HOMECareer Runners オープンからわずか2ヶ月! 世界最速でミシュランを獲得したレストランオーナーの「企画力」

オープンからわずか2ヶ月! 世界最速でミシュランを獲得したレストランオーナーの「企画力」

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2016/02/21(最終更新日:2016/02/21)


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星の数ほどある東京のレストラン。 

そのクオリティの指標になるミシュランレストランガイドの1つ星を、オープンからたった2カ月で獲得した「TIRPSE(ティルプス)」のオーナー大橋直誉さんは、弱冠29歳の快挙として、世界中から注目された。

オープンから2年、現在レストランプロデューサーという肩書きをさげ、各国のシェフとのコラボイベントや、日本酒、有田焼とのコラボディナー、デザートだけのランチコースなど、ユニークな企画を発表し続けている。

彼のアイデアの源はどこにあるのか? 従来のレストランの枠を越えた活動の原点を探った。

大橋直誉 プロフィール

おおはし・なおたか / 1983年生まれ。調理師学校卒業後、東京の「レストランひらまつ」に料理人として入社。翌年ソムリエの資格を取り、サービス・ソムリエに転向。2011年渡仏し、ボルドー2つ星「Château Cordeillan-Bages」でソムリエを務める。帰国後、白金台の三ツ星レストラン「Quintessense」で働き、レストラン移転に伴い同場所にて「TIRPSE」開業。世界最速でミシュラン1つ星を獲得。2015年7月より1年間限定のデザート・テイスティング・レストラン「KIRIKO NAKAMURA」をスタートさせる。

偶然歩み始めた一流店でのキャリア

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————「レストランプロデューサー」として活躍されていますが、この業界に入ったきっかけはなんだったんですか?

大橋  もともと函館で競輪選手を目指していました。父親がプロでしたので、高校卒業から3年間本気で取り組んでいたのですが、試験に落ちてしまって。
 
それまで競輪一筋で、ろくに勉強もしたことがなかったので、本当に悲惨な状況でした。夢破れた者は、パチンコに通いつめたりするもので(笑)、例に漏れず僕も1年ほどそんな生活をしていたんです。

ある時、見かねた母親が調理師学校のパンフレットを持ってきました。結果的にそれが、業界への第一歩になりましたね。

————独立するまでのキャリアを教えてください。

大橋  調理師学校の友人と、東京のレストランを受けたのが21歳の頃です。それが、日本有数のフランス料理店「レストランひらまつ」なんですが、当時の僕はその存在すら知りませんでした。 

そもそも「ひらまつ」を受けたのも友人が受けに行くと言ったからでしたし、一番の目的は原宿限定のヘッドポーターの財布が欲しかったから(笑)。フランス料理店なのにひらがなの店名なんて、おかしいなと思っていたくらいです。 

ですが、はじめてお店を見て衝撃が走りました。フランス料理の世界に魅了されたのは間違いありませんね。 運良くそこで職を得るのですが、おそらく「ひらまつ」の歴史上、最も仕事ができなかった(笑)。毎日怒られていましたね。
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大橋  翌年からは、ひらまつのサービス部門に移籍し、ソムリエを目指すことにしたんです。 元来アルコールは好きだったんですが、ワインとの出会いは特別なものでした。 ソムリエになった前後数年間、アルコールはワインしか飲みませんでしたし、本場のフランス人より勉強していたと思います。

そして、ひらまつでソムリエになって2年が経った2011年に単身渡仏し、2つ星のレストラン「Château Cordeillan-Bages(シャトー コルデイヤン バージュ)」でソムリエとして1年間過ごしました。

渡仏の理由は、フランスに行ってみたかったというのもありますが、ひらまつで働いていたときに、お客様に「ロマネ・コンティに行ったことあるかい?」と聞かれて、「ないです」と答えたら、サービスを拒否された経験がコンプレックスだったことも理由の一つ。 

ワインは、言葉の通じないフランスで、自分がお客様とコミュニケートできる重要なツールで、ワインのおかげでお客様と打ち解けることができ、フランスではいろいろと収穫を得ることができたと思います。

その後日本に戻り、東京白金の3つ星レストラン「Quintessence(カンテサンス)」で働きはじめました。そして2013年8月「Quintessence」の移転が決まると同時に、新店の開業を決意したんです。

————「ひらまつ」にはじまり、渡仏中に働いていたお店も、そして「Quintessence」も一流店ですが、こだわりがあったのでしょうか?

大橋  どれも、僕自信で決めたことではないんです。 フランスでも知り合いのソムリエが紹介してくれたお店が一流店だった。「Quintessence」も偶然でした。いつもそうなんです。 

人生の分かれ道に立つと、必要な環境に誰かが放り込んでくれる。斡旋してくれるというか、自発的に動いてきたわけではないんです(笑)。

ミシュラン1つ星はレストランのソフトへの評価。プロの仕事をするだけ

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————「TIRPSE」の開業はご自身で決断されたんですよね?

