山形県は鶴岡市に、慶應義塾大学先端生命科学研究所(Institute for Advanced Biosciences , IAB)がある。設立は2001年、現在から約15年前のことだ。新規産業を根付かせるために、当時の市が誘致した。
幾年の時を経て、種は殻を破り、芽を覗かせている。日本最先端のバイオテクノロジーが、ビジネスとして根付き始めているのだ。世界で初めて蜘蛛の糸を人工的に量産することに成功し一躍話題となった「Spiber(スパイバー)株式会社」も、この研究所から生まれた。
地方再生・創生が急がれるなか「真に独創的な仕事は、都会では成し得ない」と語る、同研究施設所長である冨田勝氏にお話を伺った。現在最もエキサイティングな街、鶴岡市。そこには、独創的な研究に魂を燃やし日本の将来を見据え続ける人々、種に水を注ぎ続ける人々の眩しい後ろ姿があった。
富田勝 プロフィール
とみた・まさる/慶應義塾大学先端生命科学研究所所長・同大学環境情報学部教授/生命科学者・情報科学者
人工知能など情報科学の応用技術をベースにして、ヒトゲノム解析やメタボロノーム解析などの生命科学分野の研究者・教育者。
真に独創的な研究は、都会では出来ない。合宿するくらいなら、ずっとそこで研究すれば良い。
——先端生命科学研究所は、どんなことを研究しているのですか? 優秀なベンチャー企業がたくさん輩出されているとの話を最近よく耳にします。
冨田:バイオテクノロジーを研究している施設ですね。ここから生まれた代表的なベンチャー企業は4社あります。ヒューマンメタボロムテクノロジー社(HMT)が第1号で、一昨年に上場しました。
HMTは血液検査でうつ病を診断する技術を持っています。スパイバーは人工蜘蛛糸の大量生産。サリバテックは唾液で癌を診断する。メタジェンは便を薬に、便で健康を促進します。と、まぁ普通の人がやらないようなことを積極的にやる研究所ですね(笑)。
——あえて普通でない研究者を集めているのですか? それとも自然に集まってくるのですか?
冨田:鶴岡で働くとなった時点で、東京や神奈川でできることをやっても仕方がないという気持ちが当時からありました。すごく面白いことをやりたいという研究者が山形に集まってきているんです。
最初は“場所の壁”というものがありました。僕も東京生まれ東京育ちなのですが、地方に行くということに若干抵抗がありました。「都落ち」みたいなイメージを持っていたんですね。
「地方」という言葉そのものに、”格下感”を持っている人が都心部には多いと思います。「地方大学」や「地方都市」と聞くと、ネガティブとまではいかないけれど、やはり少しだけ”格下感”を持ってしまう傾向があるのではないかと思います。
15年前に研究所ができた時に、そういう“場所の壁”があって、東京や神奈川の人はなかなか来てくれなかったんです。反面、それでも「行きたい!」と思ってきてくれた人は、本当に面白いことをやりたい人たちでした。
それがすごく良かったですね。ある意味、平凡な人はそもそも来なかったため、良いスクリーニングになったんじゃないかな。
——どうして地方、鶴岡だと面白いことができるのでしょうか? 都会とは違うのですか?
冨田:例えば、期限を決めて、みんなで何か考えよう!となった時、一般的に合宿を張りますよね。合宿というのは、都会のビジネスホテルではやりません。普通、自然豊かな那須や箱根でやります。
それは、なぜでしょう。自然も豊かで、リラックスできるからですね。すごく集中できる。すると、良いアイディアが生まれる。そのことを、実は日本人は昔から知っているはずなんですよ。
「東京>地方」の図式を崩さない限り、日本に未来はない。
——しかし、地方に大学は少ないような印象を受けます。
冨田:日本の大学や研究所は首都圏に集中しているんです。そんな先進国は日本くらいですよ。普通、大学や研究所というものは田舎町にあります。ケンブリッジ大学だって、オックスフォード大学だってそうです。
ハーバード大学のあるボストン郊外も、のどかな地方都市ですよ。それなのに日本は都市圏に大学が乱立している。都心に集中している。これは本当にナンセンスだと思います。
——なぜ日本の大学は東京に、都心部に集中してしまっているのでしょうか?
