ソフトバンク勤務時代に、孫正義代表の右腕としてプレゼン資料の作成に携わっていた前田鎌利。
2015年7月に発売された書籍『社内プレゼンの資料作成術』(ダイヤモンド社)は、Amazonのビジネス企画カテゴリーにおいてベストセラーを記録して以来、ビジネスパーソンはもちろん、プレゼンテーションの機会が多くなっている大学生にも愛読されているという。
「本当に伝えたい念(おも)いは何か?」。書家としても活動する前田氏が考える、「伝える」ということの本質を探った。
書で作品を作るのと同じ感覚でプレゼン資料を作る
————(事務所を拝見して)見たこともないような漢和辞典や筆が置いてありますね! プレゼンテーションの書籍の執筆と書家としてのご活躍、両者の活動にギャップを感じますが。
前田 書とプレゼンには共通する部分があると思います。例えば昔の中国の方は、「墨」という漢字の点を1つ多く打ってバランスを整えるなどしていました。文字を芸術に昇華していたんですね。
僕がプレゼンテーションでスライドを作る時も、どこに写真を置くか、文字はどう表現した方がよいか、書で作品を作るのと同じ感覚で考えています。
社内プレゼンは、「最も伝えたいこと」の洗い出しが重要
————執筆された書籍は、社内プレゼン用の資料を作成する技術について書かれていますが、内容を社内に限定したのはなぜですか?
前田 巷には、TED(TED Conferenceのこと。非営利団体「Technology Entertainment Design」が毎年行っている大規模な講演会を指す。)など、社外向けプレゼンテーションの手本は多くあります。
ですが、企業の一社員がプレゼンテーションする場は、大半が社内であることが多い。また、社内会議の内容も往々にして資料の説明で長い時間をとり、意思決定する時間が少ないという現状があります。そういった環境にメスを入れるべく、社内に特化した内容を採用することにしました。
————本書では、社内プレゼンはスピーチ技術の追求よりも、資料作成に重きを置いた方がよいというお話でした。たしかに新入社員や経験の浅い方は、緊張でうまく話せないこともあるかもしれません。
前田 社内プレゼンの場合は、資料に沿ってお話をすればよいのです。溜めや間など話のテクニックよりも、ファクトをしっかり伝えることが重要です。
決裁者に正しいジャッジをしていただくために、情報をきちんと説明することが大切ですので、スピーチの流暢さはいりません。たどたどしくても、必要なことが資料上に盛り込まれていれば、聞かれた時に対応できるはずです。
————持ち時間の中でプレゼンテーションを終了できない方もいると思います。
前田 大切なのは、絞り込みの作業です。詰め込みすぎて時間がなくなる場合が大半なので、本当に伝えたいことを見極めることが大事ですね。
————短く端的な表現で、しかも内容を絞り込むと独断的に見えてしまうことはないのでしょうか?
前田 社内プレゼン本編の資料は少なくてよいのだと思います。
基本的にはすべて、アペンディクス(追加資料)に残すので、質問に対してはアペンディクスから説明をする形をとるのがわかりやすいです。
例えば、用意していたA案とB案をプレゼンテーションした際に、もっと良いC案があるのではという意見が挙がるとします。
そういう場合も、アペンディクスが役に立ちますよ。アペンディクス内でC案の可能性も検証したが、リスクやデメリットがあったので、結果的にA案とB案に絞ったという言い回しができれば決して独断には見えないのではないでしょうか? 表現の仕方1つで、イメージが変わってくると思います。
プレゼン技術の追求、そして自らの役目にたどり着くまで
————社内プレゼン資料の研究をしたのはソフトバンク時代の経験からでしょうか?
