日お持ちしたお茶は新たな試みとして始めたもので、佐賀県の嬉野の茶師と一緒に茶畑を持つところから生産しているんです。
ティーパックの中に三種のお茶が混ぜてあり、そのうちのひとつが嬉野に代々伝わる品種の抹茶。水を入れてよく振ることで、お茶を点てたような甘みが出るんです。
星野 なるほど、お茶を点てたような味わいというのがよく分かりますね。私どものリゾートでもお茶は人気です。
それにしても、嬉野にお茶があるというのは存じ上げませんでした。
丸若 お茶は長年日本で愛されてきましたが、今はそのほとんどがペットボトルのお茶です。
でも本来、お茶を飲むという行為は土を味わうというか、土地土地の風味を楽しむものだったのではないか、それを体感してもらえないか、というのが試みの根本にあります。
星野 場所は変わりますが、実は今年、インドネシアのバリ島に「星のやバリ」を開業いたします。
一般的に西洋リゾートの多くは、現地の人に西洋式のライフスタイルを教え込み、教育するんです。バリのビーチで寝ている人にも、マイアミのビーチにいる人にも、ちゃんと同じピナコラーダが出てくる。
前回、数あるホテルの業態のなかで「日本旅館」というひとつのカテゴリーを作りたい、とお話ししましたが、このバリリゾートも日本旅館のおもてなしの思想を取り入れています。
その場合は、日本式のサービスや魅力を現地に持ち込むのではなく、バリ島独自の宗教で、地元の人たちの生活に深く根づいた「バリ・ヒンドゥー」をテーマに据えたんです。
丸若 その土地にあった「快適でおもてなしあふれるサービス」を形にした、ということですよね。
星野 そうです。日本旅館のおもてなしをバリでやるなら「バリ・ヒンドゥー」がテーマになる。そのとき、誰がそのテーマを一番理解しているか、というと地元のバリ人なんですね。
バリのビーチで飲むドリンクはどうあるべきか、彼らに聞いたらピナコラーダは絶対に出てきません。その代わり、地元の酒をどうやって外国人がおいしく飲めるようにするか、という努力が生まれてくるわけですが、そこが面白さですよ。
地元の人たちを「労働力」ではなく、「サービスクリエイター」としてみなすのが日本旅館の考え方で、それをバリでは実現できると考えています。
丸若 地元に根づく力。まさに伝統工芸の職人やお茶農家でも同じです。
たとえば茶畑の人たちは本来、自分で味が作れるほどの力を持っているんですね。だけれども、いま市場でどんな味が売れている、とかそういう周りからの情報に惑わされてしまう部分もある。
農家の人たちがクリエイティブになると、お茶にも味がのってきます。
僕の役割として、もっと産地に合った独自の味わいを飲み手に提案していく側にしたい。お茶を飲んだときに情景が浮かぶような、記憶に残る味にしなければと。
星野 味と記憶がアソシエーションする、ということですよね。
私は麦茶を飲むと、夏の軽井沢を思い出します。今はペットボトルに入って年中飲めるようになりましたが、昔は夏に出てくるお茶でしたから。
あの味わいが、子供の頃に森の中を走りまわっていた感覚を思い出させるんですよね。
丸若 「おいしい」「まずい」という定義で作ると、好みは三者三様なので難しいんです。
でも、大切な記憶や思い出を呼び起こす道具としてお茶を捉えたら面白いなと思っています。
星野 土地の力というのは大変なものですよ。私は「星のや軽井沢」のあるこの場所で生まれ育ちまして、いまフロントがあるあたりに自宅があったんです。
ホテルの周囲をご覧いただくと分かるように、この土地にはルールがあって別荘同士の間に塀がないんです。だから小学生時代の私にとっては、どこまでが自分の家という感覚はなく、ここらの山一体すべてが遊び場という感覚で。
星野温泉旅館を現在の形に改装するに当たり、四季を通じてこの野山で遊びながら得た、土地に対する理解が本当に役に立ちました。
星野 その後、沖縄や京都、富士でも同様のプロジェクトを行いましたが、軽井沢で圧倒的に持っていたグリップ感というのでしょうか、土地への理解がないので不安もありましたよ。
動き出す前には毎月のように現地に通うのですが、やっぱりこの歳で行くのと、木に登ったり、人の別荘に勝手に入って怒られたりしていた当時の理解度とはすごく違います(笑)
丸若 きっと、よい部分ばかりに注目していても、見えない何かがあるのでしょうね。
星野 そうなんですよ。リゾートっていうのは自然が相手ですから、24時間365日、驚くような美しい瞬間が所々にあるんです。
冬がすごく寒い、とか先入観を持たない子供の頃にそれを把握できていたのは財産だったと思います。軽井沢の冬は美しいんですよ。向いの山は落葉広葉樹なので、冬になると木の葉が落ちます。満月の夜は、白く積もった雪に月の光が反射して、とても明るい幻想的な夜になる。
そういう瞬間をどうやって楽しんでもらおうか、というのが私にとっての商品。リゾートホテルというより、舞台を作っているような感覚がありますね。
日本中をまわって、自然のなかにある美しさを見つけ出していくような。丸若さんが伝統工芸やお茶を見つけるのと、似ている部分のように思えます。
丸若 昔の職人は、日々のなかで見る四季の移ろいや緑の変化を見て、それを漆や器で表現する、ということをしていました。
今回飲んでいただいたお茶も同じで、茶師はこの土地でしかできない味は何なのか、追求し続けています。
要望に応えることよりも、置かれた環境にどう歩み寄っていくかが大切なのではないか、と最近よく考えますね。
星野 今回のテーマである「21世紀の日本の資源」、私は雪だと思っているんですよ。
丸若 雪ですか?
