元サッカー日本代表の鈴木啓太氏は、引退後、ビジネスの世界に入ることを発表した。第二のキャリアとして選んだヘルスケアの新ビジネスの立上げについて、今後の展望や働き方について伺った。
これからの「鈴木啓太」をどう見せるか。セルフブランディングの考え方
Q:将来に向けたご自身のキャリアについて聞かせてください。これから選ぶ仕事によってご自身のイメージもまた変わっていくと思うのですが、ここからの「鈴木啓太」をどう見せていきたいですか。
鈴木啓太さん(以下 鈴木):今後は、身体の健康や心の健康に関わることをやっていきたいですね。そういったことでアスリートや一般の皆さんを支えていきたい。スポーツ×健康×文化×エンターテイメントのようなイメージです。求められればいろいろな仕事にチャレンジをしていきたいと思っていますが、もしかしたら自分の哲学や生き方のイメージの中で無意識に選んでいるような感覚もあります。
無観客試合で気づいた「誰かのために」。アスリートや多くの人々が喜んでくれることを
Q:ビジネスを通してアスリートや一般の皆さんを支えていきたいとのことですが、そういった想いはどのようにして生まれたのでしょうか。
鈴木:自分の夢を追いかけることが自分のやりがいだと思っていたのが、実は違うと気づいたからでしょうか。苦い思い出なのですが、ある時、無観客試合をやったんですよ。 その時、なんて味気ない試合なんだ、こんなスタジアムで二度とサッカーをやりたくないと心の底から思いました。 お客さんがいてこその試合。お客さんに喜んでもらうためにこれまでやってきたんだなと気づきました。
僕はマラドーナ選手を見て、憧れてサッカー選手になりたいと思ったんです。マラドーナは、僕を含む誰かに喜びや夢を与えている存在だった。僕もそういう存在になりたいと思ったのですが、そのために、これまではどちらかといえば「自分が自分が自分が」とやってきたわけです。
ただ、引退する時、あれだけ多くの人達に「必ず浦和に帰ってきてくれよ」とかいろんな言葉をいただいたのが本当に嬉しかった。「あ、これまでやってきた中で誰かに何かを与えることができていたんだな」と感じられた瞬間でした。
誰かを喜ばせることが自分の喜び。それは自分の夢を叶える以上に大切なことで、プロとして自分の夢を真剣に追いかけたからこそ気づくことができたんだと思います。自分の人生の目的、最大の夢はそれなんだと思いました。会社もきっとそうだと思うんですよ。事業ですから、もちろん利益を上げていかなきゃいけないわけですが同時にアスリートや多くの人々が喜んでくれることを成し遂げていきたいですね。
余談ですが、オリンピック代表に落ちた時、母親に「落ちちゃった」と伝えたら電話ごしに泣いているのがわかるんですけど「いいよいいよ、頑張りな」と言ってくれたんです。相当悔しかったと思うんですよ、母親も。それでも僕を励ましてくれた。だから、なんて言うんでしょうか、家族とか大事な人を悲しませてはいけないな、だから強くならなければいけないな、そして結果を出さなければいけないなと、その時に痛感しました。自分の夢を追いかけるということは同時に誰かの夢も追いかけているのと一緒なんだと思いますね。
ビジネスには「優勝」がない?サッカー選手時代とのギャップ
Q:今、一番苦労されていることはなんですか?