前田 その通りです。ソフトバンクの経営会議は、限られた時間の中で議題を通していかないといけない。
しかしながら、上の意思決定が会議中にされないと、自分の部下たちのアクションも制限されてしまう場合がある。そういったジレンマの中で、短時間で要点を伝え、決裁いただくためのコツのようなものを考えるようになりました。
またソフトバンクアカデミア(孫正義氏の後継者育成機関)での事業提案の経験も大きいです。
アカデミアでは、たった5分の持ち時間の中で事業提案をプレゼンテーションしていきます。事業提案プレゼンなので、本書が薦めている5枚から9枚のスライドではなく、50枚近くの資料を展開し説明していました。
6秒に1枚のスライドを説明するといったスピード感ですね。決められた時間の中で、いかに自分の言いたいことをお伝えできるかということで資料を作っていったことは鍛えられましたね。
————6秒に1枚のスライドを説明というと、視覚的には映像が流れているような感覚ですね。
前田 そうですね。だいたい人がパッとスライドを見て内容を把握するのに、2.5秒はかかると言われているんですね。
なので、2.5秒以上かけながら内容理解を促し、ビジュアルも入れて、聴衆にイメージを膨らませてもらうにはどうあるべきか追求しました。本書ではあまり触れていない部分ですが、学びは大きかったですね。
また、“書”からもヒントを得ていましたよ。特にレイアウトの作り方に関しては書の表現を応用している部分が大きいと思います。
————前田さんがソフトバンクを退職し、現在の活動に集中することになったきっかけを教えてください。
前田 2013年の9月7日に東京五輪が決まりました。そのプレゼンテーションを見て会社を辞めようと思ったのが始まりです。あのプレゼンテーションを見た時、素直に嬉しい反面、2020年をどう迎えようか考えました。
海外の方がたくさんやってくるその時に、自分ができる「おもてなし」とは何か?当時のまま、企業価値を上げていくことに努力をし続ける自分のイメージができなかったんです。
さらにオリンピックは、海外に向けて日本をアピールする場ではなく、国内に向けて日本の素晴らしい文化を再認識してもらう場だとも思いました。僕にできるのはやはり“書”なので、僕自身のやり方でオリンピックに携わるというのが、自分の使命だと感じて今の形に至りましたね。
資料作りに一番大切なことは「念(おも)い」
————社内プレゼンで決裁をいただくために、主張が整理された資料が重要だということがわかりました。そのほかに本書で伝えきれなかった大事なポイントがあれば教えてください。
前田 実はあとがきに書いた内容が一番大事だと思っています。
それは、念(おも)いを大切にすることです。念いとは、企業に所属している方だったら経営理念ですし、何か事業を起こされるのであれば、その方の志にあたると思います。
それが無いとどんなに上手に資料をつくっても、そのビジネスに他者が協力していこうと思えないはずです。では、どういう念いが響くのか? それは社会に対するインパクトであったり、計画性だったり様々なのですが、最終的に重要なのは事業者のビジョンです。それが無いとせっかくアクションを起こしても目標を達成できなくなります。
ソフトバンク時代の社内プレゼンでも、良いアイデアを遂行してうまくいくものもあれば、失敗するものあります。失敗したらその結果をもとに、次へのブラッシュアップの思考が大切で、うまくいったならさらに上へというアクションが重要でした。ビジネスに終わりはありません。うまくいっても失敗しても、絶えず進めていくものなのです。
そんな過酷な状況で自分を支えるのが念いですし、念いがしっかりしていて、その想いの見せ方が資料になっていたとしたら、短時間で多くの人に伝わるでしょう。大事な念いを補足するのが資料なのです。
————絶えず挑戦し続けるという念いも大事なんですね。あとがきに書かれた“念い”という漢字にはどんな狙いがあるのでしょうか?
前田 田んぼの田に心と書く『思い』は、頭で考えるという意味です。田んぼの田は、子供の脳みそを表しています。また、木と目、そして心と書く『想い』は、木を見て心で感じるという意味。
心で想い浮かべることを表しています。僕が使っている『念』という字は、自分が始終強く思っていることを笠にかけておもい続ける状況の時に使うんです。だから企業理念という字には、『念』が使われている。自分が生きてゆく中で、念いを大事にしたい。そんな気持ちを込めました。
————今後、メディアを通じて伝えていきたいビジネススキルはありますか?
前田 今回の書籍では、ページの都合で省いたのですが、プレゼン資料のみを作って、実際のプレゼンテーションは、自分の上司や第三者が行う場合の方法についても言及したいです。
具体的にいうと、コミュニケーションを密にとるということなのですが、発表者のかわりにプレゼンテーションを自分で行い、発表者には決裁者の立場でプレゼンテーション及び資料を見ていただくのが1つ。
そして次は立場を交代してやってみるというロールプレイングがおすすめです。資料だけ作って終わらせるのではなく、最後まで相手のことを考え、その方の立場になるという、利他の心構えが大切だとお伝えしていきたいですね。
Interview/Text: 瀬名 清可
Photo: 森弘 克彦
記事提供:Qreators.jp[クリエーターズ]
U-NOTEをフォローしておすすめ記事を購読しよう