HOMEインタビュー [クリエイティブの最前線] ミスチルのMVを手掛けた「トップ映像作家が語る“美醜”の仕事論」

[クリエイティブの最前線] ミスチルのMVを手掛けた「トップ映像作家が語る“美醜”の仕事論」

Qreators.jp公式

2015/11/19(最終更新日:2015/11/19)


このエントリーをはてなブックマークに追加

[クリエイティブの最前線] ミスチルのMVを手掛けた「トップ映像作家が語る“美醜”の仕事論」 1番目の画像
独自の概念と作品を掲げ、アーティストたちから支持される映像作家、丹下紘希と半崎信朗

アーティストたちはどうして彼らに仕事を頼みたくなるのだろう。彼らの作品が魅力的な理由はどこにあるのだろうか……。クリエイティブの最前線で活躍する二人の想い、仕事論に迫ります。

丹下紘希 プロフィール

たんげ・こうき/映像作家、人間。1968年、岐阜県生まれ。舞踏家大野一雄に師事。数多くのアーティストのジャケットのデザイン、ミュージックビデオを手がける。反原発、反戦を宣言し、2012年経営していた会社を一時休止、NOddINという芸術運動を仲間と立ち上げて活動している。

半崎信朗 プロフィール

はんざき・としあき/映像作家。1981年、東京生まれ。東京藝術大学大学院デザイン科修了後、フリーランスとして活動を開始。最近手掛けた作品は「Mr.Children Stadium Tour 2015未完」の「擬態」「Starting Over」、「Mr.Children TOUR 2015 REFLECTION」の「進化論」「Waltz」、ミュージックビデオAKB48「履物と傘の物語」、半崎美子「明日へ向かう人」など。独自の世界観で多くのアーティストから支持されている。

“美醜”の概念は常に変化する。そうじゃなきゃいけない

[クリエイティブの最前線] ミスチルのMVを手掛けた「トップ映像作家が語る“美醜”の仕事論」 2番目の画像
――まずはお互いが出会ったきっかけと、感じた印象について教えてください。

丹下  僕が最初に半崎くんを知ったのは「花の匂い」のミュージックビデオです。あまりの素晴らしさに感動し、「誰だ、これを作ったのは」と。そうして、Mr.Childrenのライブ後に初めて対面しました。前回と今回のツアーでは、一緒に仕事をしていますし、今回はこれまでなかったクリエイティブディレクターという役職を自分が務めることになったので、半崎くんにぜひチームに入ってほしいと思って誘いました。

半崎  今までのMr.Childrenのライブ、プロデューサーであり、ミュージシャンでもある、小林武史さんとお話をしながら進めてきましたが、丹下さんのように映像を専門とする方がそのポジションに入られたので、小林さんとはまた違った新鮮さを感じました。共有している言葉も多いので、踏み込んだ映像表現になったような気がします。

丹下  良くも悪くも、お互いに知っているところを土台にしてさらに作りこんでいくということもあるんだとも思いました。ツアーの最中では、アニメーターやクリエイターの人たちに僕のほうからボールを投げているのですが、それぞれ皆さん独自の返し方があるんですよね。その中で半崎くんが一番、ステップアップ型というか……僕がやってほしい本質の部分は外さず、それでも「何とかして変化させたもので返してやろう」という意図が感じられるんです。
[クリエイティブの最前線] ミスチルのMVを手掛けた「トップ映像作家が語る“美醜”の仕事論」 3番目の画像
半崎  僕が感じた丹下さんの作品の印象は、突出したイデオロギーがあることでした。 
多くのミュージックビデオは、アーティストをカッコよく見せる意図のものが多いのですが、丹下さんの映像はそうではないですね。丹下さん特有の不穏で不気味なビジュアルで、強いメッセージを包んでいる。僕にはそれが魅力的に見えるし、なんかドキッとするんです。

丹下  僕は“美醜”というものは常に逆転するものだと思っていて。今まで美しいと感じていたものが、ある時から醜く感じるということはたくさんあるし、その逆に無価値だと思われていたことが、簡単にひっくり返って価値のあるものになることもある。そうじゃないといけないと思うんです。

“良い”とか“悪い”も同様に、クライアントからホームランを求められてバッターボックスに立ち、それを毎回期待通りに打つことは絶対にできないし、周りがホームランだと認めても、自分だけは認めちゃいけない。そうでなければ“良い”とか“悪い”とかいうハードルを越えられないと考えていて。半崎くんにも同じものを感じるんだけどな。

半崎  僕としては、そういうことを強く意識しているわけではないのですが。

丹下  そんな自然体ですごいね。例えば広告の仕事って、課題をこなして大多数のために共通認識を植えつけるようなもので、その間に「いまの自分は本当の姿なのか?」と恐怖に駆られることも少なくない。半崎くんはそれほど広告仕事をやっていないんだっけ?

半崎  広告の仕事はあまりないですね。

丹下  なるほどね。でも、結婚して子供ができたらお金も必要になるし、そこで自分の会社を立ち上げて従業員を雇ったら、ますます維持するコストがかかって「今月は足りませんでした」じゃ間に合わない。だから会社が歩き続けるために嫌な仕事もやったし、魂を売るようなこともあったよ(笑)。

半崎  日本のクリエイティブ業界って、そうやって厳しい状況にいても良い作品を作り続けている人が多いですよね。そのような状況の下で、丹下さんにとってのクリエイトってなんでしょうか?

