HOMEビジネス ノーベル賞から3年。iPS細胞の父・山中伸弥は語る「自分の仕事は研究者から別のものに変わった」

ノーベル賞から3年。iPS細胞の父・山中伸弥は語る「自分の仕事は研究者から別のものに変わった」

大倉怜士

2015/10/25(最終更新日:2015/10/25)


このエントリーをはてなブックマークに追加

ノーベル賞から3年。iPS細胞の父・山中伸弥は語る「自分の仕事は研究者から別のものに変わった」 1番目の画像
by Rubenstein
 2006年に生み出された新たな細胞「iPS細胞」。それからたった6年という研究期間だけで、ノーベル賞に輝いた男がいる。それが山中伸弥氏だ(以下、敬称略)。iPS細胞の父である山中伸弥は、「1日でも早くiPS細胞を医療に応用したい」と語っている。

 今回は10月25日OA『情熱大陸』での山中伸弥特集に合わせて、山中伸弥という人物についておさらいしておこう。そのインタビューの中で、山中伸弥はこのように答えている。「自分の仕事は研究者から別のものに変わった……」と。

iPS細胞の生みの親「山中伸弥」

ノーベル賞から3年。iPS細胞の父・山中伸弥は語る「自分の仕事は研究者から別のものに変わった」 2番目の画像
出典:ja.wikipedia.org
 現在はiPS細胞研究所の所長となっているiPS細胞の生みの親・山中伸弥。1962年に大阪牧岡市に生まれた山中伸弥は、大阪教育大学教育学部附属高等学校を卒業後、神戸大学の医学部へと進学することになる。

 山中伸弥という男が医学の道を志すようになり、ひいてはiPS細胞を生み出すに至ったきっかけとなった一冊の本がある。それが、医師であり政治家である徳田虎雄氏の『生命だけは平等だ』という本だ。徳田の医師としての生き方に感銘を受けたのが、彼にとっての全ての始まりであった。「医師として人を救いたい」という思いが山中伸弥の中に芽生えたのだ。

iPS細胞の発見に至る道のり

 とはいえ、山中伸弥には医師として致命的な欠点があった。それを端的に表すとすれば、「不器用」という言葉に尽きるだろう。大学を卒業した山中伸弥が向かった先は、国立大阪病院整形外科。そこで臨床研修医として勤務していた時のことを山中伸弥は、「人間万事塞翁が馬」と題した京都大学での公演でこのように語った。

僕は山中という名前ですけど、その先生には「山中」と呼んでもらえませんでした。2年間のトレーニングでなんといわれていたかというと「ジャマナカ」と呼ばれていました。「お前はほんま邪魔や、ジャマナカめ」と言われていました。

出典:ノーベル賞・山中伸弥氏「手術がヘタで、“ジャマナカ”と呼ばれてた」 挫折 ...

 今では、ノーベル賞受賞者である山中伸弥に対して「ジャマナカ」と呼べる人間は少ないだろうが、少なくとも医師の卵だったころの山中はジャマナカと呼ばれていたらしい。つまり手術という技能面で、山中伸弥は致命的なほどに不器用だったのだ。

挫折を乗り越え、研究者という道(未知)へ

 これを挫折を「乗り越えた」と言うかどうかは悩ましいが、山中伸弥は医師になるという夢を断念。研究者としての道(未知)に進むことを決断する。なにはともあれ、仮に山中伸弥が「ジャマナカ」と呼ばれるほどの不器用さを持ち合わせていなければ、おそらくiPS細胞の開発はあと10年先のことだっただろう。

 研究者としての新たな一歩を踏み出す場として山中伸弥が選んだのは、アメリカ・カリフォルニア大学サンフランシスコ校のグラッドストーン研究所だった。ここで彼が出会った細胞。それが「ES細胞」というもので、これは山中伸弥が開発したiPS細胞と同じ「万能細胞」と呼ばれるものだ。このES細胞との出会いが、本格的に山中伸弥がiPS細胞の研究をするきっかけとなった。

 両者の違いに対するディテールの言及をアカデミックに述べることは難しいが、端的に言えば、ES細胞は胚性幹細胞と呼ばれ、iPS細胞のプロトタイプ的存在の細胞だ。人の受精卵を破壊することで生成するため、倫理的な問題、そして移植した人体からの拒絶反応の可能性も懸念されている細胞。

 その点、iPS細胞は人工多能性幹細胞と呼ばれ、ES細胞のようにほぼ無限の細胞に分化できる分化万能性を保持している上、皮膚や血液など、採取しやすい人体の体細胞を使って生成するため、拒絶反応が起こる可能性も低いとされているのだ。

そもそも、iPS細胞って何?

