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すぐに役には立たない教養こそが、一生使えるクリエイティブな道具である:『池上彰の教養のススメ』

Yuta-Hoshi

2016/03/14(最終更新日:2016/03/14)


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すぐに役には立たない教養こそが、一生使えるクリエイティブな道具である:『池上彰の教養のススメ』 1番目の画像
出典: Amazon.co.jp
 池上彰は著書『池上彰の教養のススメ』のなかで、こう言っている。

「日本からクリエイティブな商品、新しいサービスが生まれなくなった原因は、大学や企業が『実学思考』に傾き、教養を身につけることが軽視されているからではないか」

 1990年代、文部省が大学のカリキュラムを実学一辺倒にして、大学で教養の地位が低下した。企業も、英語やITスキルや各種資格を重視し、人材を採るようになった。結果、日本からは、クリエイティブな商品、新しいサービス、美しいデザインが生まれなくなったのだ。「すぐに役には立たない」教養こそが、「一生使えるクリエイティブな道具である」。いま、企業でも大学でも求められているもの、それが「教養」なのだ。

池上彰が定義する「3つの教養」

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池上彰が定義する「3つの教養」

  • ①与えられた前提を疑い、正解のない現実社会の問題と答えを探る能力
  • ②新しいルールを創造する能力
  • ③自然環境の変化に対応する能力
 Apple創業者の一人であるスティーブ・ジョブズは、この3つの教養を修めた一人だ。ジョブズは、カリグラフィー(ペンによる西洋書道)に傾倒することで、教養を修めることが出来た。だからこそ、洗練されたAppleのデザイン哲学を生み出したと池上は主張する。

 池上彰が指摘している通り、21世紀に入ってから日本は画期的なアイデアや商品を生み出していない。教養を学ぶことは、歴史や哲学、生物学など様々な知の体系を学び、目を凝らさなければ見えない人間世界の理を知ること。根源的な知識は、一つの分野だけでなく様々な分野に適応できる。何事も基礎から固めなければ、大きな成長は望めないのだ、と池上彰は指摘するのだ。

明るみに出た理系学生の教養のなさ

 オウム真理教の地下鉄サリン事件は、教養の重要性が露わになった事件だと池上彰は主張する。オウム真理教の幹部の多くは、高学歴な理系学生で編成されていたという事実があるからだ。自らルールを決め、自分なりの現実的な解が出すことが出来るほどの教養が理系生に身についていれば、決してオウム真理教などに理系生は加担しなかっただろう。変化が激しい現代社会において、応用が効かない専門的な知識だけでは倫理観などに関する難解な問題は解くことが出来ないのある。

 この教養という言葉は、最近ではリベラルアーツと呼ばれることが多い。リベラルアーツのリベラルとは、様々な枠組みから自由人なることを意味している。社会に出て「枠組みの外から物事を見る自分なりの視点」を持つことは、重要である。膨大な情報が溢れる現代社会において、自分なりの視点を持てば情報に踊らされることなく、「自分の人生」を歩めるだろう。

「専門知識<教養」となっているアメリカの一流理系大学

 マサチューセッツ工科大学(以下MIT)、ハーバード大学、名門女子大ウェルズリーなどの世界トップの理系大学では、池上彰が定義するような教養を学生に叩き込むという方針を徹底させている。

 例えばMITでは、音楽を副専攻として学ぶケースが多い。MITには「D‐Lab」という変わった教育プログラムがある。ITはおろか、水も電気もないような貧困地域に行き、様々な課題を解決するというプログラムだ。専門知識の生かしようがない中で、課題解決をする学生には自然に教養が身についていくという構造になっている。

 どの学校にも共通してあるのが、「学ばないと損」という学生の意識である。日本の理系学生は、たくさんの課題に追われ専門知識を学ぶことに必死で、教養を進んで学ぶ意識が低い。だが、アメリカの一流大学の学生たちは知識に飢えているので、社会に役立ちそうにない教養も進んで学ぶのだと池上彰は指摘する。


 教養の重要性について少しでも理解していただきたい。本書には、教養の重要性を裏付ける池上の分かりやすい指摘に溢れている。本書を手に取って教養を身につけることで、自分だけの人生を歩んでほしい。

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