昨今、日本のものづくりを仕事とする企業が厳しい立場に置かれている一方で、「日本の技名言術力は素晴らしい」と世界各国から高い評価を得ている。しかし、世界的に評価されるだけの技術力を持っているにも関わらず、近年の日本の製造業の国際競争力は低下傾向にある。低コストで生産できる新興国の台頭やデジタル化に伴う作業工程の単純化が大きな要因だ。
日本の製造業が国際競争力低下傾向にある中、世界と戦える圧倒的な国際競争力を構築し、世界シェアNo.1を達成した日本企業がある。“和歌山のエジソン”こと、発明家・島正博が社長を務める島精機製作所だ。島精機製作所は1967年の世界初となる全自動衿編み機の開発成功をスタートに、次々と世界初の製品を作り出した。そして、島精機製作所は、1995年のホールガーメントの開発成功を機に、「東洋のマジック」と欧米のニットメーカーに称されるまでに成長した。
今回は、1月21日(木)放送予定の『カンブリア宮殿』に合わせて、世界企業にまで成長した島精機製作所の技術と、和歌山のエジソンこと、発明家・島正博の考えるものづくりに迫っていこうと思う。
次々と世界初を生み出す“東洋のマジシャン” 島精機製作所
出典:www.wakayama-uiturn.jp 創立:1962年2月4日
代表者:代表取締役社長 島正博
所在地:和歌山県和歌山市坂田85番地
日本の壁、そして世界の壁に挑戦し続ける企業、島精機製作所
島精機製作所の前身、三伸精機株式会社は1961年に設立されると半自動装置の販売を開始するが、翌年、手袋編機の開発という難しい課題を解決すべく、島精機製作所が設立された。当時の手袋編機の技術では、手袋の指先に塊が生じてしまい、使用している人の指先の感覚を鈍らせてしまう事例が多々あった。手袋の塊が原因で、機械に指が巻き込まれてしまい、指を失うという悲惨な事故も起きてしまっていたのだ。
島精機製作所は手袋編機の全自動化を実現させると共に、従来の技術の問題点であった手袋の塊も生み出さないように改良させた。全自動にすることで、人件費などのコストを削減することができる。島精機製作所は、その後も全自動の編機の開発に取り組み続けた。しかし、当時、編機の全自動化はとても難しい課題であり、日本の製造業の壁であった。島精機製作所は、日本製造業の壁に何度も挑戦し、そして乗り越えていったのである。
日本の壁を乗り越えた島精機製作所が次に挑戦したのは、世界の壁である。それまで最も難しいとされていた全自動衿編み機の開発に挑戦し、1967年に島精機製作所が世界で初めて開発を成功させたのだ。その後も島正博の理念をもとに、島精機製作所の快進撃は続き、続々と世界初の製品の開発の成功をおさめた。
島精機製作所、徹底したコスト削減と内製化戦略、“ブラックボックス化”とは
製造業経営者の頭を悩ませるのは、やはり経営コストである。島精機製作所をはじめとする製造業は、新製品の開発費用など多額の資金が必要となる。さらに新製品の開発に欠かせないのが部品であるが、部品の調達を外注に依存してしまうとコストは増大してしまう。つまり、世界初の新製品の開発を目指す島精機製作所にとって、あらゆる面で発生するコストをどれだけ抑えるかが課題であったのだ。
島精機製作所のコスト削減戦略の1つ目は、正社員中心主義という考えだ。通常、新製品の開発をより効率的に進めるために、非正社員を動員するが、島精機製作所は違う。「仕事を愛し、自ら創意工夫する社員を育てる」という島正博の考えのもと、新製品の開発に関わる労働力は、極力正社員だけで行う。島正博の考えは、島精機製作所オリジナルの独自技術と現場力を磨いていくことを実現した。
島精機製作所のコスト削減戦略の2つ目は、徹底した内製化である。島精機製作所が計画する新製品の開発には、他社を関わらせることはほとんどない。一見、島精機製作所が持っていない部品があれば、持っている会社から購入することが効率的に思える。しかし、島精機製作所では、持っていない部品を自ら作るというひと手間を惜しむことはない。結果、どの他社にも真似できない品質の高い新製品を生み出している。社内の者しか開発計画を知りえない、徹底した内製化が島精機製作所のブラックボックス化を実現しているのだ。
“和歌山のエジソン” 発明家・島正博のものづくりとは
出典:www.fashionally.com 誕生日:1937年3月10日
職業:技術者・発明家・実業家(島精機製作所創業者)
コンピューター制御横編み機で60%の世界No.1シェア率を誇る島精機製作所の創業者、島正博は今まで不可能と言われてきた様々な難題をものづくりへの情熱とこだわりで解決してきた。16歳という若さで手袋編機の特許を取得した天才発明家・島正博のものづくりへの考え方は極めてストイックだ。
島正博が持っているのは、ものづくりへの情熱やこだわりだけではない。島正博が24歳で起業した頃、「将来、階段が動いたり、玄関が勝手に開くようになる」と、近い未来に発明される物を予想していた。島正博には近い将来の技術が見える、鋭い先見の目があるのだ。
島正博の発明の才能がファッション業界を救うこととなったのは、ホールガーメントの発明だ。ホールガーメントとは、1本の糸を立体的に編むニット製品のことだ。島正博の縫い目がなく裁断・縫製も不要なホールガーメントの発明に、全世界のファッション業界が驚嘆した。顧客の9割が海外となるほど、世界のアパレルメーカーがこぞってホールガーメントを導入している。
経営戦略などではなく、ものづくりに対する情熱とこだわりを持って、島精機製作所の高い技術力を用いて、世界のトップへ到達した島正博の発明のアイデアは一体どこから生まれるのだろうか。エジソンは失敗を恐れず、試行錯誤を重ねることで、成功することができるという考えであったが、「和歌山のエジソン」島正博の考えはどのようなものであるか以下のように語っている。
世界トップの座を獲ってなお、島正博のものづくりの向上心は留まるところを知らない。「Ever Onward」は島精機製作所の経営理念であるが、和訳すると「限りない前進」だ。つまり、島正博のものづくりに対する思い全てを体現しているのが、島精機製作所なのだ。島正博のようなものづくりへの姿勢を見習うことで、日本製造業の明るい未来を切り開くことができるのではないだろうか。
島正博のものづくりに対する姿勢は、ものづくりに関係の無い人達も見習うことができる。何か一つ真剣に取り組むことがあれば、島正博のように情熱とこだわりを持って取り組むべきだ。今何か上手くいかないことがあるならば、今一度、自分の姿勢を見直してみてはいかがだろうか。
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