米国ではシリコンバレーを中心に、IoTビジネスを手掛けるベンチャー企業が1,000社以上存在していると言われている。
中でも今回は、2014年にGoogleが32億ドル(約3,800億円)もの資金を投じて買収した、本命IoTベンチャー企業である「Nest」のビジネスモデルを取り上げよう。
人工知能内蔵のサーモスタットを展開する「Nest」
出典:nest.com Nestは2010年創業のベンチャー企業で、温度調節器「Nestサーモスタット」や、火災検知機「Nestプロテクト」などを手掛けるメーカーだ。
「Nestサーモスタット」には様々なセンサーや人工知能の機能が搭載されており、ユーザーの行動パターンや嗜好を学習しながら、自動的に快適な環境を作り出すことができるようになっている。一方「Nestプロテクト」は、アラームとともに音声で火元を知らせるハイテクプロダクトだ。双方とも、スマートフォンと連動することによって遠隔地から操作することができ、シンプルかつスタイリッシュなデザインも好評を得ている。
Nestの創業者の一人であり、CEOでもあるトニー・ファデル氏は、Appleで長らくiPodの設計や開発責任者を務めていた人物。2008年にApple退任後、半年でNestのビジネスモデルを確立し、その一年半後にプロダクトを出荷し始めたという驚くべきスピード感と実行能力を持っている。買収された後もNestブランドを残しつつ、独立部門で引き続きCEOとして経営を続けていく模様だ。
実は昔からあった“スマートホーム”という概念
出典:www.digitaltrends.com 「IoT」と同じく、「スマートホーム(※)」という概念は20年以上も前から存在していたようだが、なかなか大きな市場を形成することなく現在に至っている。同一メーカーやプロバイダーのプロダクト群を全て揃える必要があったり、消費者にとっての魅力が欠けるものであったりしたことが主な原因であり、お世辞にも「スマート」といえる存在ではなかったようだ。
それでは、Nestが構想するスマートホームとはどういったものなのだろうか。また、Nestのビジネスモデルや究極の狙いとは一体何なのだろうか。
(※)家庭の電化製品をつなぎ、ワンタッチでシーンを切り替えられる住宅のこと。
オープンプラットフォームを目指すNestのビジネスエコシステム
出典:www.computerweekly.com Nestが主張する「Nestサーモスタット」の価値提案は、主に2つに凝縮される。1つ目は、利用者が難解な操作を覚えることなく、サーモスタット自身が快適な環境を考えてくれること。2つ目は、利用者にとってお金の節約になり、電気代やガス代を約20%削減することができること。しかしながら、Nestはハイテクプロダクトを提供することだけにとどまらず、住宅空間におけるあらゆるモノやサービスのプラットフォームとなることを目指しているようだ。
Googleによる買収後、Nestは「Nest開発者プログラム(Nest Developer Program)」を発表し、スマートホーム・プラットフォームを公開した。これは、「Nestと一緒に働こう(works with nest)」というキーメッセージの下、開発者向けにAPIを開放するものだ。つまり、Nestは新しいスマートホームプロダクトを自前で次々と作り出すのではなく、有能なサードパーティのプロダクトやサービスを持つ企業との「エコシステム」を構築するという道を選択したのだ。
実際に、スマートウォッチを販売する「Pebble」、フィットネスバンドを展開する「JAWBONE」、かの有名な「メルセデス・ベンツ」など、Nestと相性の良いプロダクトやサービスを持つ個性的な企業50社以上がこの構想に参画している。
これにより、自動車での帰宅時に最適な空調を設定する、電気料金が最も安い時間帯に遠隔から洗濯機をコントロールする、睡眠状態に応じて空調を変える、起床するタイミングで部屋の明かりをつけるなど、こういったことがスマートに行われるようになる。
ここで、あることに気付いた方もいるだろう。そう、NestのビジネスモデルはiPhoneのビジネスモデルにとても似ているのだ。ここに単なるモノ作りだけではない、IoTビジネスモデルのヒントが隠されている。多くの消費者の幅広いニーズに応えるための価値を提供するだけでなく、より多くの価値を生み出すために多くのパートナーが参画できるオープンプラットフォームを構築する。これこそが、持続可能かつ拡張可能なデジタルビジネスモデルの基本形なのである。
Nestが模索する新しい収益モデル
出典:nest.com Nestはさらに多くの電力会社と「ラッシュ時間報酬プログラム(Rush Hour Rewards)」という契約を取り交わしている。これは、真夏などの電力利用が集中する時期に電力会社がNestを遠隔で操作することにより、電力の供給をコントロールするというもの。このプログラムに協力する消費者は、電力会社からのキャッシュバックを受けることができる。電力会社としては、ピーク時における電力供給量を減らすことができるため、設備投資に関するコストを大幅にカットすることができるというわけだ。
現時点におけるNestの主な収入源は、プロダクト販売によるものだが、近い将来、一般消費者には無料でNestを配布し、電力会社から大きな収益を得るといった新しい収益モデルも視野に入れている可能性がある。
Nestの最終的な狙いは、住宅空間における全てのデータを収集することにあるようだ。Nest(巣)という企業名がそれを象徴している。買収時の、「Nestが収集するデータをGoogleのビジネスとして利用することはできない」という約束はあるものの、「世界中の情報を整理する」という野望をもつGoogleがNestを手に入れたかった理由は、ここにあるのかもしれない。
Nestは、年間百万台規模でプロダクトを販売している一方で、様々な企業とのパートナーシップを通じたサービスの提供も精力的に行っている。このようなビジネスは、IoTビジネスへの参画を検討している多くのメーカーにとっての良き方向性を示してくれることだろう。昨年がバズワードとしてのIoTのピークだとすれば、今年2015年はIoTビジネスの本格的始動の元年となるのではないだろうか。
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