 という疑問を感じている方もいらっしゃることだろう。これはその道の研究者でなければ、的確な説明は難しいだろう。ここでは山中伸弥が所長を務める、京都大学のiPS細胞研究所のHPから情報を抜粋してご紹介していこう。

 まずは万能細胞という細胞について。「万能細胞」と「医療」という言葉を結ぶ際に重要なワードとなってくるのが、「再生医療」という言葉だ。外的・内的な身体欠陥に陥ったとき、それを「再生」するのに万能細胞というものが必要になってくるのだ。

ES細胞について
胚性幹細胞(ES細胞:embryonic stem cell)のこと。ES細胞は受精後6、7日目の胚盤胞から細胞を取り出し、それを培養することによって作製される多能性幹細胞の一つで、あらゆる組織の細胞に分化することができる。しかし、受精卵を破壊する必要があり、倫理的問題がある。患者自身の細胞から作製することが困難なため、免疫拒絶の問題が指摘されている。

出典:用語説明|もっと知るiPS細胞|CiRA(サイラ) | 京都大学 iPS細胞研究所

iPS細胞は、病気の原因の解明、新しい薬の開発、細胞移植治療などの再生医療に活用できると考えられています。再生医療とは、病気や怪我などによって失われてしまった機能を回復させることを目的とした治療法で、iPS細胞がもつ多分化能を利用して様々な細胞を作り出し、例えば糖尿病であれば血糖値を調整する能力をもつ細胞に、神経が切断されてしまうような外傷を負った場合には、失われたネットワークをつなぐことができるように神経細胞を移植するなどのケースが考えられます。

出典:iPS細胞基本情報 - 京都大学 iPS細胞研究所

 個人的な例になるが、例えば明日あなたの目が急に光を失い、何も見えなくなったとしよう。お医者さんに駆け込むとこう言われるのだ。「少しだけ皮膚を頂ければ、また見えるようになりますよ」って。

 つまり、万能細胞は心臓や胃腸など、どんな器官にもなりうる分化多能性を持った細胞のことを指す。ヒトなどの高等生物では細胞の機能分化が速く、原則として受精卵以外に万能細胞は存在しないので、ES細胞やiPS細胞はあくまで人工物。万能細胞が優秀な点は、おそらくこういった再生力に集約されるのだろう。

数多くの遺伝子の中から、ES細胞で特徴的に働いている4つの遺伝子(Oct3/4, Sox2, Klf4, c-Myc)を見出し、レトロウイルスベクターを使って、これらの遺伝子をマウスの皮膚細胞(線維芽細胞)に導入し、数週間培養しました。すると、送り込まれた4つの遺伝子の働きにより、リプログラミングが起き、ES細胞に似た、様々な組織や臓器の細胞に分化することができる多能性幹細胞ができました。これが2006年に世界で初めて報告されたマウスiPS細胞の誕生です。

出典:iPS細胞基本情報 - 京都大学 iPS細胞研究所

 iPS細胞の作成方法(初期)に関する京都大学の説明だが、筆者も含め、一介の素人が読んでも理解の外。要するに、2006年当初はマウスの皮膚細胞からES細胞に似た万能細胞を作り出し、2012年にはそれを人体の皮膚細胞から作り出した、ということだけ覚えておけば十分だろう。

 いささか投げやりだが、作り方に関してはこの辺にして、このiPS細胞の先にある医療の形に移りたい。これはこれからの医療、ひいては日本社会を生きて行く人間全員がしっかりと理解しておく必要があるだろう。なんせ、自分の命が懸かっているといっても過言ではないのだから。

山中伸弥「1日でも早くiPS細胞を医療に応用したい」

 ES細胞の研究からiPS細胞の発見・開発まで至り、ノーベル賞の生理学賞・医学賞を受賞するほどの科学者となった山中伸弥。とはいえ、iPS細胞という医療技術は、いまだに実用化に至っていないというのが実情だ。

 山中伸弥の「1日でも早くiPS細胞を医療に応用したい」という思いとは裏腹に、実用化は早くても2030年頃だとも言われている。そこには実用化に向けての様々な問題点があるのだ。そのひとつとして、iPS細胞研究所は「立体的な臓器が作れない」という点を挙げている。

現在の国内外の研究成果を調べると、iPS細胞から神経、心筋、血液など様々な組織や臓器を構成する細胞に分化することが報告されています。ただし、細胞や組織というものは臓器という立体的なものの一部にすぎません。そのため、立体的な臓器をつくる試みもなされており、小さな肝臓などを作ったという報報告もありますが、人間のサイズに見合う、あるいは人間の体内で機能するような大きく立体的な臓器ができたという報告はまだありません。

出典:iPS細胞基本情報 - 京都大学 iPS細胞研究所

 立体的な臓器とはなんとも生々しい表現だが、確かにiPS細胞は未だ「臓器そのもの」を作ることには成功していない。だが同時に、理論上は身体のどの部位にもiPS細胞は分化できるとされているなど、ある意味でiPS細胞研究は、人間の肉体的な不死を実現する夢のある研究でもあるのだ。


 山中伸弥という研究者が医療にもたらした可能性は功績には筆舌に尽くしがたいものがある。だがその一方で、iPS細胞というものは確かにこの世に存在するようになったが、未だ実用化に至ってないという問題も見えてきた。

 「少子高齢化」が既に社会的問題となりつつある今日の日本。iPS細胞の発展はこれらからの社会を支えていく若者にとって、必ずしも良いとは言えないかもしれないが、人が死ぬよりはずっとマシだ。iPS細胞というものが本格的な医療利用できるようになれば、これはもっと多くの人の生を救うことに繋がるのは間違いない。

 そんなiPS細胞はもっと世に知られるべき研究ではないだろうか。ただ享受するのではなく、そこへ至るまでのプロセスを応援する気持ちを我々一般人も持ち続けるべきではないだろうか。あなたも山中伸弥という人物の功績を知り、それを周りの人にも知らせて欲しい。

hatenaはてブ


この記事の関連キーワード