成長する企業の多くは上場を目指す。株式市場は高い成長が期待される企業に資金を提供する場であり、上場企業は株式の発行による資金調達(エクイティ・ファイナンス)が可能だ。
エクイティ・ファイナンスの実行は株主が増えることであり、株主間に資本政策を巡る対立が生じる可能性がある。引いては、株主間で経営上の対立に発展する可能性もある。
このようなリスクを検討せず、投資家から言われるままにエクイティ・ファイナンスを実行すると、様々なリスクが表面化して経営体制が行き詰まってしまう。一度発行した株式を株主から買い取ることはハードルが高く、やり直しがきかない。政策は慎重に考えるべきなのだ。
そもそも資本政策とは何なのか
上場を目指す企業の資本政策とは、主に上場後を視野に入れながら、上場前のエクイティ・ファイナンスを計画すること。資本の増減に影響を与えるストック・オプションも検討課題の一つだ。エクイティ・ファイナンスにより株主構成は変化するため、資金調達と株主構成のバランスを考えた計画を立てる必要がある。
出典:bn-journal.com 株式による資金調達は、すればするほど外部株主が入ってくる。会社は株主全員のものであるため、外部株主を含めた株主の収益性を意識した経営に順次切り替えていかなければならない。つまり、コーポレート・ガバナンスに配慮した経営が求められることとなる。
言い方を変えると、資本政策は、いつ、どの程度の資金を株式何株で調達するかを計画することであり、上場時のオーナーの売出し株式数によるキャピタル・ゲインと上場後の安定株主対策を想定しつつ、不要な株式数を発行しないよう計画を立てていくことである。
上場後は、多数の株主の収益性の最大化を一番の目標とし、経営意思決定が過度に不安定にならないように配慮しながら、株式による資金調達や企業買収を行っていくこととなる。上場後であれば市場からの自己株買いによりある程度のコントロールも可能となる上、一定の財務的見地を持つ役職員や外部アドバイザーも揃えていくことができる。大失敗をするケースは稀だ。問題は、上場前なのだ。
「いきなり1億円の課税」「上場できない?」よくある資本政策の失敗事例
出典:www.google.co.jp 「後悔先に立たず」の資本政策。世の中でどのような「後悔」が起きているのか、いくつかの失敗事例を紹介しよう。
起業後の新株発行による資金調達での後悔
企業価値が定まらない起業直後に、少額の(その時からしたら高額の)エクイティ・ファイナンスを低い株価で行ったため、創業当初から株式が分散した。その後の経営上の意思決定において多数の株主を説得するため多くの時間とコストを要し、適宜・適切な行動ができなくなった。1年後、創業社長は、取締役を解任されてしまった。
上場前の株式譲渡での後悔
上場予定時期の2年前に、貢献してくれた従業員や取引先、親族に報いるため株式を低廉な価格で配ったが、その価格の根拠を上場審査で説明できず、上場スケジュールの見通しが立たなくなった。その後上場できなくなったにもかかわらず、後日税務調査があり、株式を売却していない従業員たちが思いがけない多額の税金支払を求められて迷惑をかけてしまった。
上場前の新株発行による資金調達での後悔
上場準備初期段階で身の丈に合わない高い株価でファイナンスをしたが、その後、前回の株価水準によるファイナンスでは出資のオファーがなく、株価を下げたダウンラウンドでのファイナンスを実行しようにも、持株の希薄化を嫌う既存株主から反対を受けてしまい実行できなかった。このような状況から資金繰りも苦しくなり、上場を考える余裕がなくなってしまった。
ストック・オプション発行での後悔
ストック・オプションの税務上の対応を知らないまま、権利行使により多額の税金が発生する発行形態で発行してしまった。上場前に権利行使して株式を取得したところ、税理士から1億円以上の課税を指摘されたが、資金がなく払えることができず頭を抱えてしまった。ストック・オプション発行において弁護士からの指示を仰がなかったため、税制適格について知識がなかったのだ。
種類株発行による資金調達での後悔
会社側に有利な高い株価で資金調達できると思い、提案を受けた種類株を発行した。しかし、投資家に有利な取得請求権や投資契約上の株式買取請求権などが付されており、実は投資家側に異常に有利な内容だった。
このように、資本政策には数々の失敗談がある。
資本政策失敗の誘惑
出典:www.wisdomworkshop.net 起業後にビジネスが上手く回り始めてから、起業家は市場株価という指標のない中で事業運営に全力投入しながらも、資本政策を誤らないように検討・実行していかなければならない。専門家による適切なアドバイスも得ないまま、自分が立ち上げた事業を高く評価してくれる投資家に会うと舞い上がってしまい、多くの株式を発行してしまったり、不利な種類株式を発行してしまったりすることがある。
株式を渡すことは経営権を渡すことだと頭では理解していても、感覚で行動してしまった末にこんなことが起こってしまうのだ。
資本政策の根っこである「事業計画」
資本政策は、事業計画と表裏一体だといわれている。「IPOゴール」という言葉が、上場前の期待度と上場後の実際の業績とのギャップに対する揶揄として騒がれているが、これも資本政策の失敗の一例といえる。
資本政策の失敗を避けるためには、まず事業を分析し、財務数値に落とし込んだ計画を立てること。これにより、いつどの程度の資金が必要になるかを把握でき、そのときの利益水準から何%の株式を発行しなければならないかを理解することができる。
しかし事業計画が必要と言われても、新規性が高く、マーケット自体を作っていくようなベンチャー企業においては、そもそも売上の見積りから困難であり、事業計画が立てられないといわれている。 資本政策を立てないまま上場に向かうということは、目をつぶって走り続けるようなもの。やはり仮定をいくつか置いてでも現実的な事業計画を作成し、資本政策表に落としこむべきだ。
「資本政策を理解する」ということは、「単に資本政策表作成のノウハウを理解する」ということではない。このように経営権を維持することの大切さをシミュレーションすることによって、資金調達の必要性と経営権の移譲のバランスを可能な限り実感として理解することができるのだ。
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