星野 たとえば中東では石油が出ますが、私たちのエネルギー源が地面から湧いてくるなんてすごい、と思いますよね。でも冬になると雪が降るというのはそのくらいすごいことではないかと。
というのも、日本の雪は標高の高い所で降るヨーロッパの雪とは根本的に違います。シベリアや中国大陸から吹いてくる冷たい風が、日本海を渡るときに湿気を吸い込んで、さらに日本アルプスにぶつかって雪を降らせるんです。しかも10メートル積もる場所すらあるんですよ。北海道や長野、新潟に海外の旅行者がたくさん来るのは、雪が降るからなんです。
雪だけでなく、季節の変化そのものがものすごい日本の資産なんだけれども、これだけ体験しながら日本人まだがその価値に気づいていない。
観光客が便利に買い物できる繁華街…「爆買い」なんて資源でもなんでもないんですよ(笑)。
丸若 たしかに日本人は、四季があることを当り前に捉えている面がありますね。
星野 世界的に見ても、これだけ規則正しく四季の変化がある国はないんです。
雪が降り、雪解け水が田んぼに水を供給し、稲作が始まる。季節に合わせて食材を変え、もてなしを変え、夏になると浴衣を着てお祭りを見、冬になると柚子湯に入る。日本らしさの根本を成しているのが四季ですし、もっというと日本の旅というのは季節の移ろいを感じるためにあるんです。
たとえば北陸では11月に蟹漁が解禁になります。蟹を食べるためだけにわざわざ北陸に行き、蟹を食べて『今年もこの季節がやってきた』と風情を味わう。そういう旅が存在するのが日本なんです。
丸若 桜もそうですよね。毎年咲くのに、去年も見たのにまた見に来る。桜そのものを見るというよりも、去年桜を見たときと、今年桜を見たときの自分がどう違うのかを感じにゆくのかもしれませんね。
自身の成長であったり、家族の誕生や死であったり。季節の移ろいと人生の思い出が一体になっているというか。
2〜3年先ではなく、20〜30年先の売り上げを最大化させる
星野 それをうまく活用できなかったのが北海道です。
一時期、タラバガニを目当てに観光が伸びたのを受け、冷凍して年中提供してしまった。その結果、まず味が落ち、次に年中食べられることで季節の風物詩ではなくなってしまったんです。
いつでも食べられる冷凍ものを出すなら、東京で食べるのと変わりませんからね。北陸の蟹需要がなくならないのは、季節感を守ってきたからなんです。
丸若 昔の日本には、“言わずもがな”ではないですが、隠す美学というのが存在しましたよね。ちらりと覗く女性のうなじに色気を感じる文化であったはずなのに、いつのまにか露出が多いほどよい、という文脈になってしまった。
すべてをさらけ出さないから、いつでも手に入らないから、探りたくなる。そういう日本の艶っぽさ、すべてを見せない美学を取り戻す必要があるのかもしれない。
僕は、その美学を伝える21世紀の日本の資源は「映像」だと考えているんです。
というのも、映像の題材としてこれだけ愛されている国は世界でもそう多くありません。その注目を利用して、いちから映像プロジェクトチームを立ち上げ、日本の魅力を知る導入部になる動画を制作しています。
ーー400周年を迎えた有田焼をPRするため、8つの窯元の映像を制作した。
丸若 日本の物作りの精神を、説明するのではなく視覚で感じ、関心を持ってもらえたらな、と。
少し話が四季から逸れましたが、本編をこと細かに見せるのではなく想像させる、という手法を意識していますし、それは非常に日本らしいと感じています。
星野 季節の移ろいを感じてもらう、というのはそこにつながりますね。
春に来た人には、「今度秋に来てみてください」と違う季節の美しさを想像してもらい、気づきをうながす。
丸若 すべて見せたい欲求を押さえる必要もありますよね。
星野 向こう2~3年の売上げを伸ばすには、蟹を冷凍して年間出そう、ということになる。でも10年先を考えるならやはり、やるべきではなかったと私は思います。
短期的な売上げよりも、20~30年の売上げを最大化するのが本当は望ましいし、それなら北陸の蟹のようにちゃんと季節感を守り、他の時期には違う魅力を作る、または我慢するという意識が必要ですよね。
そこに向き合っていかないと、インバウンドも一過性のブームで終わる危険性があります。季節の移ろいを通じて新たな気づきをお客様に提供し続けてこそ、サスティナブルな売上げへとつながる。
日本の四季こそが、21世紀に続く大切な資産ではないでしょうか。
Interview/Text: 木内アキ
Photo: 三橋優美子
Photo: 三橋優美子
記事提供:Qreators.jp[クリエーターズ]
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