大橋  そうです。……が、計画していたわけではありません。「Quintessence」の移転が決まった頃、当時お世話になっていた岸田シェフと休憩中に話したことから、この計画がはじまりました。 

僕は、白金が好きだったから移転するのなら、自分でこの場所でお店をはじめようかなとボヤいたら、やってみる?と(笑)。そこからが勝負でした。 

オープンまで約1カ月半。契約の関係で、資金を含めた様々な開業準備を超短期間で完了させなければならなくて……。 当時のことは覚えていないくらい、動き回りましたね。

————努力の甲斐あってオープンされた「TIRPSE」は、世界最速の開業2カ月でミシュランの星を獲得しましたね。

大橋  星を狙ったわけではありませんでした。ただ、1つ星は獲って当然だと思っています。 生意気かもしれませんが、シェフもサービスも、プロとして一定のクオリティをキープできれば、評価はしてもらえるもの。 

オープンから約2カ月で1つ星はつきましたが、4カ月前までこの場所は3つ星レストランでした。 そうすると、1つ星が取れないということは「ソフトがダメ」ということになるので、そのプレッシャーは感じていました。

ミシュランの星が、アイデア実現の「チケット」に

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————星を獲得したことで、業界の注目を浴びました。その後、経営に変化はありましたか?

大橋  スタッフ共々、プロの仕事をするということには変わりありません。 ですが、1つ星というチケットを元に、新しい取り組みに着手しやすくなったと思います。
 
星の獲得後、パリやイタリアのシェフとコラボしたり、獺祭(だっさい)という日本酒とのコラボディナーや、10皿のディナーコースのために、1皿ずつ新たな有田焼をデザインするなど、実験的な企画にもトライしました。 

星がついたことで、声を掛けやすくなりましたし、こういった一見ユニークな取り組みが、お店のPRにもなったという実感があります。

————2015年の7月からはじまった1年間のデザートに限定したランチコースも非常に話題ですよね。

大橋  デザートのコース自体は、やっているお店もあると思います。ですが、「kiriko NAKAMURA」は、まずパティシエールである中村樹里子が素晴らしいですから。

パリでも日本人のコミュニティだけでなく、現地の方の間で彼女は有名でした。そんな彼女を中心に、出来立てにこだわって、徹底したレストランクオリティでデザートを中心に据えた1つの世界を提供する。

ここまで追求しているのは、我々だけだという自負があります。
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自由であることが、新たな価値を創造する

————ビジネスで最も大事にしていることはなんでしょうか?

大橋  『自由』です。失敗しやすい環境ともいえます。挑戦して、失敗することに抵抗はありません。 また、レストランというのは、実際に足を運んでもらい、お客様の時間を使って楽しんでいただくものです。 

そのためには、「食事をする」ことにプラスした新しい取り組みと、そのチャレンジに安心感がないとお客様が払うコストに見合わない。 そこで求められるのは、既存のレストランの枠にとらわれない、新しい価値なんだと思います。
 
その価値を生み出すには、自身がまず自由であること、そしてスタッフにも自由に振る舞える環境を提供することかなと。 何かを決めてしまうと、なかなか新しいことはできないものですからね。

————大橋さんの今後の目標や、夢を教えてください。

大橋  TIRPSE」は創業から2年経ちました。今後は、社会的な意義も考えた活動も行っていきたいと思います。 「kiriko NAKAMURA」は、その1つでした。現在、日本の女子児童の憧れの職業として、パティシエという職業は常に上位にあります。

しかし、実際にパティシエとして仕事を続けられる女性は、10年で1%にも満たないというデータがあって。 飲食業は過酷ですが、女性が不利にならないよう考えなければならないし、今回の企画のような取り組みが世に出れば、こういった職業を夢に持つ若い層のロールモデルにもなるのではと考えています。

また、飲食業は、日本中どこも人手が足りていません。 逆に言えば人手さえあれば、どの店も100%のパフォーマンスを発揮できる可能性がある。そうすれば日本全体の飲食業界の底上げも期待できますし、アイデア次第で、人手を充分に確保することも可能だと思います。 

タイムシェアや海外からの人的資源の調達など、方法は様々だと思いますが、人的資源に限れば、求人を英語で出すなど我々の立場からの働きかけも必要ではないでしょうか。

コラボってそういったことも含むと思うんですよね。全員がコラボの対象だと思えば、ライバルなんていないでしょう。 みんなパートナーになるんですから。こうしたことに取り組んでいきたいですね。

Interview/Text: 瀬名清可
Photo: 栗原洋平(人物)


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