冨田:現在から20年ほど前に、様々な大学が地方にキャンパスを作ったのですがうまくいかなかったと聞いています。それは、やはり日本人のメンタリティーが「一軍は東京!」となってしまっているからでしょう。
「東京にいる方がカッコいい」みたいな風潮がありますよね。僕はその概念をひっくり返す必要があると強く感じています。地方に対する”格下感”を逆転させない限り、本当の意味での「地方再生」、「地方創生」は成し得ないと思っています。
エキサイティングな仕事と、悠々自適なスローライフ。地方でこそ成し得るクリエイティブな日々。
——東京生まれ、東京育ちである冨田さんは、実際に鶴岡で研究をされてみていかがでしたか?
冨田:鶴岡で所長に任命されたのが15年前ですが、僕自身山形に縁もゆかりもなかったため、初めのうちは不安もありました。しかし、やってみると良いこと尽くしだった。自然豊かで、時間がゆっくり過ぎる環境は、物を考えるのにすごく適していたんです。
温泉や美味しい食事もあり、夕焼けもとても綺麗。日本海側なので、夕日が海に沈むんですよね。独創的な仕事は、こういう場所でやるべきだと強く感じるようになりました。
人がたくさんいないと成り立たないビジネスなんかは東京でないといけないのかもしれないけれど、研究・開発、学問・学術、芸術なんかは都会でやる必要がない。それどころか、都会では不向きなのではないでしょうか。自然豊かなところでやったほうが良い。僕はそれを確信しています。
——他に、地方の優位性としてどんなものがありますか?
冨田:例えば、通勤時間。東京だと、なんだかんだ1時間くらいかかることが多いですよね。電車に揺られて、座ることもできずに往復で2時間ほどの時間を費やす。
ところが鶴岡の場合ですと、徒歩5分か、自転車で5分か、車で5分ぐらいのところに住むことが可能です。家賃も東京とは比較にならないほど安い。東京と同じ家賃で、庭付きの一軒家に住めますよ。ある意味では贅沢ですよね。
仕事は最先端でエキサイティングなことができて、プライベートは自然豊かなスローライフを送れる。この両立ができるんですよ。それを格下に見ている日本人はおかしいと思ったんですね。
エキサイティングな産業を根付かせることこそが、地方再生の第一歩。
冨田:ベンチャー会社を立ち上げる際に、社長たちはこぞって東京に本社を作ってしまいます。東京である必要がない仕事でも、東京に作ってしまう。株主や出資者の関係上、融資の相談に便利だから、などと理屈は様々つくのですが、少なくともそれなら東京に営業所を作るだけで問題ないですよね。
本社を地方都市に置くという選択をなぜ取らないのか、と言いたい。やはりここにも地方を”格下感”で片付ける、日本人の悪いメンタリティーがありますよね。地方都市において人口がどんどん減っているのは事実で、各自治体などが婚活イベントなどを行って努力していますが、私は若者が地方に来ないのは、結局仕事がないからだと思います。
厳密には農業など昔ながらの仕事はありますが、キャリアになるような、エキサイティングな仕事は東京にしかないと感じているのです。ですから、エキサイティングな仕事を、地方に、ゼロから作るということが日本の地方再生における一丁目一番地だと思っています。
他の地方都市がモデルにするべき、鶴岡市の実態。その経緯とは。そこに生きる科学者たちのエキサイティングで”イケてる”日々。これからの日本に必要不可欠な脱東京論について、後編で詳しくお伝えする。
Interview/Text: 石川ゆうり
Photo: 神藤 剛
Photo: 神藤 剛
記事提供:Qreators.jp[クリエーターズ]
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