鈴木:時間の使い方ですね。サッカー選手の時はトレーニングも試合もある程度のサイクルが決められていたんですが、今は自分で自分の時間の使い方を決めるのがこんなにも大変なんだと戸惑っています。サッカーって優勝に向けて1年のスパンが決まっています。年明けにキャンプを終えたら2月に開幕戦。この週は1回試合、あの週は2試合あるなとか逆算して1戦1戦そこにピークを持っていけばいい。そういうふうに計算できるんです。
でも、ビジネスってなんかこう終わりなき旅ですよね(笑)。わかりやすい優勝とかのイベントがないじゃないですか。でも仮に「優勝=目標」だとしたら、それすら自分達で決めるんです。いや、決めないといけないんです。数字を決め、期限を決める。
そう考えると、今は優勝に向かって走る手前、キャンプの時期なのかなと思いますね。本当に辛いんですよ、キャンプって。オフがいつ終わって、いつからキャンプインしますというスケジュールが予め決まっているわけですが、オフが半分くらい過ぎると皆そわそわし始めるんですよ。もう動き始めなきゃとか、キャンプで何やるんだろうとか。
実際は、そんな心配はキャンプに行ってからしてもいいんですけど。でも、本当にそれくらいキャンプはキツイ。1年間の中で一番厳しい時期で、これを乗り越えられるかどうかで自分の成績も変わってきますし、パフォーマンスも変わってきます。サボることはいくらでもできる。だからこそ自分で自分を追い込まないといけない。今のビジネスの立上げは、そういう時期にあると思っています。
Q:ビジネスとのかかわり方でいうと、あえて経営者として深くビジネスにかかわっていくことを選択されました。
鈴木:経営者としても勉強中です。今の時期、自分達の会社はキャンプなので、自分達で追い込まないといけない。とにかくなりふり構わず、自分の今やれること、チームでやれることを徹底的にやる。例えば、岡山大学の研究室に実際にみんなで訪問して研究の現場を見たり聞いたりしたり、腸内フローラについての勉強もしています。また、経営会議では僕が社長として司会進行をするわけですが、その進行が思ったようにうまくできなかったとかもありました。
それも全部チャレンジ。やらないとわからない。その中で最適な方法を見つけて、自分のリズムを作っていく時期なのかなって思っています。幸いにも周りが、研究でも新規事業でも、各領域の専門家が集まっているので、周りからも勉強しています。
サッカーでもビジネスでも同じ。チャレンジするという姿勢
Q:最後に仕事へのスタンスを聞かせてください。サッカーからビジネスの世界へ移って何か変わりましたか?
鈴木:最後まで諦めないということでしょうか、僕は負けず嫌いなんです。できないことも、結局やるしかないわけです。天才でなくても頑張りだけである程度のレベルまで行くんですよね。自分はそれをサッカーで経験しました。自分より上手い選手が大勢いる中で、最終的に自分がサッカー選手になれたのは何故かと言えば、最後まで諦めないでやったことだと思っています。
そして、失敗を恐れずチャレンジしていくこと。正しい考え方を軸として、次に自分が何に取り組まなければならないのかを決めていきます。同じ失敗をするのは良くないけれど、チャレンジすれば必ず失敗は出てきます。それを1つ1つ潰していくだけではないでしょうか。それはサッカーにおいてもビジネスにおいても同じことだと思います。
Q:サッカーにおいてもビジネスにおいても変わらずチャレンジしていくという姿勢が重要ということですね。
鈴木:そうですね。例えば、浦和レッズのミハイロ・ペトロヴィッチ監督はチャレンジしないことに対して、ものすごく怒る方なんです。でもチャレンジしたものについては、例え失敗をしても、いつも「ブラボー!」と言ってくれる。それはすごく選手を勇気づけるんです。そして、また次チャレンジしようと思います。監督を驚かせよう、見ている人達に驚いてもらおうと。
結局、そういったことの積み重ねで能力やパフォーマンスは上がっていくと思います。何も意図がない中でパスを回していても意味がないですし、それは社会でも一緒なのではないでしょうか。諦めなければやり直せる。失敗しても、自分自身がファイティングポーズを取るのをやめなければいつだってチャンスはある。
多分、僕がサッカーを引退して次に何やるの?という時に「腸内フローラの解析事業、つまり健康ビジネスです」とか言ったから「え?」みたいな人もたくさんいたと思うんです、理解されないことも多いと思います。でも、逆にそれで自分自身に火がつきました。皆さんの想像をいい形で裏切りたいと思いますね。チャレンジです。
専門家・鈴木啓太
AuB株式会社 CEO(オーブ:Athlete micro-biome Bankの略)。 1981年7月8日静岡生まれ。元プロサッカー選手。2000年、浦和レッズ入団。その後、日本代表を経験。2016年1月、16年間在籍した浦和レッズを引退。その後は起業家としてビジネスの世界に転身。岡山大学大学院環境生命科学研究科の森田教授他数名にて、腸内フローラ解析事業を行うAuB株士会社を設立。人の腸に生息している数十兆個の細菌の集合体である腸内フローラ(腸内細菌叢)。良い腸内環境の維持は肉体機能の向上に役立つと考えており、食事や睡眠、運動量などを厳密に管理しているアスリートの腸内フローラのベストな状態を把握することで最良の腸内環境を維持・再現できる方法を模索。アスリート支援はもちろん一般生活者の健康づくりに役立てていくことを目的とし、現在、ヒト腸内フローラの解析に取り組む。
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