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“日常生活は毎日がプレゼンの連続”:孫正義の元右腕がたどり着いた「究極のプレゼンテーションの形」

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2016/04/14(最終更新日:2016/04/14)


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by The Rocketeer
前編に続き、ソフトバンク孫社長の元右腕として手腕を振るってきた、プレゼンテーションクリエーターで書家の前田鎌利さんに、「勝つプレゼン」の極意を伺います。

前田 鎌利 プロフィール

まえだ・かまり/一般社団法人 継未-TUGUMI-代表、書家、プレゼンテーションクリエイター
1973年福井県出身。5歳より書を始め、東京学芸大学書道科卒業後は独立書家として活動。2010年ソフトバンクアカデミア第一期生として選考され初年度1位の成績を修める。13年ソフトバンクを退社し、未来へ書を継承していく書道塾「継未-TUGUMI-」を全国13校で主催。書家として企業理念、プロダクトデザインやライブイベント揮毫、個展開催と精力的に活動。ビジネス経験を踏まえて、プレゼンテーション講師、ビジネスコンサルタントや講演活動なども多数開催。著書「社内プレゼンの資料作成術」(ダイヤモンド社)は発売後1カ月で3万部を超えるベストセラーに。

いっぱい書くのは保険でしかない。相手にしてみれば「つまらない」

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前田  相手の価値観をどの程度許容できるかというのは、芸術でもビジネスでも肝になってくると思います。 

いっぱい書くって保険なんですよね。抜けもれなく話せるし、安心する。何か聞かれてもそこを読めばいいから。
 
でも見ている人から言うと“こいつ読み上げてるだけじゃん”って、冷めちゃうんですよ。だから、プレゼン資料に字はたくさん書かないほうがいいんです。

よく言うのですが、ラブレターだっていっぱい書いてあるから伝わるわけじゃない。ちょっと気の利いた1行のほうが心に響いたり、全部書いてないくらいのほうが逆に気になるじゃないですか(笑)。

———シンプルにそぎ落としていく、というのもまた難しそうですね

前田  そうなんです。シンプルだけどそこには究極の“面倒くさい”が詰まっているんです。 

例えば書を完成させるには、墨をすり、筆を選び、文字を決め、ものによっては100枚、200枚と書くんです。そしてその中からいい作品を選ぶ。書いたら終わりというわけではなく、上質な筆だと洗い終わるまで2時間くらいかけなきゃいけない。まあ、面倒くさいんです(笑)。
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前田  かたやプレゼンテーション資料も、作る前からものすごく大変。僕の場合、5分間で少なくとも50、60枚のスライドを使うのですが、長いと100枚以上にも及ぶんです。アペンディックス(付録)も入れると300枚くらいになってしまう。 

ストーリーを組み替えたら、話すためにスライドの順番も覚えたり、練習もしないといけない。しかも一度作ったら使い回しできるわけではなく、相手が変わる度にアレンジする。まあ、面倒くさい(笑)。

そう考えると両方とも一緒。でも時間をかけ、念い(おもい)を込めたほうが伝わるものになるのかなと。“これは書くべきかどうか”という問答を自分の中でやりとりする時間を楽しめたら、やっぱり伝わるものになるのだと思います。 

同じものを買うにしても念いがある人から買いたいですよね。生産者が手をかけ念いを込めて作った大根と、人工の光で勝手に育ってきたものだったら、やっぱり農家の方が土にまみれて一所懸命作ったものを食べてみたいな、とか。それと同じだと思います。

究極のプレゼンテーション理念を生み出すまでは、試行錯誤の日々だった

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———ここに行き着くまでには、どのような背景があったのでしょうか

前田  当然、最初からできていたわけではありません。僕が勤めていた会社というのは、ある時期は営業主体文化、ある時期はちょっとお国の要素が残った感じ、外資、ベンチャーといろんな経営母体に変わっていきました。 

その都度違う文化に触れてきたので、自分が環境に合わせないと話が通じなかったんです。その中で“こうしたほうが通じる”っていうのをいろいろ模索していった感じです。
僕は5歳からずっと書を続けています。幼い頃は頑張って書くことで親に褒められたり、学校で表彰されるのがただ嬉しかった。 

でも、ある時を境に書との向き合い方がガラッと変わったんです。僕の両親というのは事実上祖父と祖母で、実の父が他界したため僕ら兄弟を養子として引き取ってくれていたのですが、僕はそれを小6までずっと知らなかったんです。

二人は大正の生まれで、そして文盲でした。そのことですごく苦労したから同じ思いはさせたくないと、僕に字を習わせてくれていたのだと。 

その話を聞いてから、僕が5歳から書を始めさせてもらえたことは大きな意味があるんだと強く実感するようになりました。

高校までは先生のお手本が自分の中での“書”だったのですが、大学で書道を専攻すると、何千年と残っている中国の有名書家の作品や、日本の名書、近現代の前衛の書など、いろんなものに触れることができた。そこで初めて深く学び、書に対する膨大な情報量を仕入れたんです。

その一方、中高生の頃は体育会系の部活にも所属していました。そこにあるのは勝ち負け、つまり“勝つために頑張ろう”なんですよね。 

でも文化系だとお互いの価値観を認め合うのが評価軸になるので、認め合うためには自分の価値観を持たなきゃいけないし、相手の価値観を理解できるように知識レベルを上げていかないといけない。 

そうなると、自分が他を理解するということに時間を割いていくことになるんです。学生時代に両方を体感できたのは、すごく大きかったと思います。
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———「勝ち負け」と「お互いを認め合う」こと。反目する価値観を、両方を持ちえているバランス感覚が素晴らしいですね

前田  そういった経験があったので、ビジネスの世界に入った時にどっちも役立ちました。営業は体育会系でよかったんだけど、経営戦略を立てて行く時って数字で明確に見えるものでもないので、やっぱり勝ち負けだけだとちょっと微妙で。 

ビジネスのバックオフィスになればなるほど、評価方法って難しいんです。売上が伸びただけで査定ができるわけでもない。期日までに納品できたから評価できるものもあれば、もっと足の長いもので途中経過でも評価しなきゃいけないケースもある。
 
その時にいかに査定していくか。ある程度定量的に見つつも、人にも価値を見出していくという作業は、大学の時に書を交わしながら芸術論を身につけたことが大きく影響しましたね。

日常生活は毎日がプレゼンテーションの連続!

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———新刊『社外プレゼンの資料作成術』をどんな方に読んでもらいたいですか?

前田 ビジネスパーソンやプレゼンをする方はもちろん、学生さんにはぜひ一度手に取ってもらいたいですね。また、これから独立、もしくは講師業で何かやっていきたいと思っている方にもおすすめしたいです。

資料を作るかどうかは別として、プレゼンテーションにおける具体的な論理展開のイメージ「課題→原因→解決策→最後の決断における効果」という流れは、普段の生活でしゃべる時にも意識したいところなんです。 

資料を作ることが全てではなく、相手の気持ちを動かし、その上で自分のことをしっかりお伝えするのが重要。 

だから風邪をひいて病院で自分の症状を説明するのも、喫茶店で飲みたいものを注文するも、毎日がプレゼンテーションの連続なんです(笑)。それが練習につながるものだと思っています。
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Interview/Text: 河辺さや香
Photo: 森弘克彦(人物)


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