世界中から惜しまれながらも、2015年2月をもって大統領の任を終えた前ウルグアイ大統領ホセ・ムヒカ氏(以下、敬称略)。ムヒカ第40代大統領は2009年11月以来、大統領の身ながら月1000ドル(約12万円)の生活費で暮らし、世界で最も貧しい大統領と呼ばれた人物だ。
今回はそんな「世界で最も貧乏な大統領」と呼ばれるムヒカ大統領にフィーチャーし、「人間の幸せ」について考えていこうと思う。本記事はホセ・ムヒカの大統領離任式での伝説的なスピーチ、そして先日放送されたフジテレビ『Mr. サンデー』でのインタビューを参考としている。
月収12万円の大統領 ホセ・ムヒカ
by theglobalpanorama 前述で、ムヒカ大統領の月収が1000ドル(約12万円)としたが、厳密に言えばこれは事実ではない。実際のところのムヒカ大統領の月収は、日本円にして約96万円で、約6万円というウルグアイ国民の平均月収よりも遥かに高い金額となっている。つまり、月給にして約96万円をムヒカ大統領は受け取っているのだ。
しかし、ムヒカ大統領はこの96万円のほとんどを国に寄付しており、自分の手元には妻と二人で生活できる最低限の金額しか入れなかったという。それがだいたい12万円といわれているのだ。こういった自分の身の置き方に関して、ムヒカ大統領はこのように語る。
日本の国会議員の平均年収が約2000万円で高額過ぎると物議をかもしている中、一国の大統領であるホセ・ムヒカ大統領は、年収にして150万円程度しかその懐に入れることはない。そこには「政治家たるもの、人々と同じ暮らしをすべきだ」という、ムヒカ大統領の政治家としての考え方が見受けられる。
政治がその国に住む国民のためであるという原理は、ごく当たり前のことだ。ムヒカ大統領がここで言っているのは、至極当然でシンプルな政治の形だ。しかし、本当に「人のために」動けている政治家が日本に一体どれほどいるだろうか? ムヒカ大統領の述べるこの当たり前なことに対して、心の底から頷ける人間がだ。
また、そんなムヒカ大統領の個人資産は、約18万円相当の1987年型フォルクスワーゲン・ビートル一台だけで、所有している家もウルグアイ郊外の質素な平屋だけ。ムヒカ・ムヒカという大統領は、本当の意味で「生活最低限のお金」しか持っていない大統領なのだ。
ちなみに、ウルグアイに住んでいるひとりの女性が職場からヒッチハイクで帰ろうと手を振っていると、一台のフォルクスワーゲンが止まり、乗せてくれた。そのとき車を運転していた人物。それはなんとムヒカ大統領だったというのだ。ヒッチハイクに乗せてくれる大統領なんて、昔もこの先も、日本では見れはしないだろう。
ムヒカ大統領が若者たちへ伝えたい“想い”とは。
by @ktrito ここからは、2015年3月に開催された大統領離任式でのムヒカ大統領最後のスピーチをピックアップして取り上げていきたいと思う。その冒頭でムヒカ大統領はこのように述べた。
「ちょっとイカれた一般市民」という形容はどことなくムヒカ大統領らしい物言いで面白い。それに自ずからを「一般市民」と呼称する大統領も少ないだろう。ムヒカ大統領の人間味が感じられる一言だが、そこらの目先の権力に目の眩んだ政治家が言うのとでは全く重みが違う。だって、ムヒカ大統領は市民と同じ基準の生活を自ら実践しているのだからーー。
とはいえ、ムヒカ大統領がここまで金や権力という欲に囚われないのには、彼の幼少期の厳しい環境が強く影響している。
1935年という戦乱の時代に、ウルグアイの首都モンテビデオの貧困家庭で生まれたホセ・ムヒカ。家畜の世話に花売りなどをし、ロクに学校へも行けないまま、幼い頃から家計を支えていたムヒカは、1960年代にはゲリラ組織に在籍し、4度の逮捕を経験する。
実は、彼は決して善人ではない。それは確かなのだ。彼は人を殺めたこともあれば、誘拐や襲撃もしたことのある反政府勢力の人間だったのだ。
しかし、当時のウルグアイ政府の横暴さは日本人の想像を絶しており、軍事政権が暴力を力に国を治めていた時代だった。当時のムヒカがどんな想いのもとにテロ組織に入っていたかは想像に難くない。
極貧家庭に生まれ、戦乱を経験し、テロ活動まで経験したことのある大統領ホセ・ムヒカ。そんな人がどうして一国の大統領になれたかって? それはムヒカという人が混乱を知っていて、そしてそれゆえに、誰よりも平和を望んだ人物だったからだ。
そんなムヒカ大統領の思考の根幹にあるのが「消費」という言葉だ。ムヒカ大統領は消費社会を嫌い、今の先進国を取り巻く「物が溢れる社会」に疑問を呈している。特に軍事費に関しては、戦争を経験したムヒカ大統領なりの考えが色濃く出ている。
そして、この離任式はホセ・ムヒカという人間にとって、ウルグアイ国民全体に向けてものを言える最後の機会だった。だから、彼はそこで若者たちへ向けて伝えたい自分の想いを伝えた。
ホセ・ムヒカという名前が歴史の教科書に載る日が来ることはないだろう。それに、彼もそんなことは望んでいない。彼にとって何かを変えたり、成し遂げたりすることよりも、誰かに未来を繋ぐ方が大事だったのだ。
人はいずれ死ぬもの。膨大なお金を稼いだところで、天国には持って行けやしない。ムヒカ大統領という人間の素晴らしいところは、そういった目先の欲に目が眩むことなく、ただ純粋にウルグアイに生きる人々、特に若者たちに未来を繋げようと尽力したところだと、若輩者ながら筆者は考えている。
ムヒカ大統領「日本人は魂を失った」
by Abode of Chaos ここからは、先日放送され話題を呼んだフジテレビ『Mr. サンデー』で組まれたムヒカ大統領のインタビューにフィーチャーしてみたい。先述のように、「消費」という行為を嫌うムヒカ大統領は、現代の日本社会・日本人に対してこのように風刺した。
こういった発言に疑や異を唱えたくなる気持ちも分からなくはないが、いま一度自分の中で問い直してみて欲しい。無論、これは本質的な意味での魂(=思考)ではなく、比喩的な意味での魂だ。
魂とは、その人の中に流れるポリシーとか心情などのエッセンシャルなモノを指し示している。たとえば、最近の日本は「物が溢れている」とは思わないだろうか。蛇口を回せば無限に流れる水に、有り余るコンビニ弁当を当たり前のように廃棄するコンビニ店員。
「当たり前」という言葉は、意外と怖い言葉なのだ。それは知らぬ間に私たちを無意識を侵食していく思考だ。
日本人が魂を失ったと考える理由に関して、ムヒカ氏は上のように述べた。物質重視の現代日本をここまでストレートに風刺できる政治家が日本にいるだろうか。無論、これは客観性を持った人間だからこそ言えるセリフではあるが、たしかに物は人を幸せにはしてくれないのかもしれない。
現代日本人の疾患とも呼べる、物への依存とそれに比例する消費思考。これは先進国ならではの特徴だとムヒカ大統領は語る。
国民と同じ生活基準で生活することを政治家の本分と捉える心意気。目の前の欲に囚われず、後世に希望を、未来を繋げようとしたホセ・ムヒカ大統領。その意志がウルグアイの若者から新たな若者へ語り継がれることを、そして、日本人が当たり前を考え直すきっかけになることを願う。
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