作品を通して「誰かとつながる感覚」を感じてもらいたい

[クリエイティブの最前線] ミスチルのMVを手掛けた「トップ映像作家が語る“美醜”の仕事論」 4番目の画像
丹下  「マズローの欲求五段階説」というのがあって、欲望の形がピラミッド状になっているとしたら、そういうクリエイティブな自己実現欲求が一番上の位置にあるんですよね。段階的に一番下が生理的欲求で、次に安全の欲求、社会に認められたいという所属と愛の欲求、承認の欲求というものがあって、それらが満たされた後、ようやく自己実現の欲求がある。自分が食べていけなくなったら映像は作れないの?という問いかけかもしれないけど、映像をやっていれば自動的にクリエイターではなく、何もなくても違うものを創造することはできると思うんです。

それが別に何であっても良い。「自分自身や既成概念を疑って新たな視点や発想を思いつき、それを伝えること」がクリエイトだと考えています。あとはそれぞれが自分の得意なやり方で伝えればいい。順序としてはそれが最初にあって、次に技術を必要とするのだと思う。

半崎  作り方よりアイデアが先にあるべき、ということはわかります。でも、僕は社会の既成概念を疑うこと、というよりは、自分の内にあるモヤモヤをクリアにすることが作る動機なので、そこが丹下さんとの違いかもしれません。また、スタートは自分の中にありますが、ゴールは他人との「共感」です。「わかるわかる」といった一過性の軽い共感ではなく、静かだけど、もっと強烈なものです。

例えば、僕は村上春樹さんの『風の歌を聴け』という小説が好きなのですが、それを読むと、不思議と当時の作者と繋がるような感動がありました。物語の主人公に共感するのではなくて、「作者に共感する」感覚です。このように、作品を媒介して作り手と受け手が精神的に繋がれるものが作れたら本望だと思っています。

丹下  そこで安易なテーマとしてのいわゆる「愛」や「平和」が出てくると、わかりやすさに乗っかったポピュリズムとして共感して間違った方向へいきやすい。だから半崎くんはもっとパーソナルなものを選ぶと思うのですが、日陰にいる人が、自分だけにしかわからないと思っていた感覚を「ほかの誰かも持ってるものだ」と発見した喜びは素晴らしいということで。

半崎  全くその通りです(笑)。

丹下  でも、半崎くんは“害のないいびつさ”だよね。僕は害あるいびつさを持っているから、自分と似たようなものを見つけると嫌悪感を抱いてしまう(笑)。

「肩書き」や「名刺」は本当に必要なのか?

[クリエイティブの最前線] ミスチルのMVを手掛けた「トップ映像作家が語る“美醜”の仕事論」 5番目の画像
――お二人は様々な領域で、映像作家の枠を超えて活躍していますが、「映像作家」という肩書のみで呼ばれることにはやはり抵抗がありますか。

丹下  「クリエイター」にまとめられるのは嫌ですね。だって「クリエイター」って、ちょっと華々しくてカッコいいイメージ……。そんなの嘘だし、ムズ痒い。だから僕、自分の肩書きを名乗れなくなってしまって。もうわからくなっちゃったから最近は本当に真実だけ言おうと、肩書きはよく「人間」って言ってるんですけど(笑)。

それに、例えばクリエイターとして大きな賞を取ったりしたら、その肩書に寄せられていろんな依頼が来て、いつか自分というものがなくなってしまうという危険性の方がずっと大きい。最初は名刺も作ってなかったんです。「名刺はないんですか?」と聞かれても、いちいち「本当に必要ですか?  僕の連絡先が必要なら紙に書きますよ」と言ったり。

――今は名刺をお持ちですよね?

丹下  でも、今持っている分がなくなったら、もういわゆる名刺を作るのはやめようかなと思います。相手に礼儀正しくするためには、連絡先を書くよりも「はじめまして!」や「こんにちは!」みたいに気持ちの良い言葉を書くのがいいのかもしれないですしね。

半崎  話を聞いていると、だんだん丹下さんが、武闘派に見えてきた(笑)。僕は作り続けたいという欲求があるから、認知が広がり、作るチャンスが増えるのであれば、肩書きはなんでも受け入れますし、コンペなどで受賞することも良いことだと考えています。

丹下  僕が恐れているのは、肩書きが変わった瞬間の変わり目なんですよ。都合のいいように使い倒そうという相手がいて、いつの間にか肩書きが独り歩きすることで自分が置いて行かれる。そして、いつの間にか外側の抜け殻のようなものだけが必死に自分を演じるようになる。実際に僕自身もそういう状態になったこともあります。仕事の依頼も「ヒットしたあの作品みたいなのを作って」や「とにかく泣けるものを」というように、嫌な発注が増えました。

半崎  肩書きだけ貸してください、みたいなものですね。トップに上り詰めた人だけがわかるストレスですね。僕にはわからないかも。

丹下  今の半崎くんは、自分で大丈夫だと思っているのかもしれないけど、人間はそこまで強いものでもないから、将来のことはわからないですよ。僕は武闘派なんじゃなくて、チキンで怖がりだから色んなものを拒絶しているだけ(笑)。

半崎  なるほど(笑)。ほんと、丹下さんは面白いです。

Interview/Text: 中村拓海
Photo: 森弘克彦


hatenaはてブ


この記事の関連キーワード