本書『ビジネスに「戦略」なんていらない』を執筆したのは、シリコンバレーで企業支援会社(インキュベーションカンパニー)を起こし、現在はビジネスカフェジャパンやリナックスカフェの設立者にして社長である平川克美だ。平川は、ビジネス書に蔓延する人を過労死させてしまうほどの戦略的思考に疑問を感じ、本書を執筆した。
「勝ち組」「負け組」という言葉が氾濫し、誰もが誰かを出し抜き、誰かに出し抜かれまいと戦略を練る。だが、ビジネスをそうした「勝ち」「負け」のゲームだと捉えてしまうことに対して、「ちょっと違うのではないか?」「それでは、ビジネスの本当のおもしろさは語れないのではないか?」という問いかけがあり、本書は始まる。
「競争」なんていらない
平川がまず指摘するのは、「経済のグローバル化」と「グローバリズム」を同一視してはいけないという点だ。
経済のグローバル化は「テクノロジーの発展に伴う自然過程」である。一方のグローバリズムは、グローバル化を利用して外国資本を誘導したアメリカ企業が、その資本を他の成長地域へ投下し、その回収を素早く行うことを容易にしたルールといえる。グローバリズムは歴史の必然のように思われているが、人為的な経済政策のひとつに過ぎないのだ。
「お客さんに何を与えたいのか」という発想を欠く戦略的思考は、ビジネスを「限られたリソースをより多く獲得するゲーム」と見なす。そのため、マーケットを戦場に例える物言いをしがちだ。「勝ち組」「負け組」の存在を必要とするビジネスは、ゼロサムゲームに勝ち続けなければならない。そのために発明された究極の金融商品、サブプライムローンは、最終的に全米第4位の証券会社を破綻に導いた。
ビジネスとは1回半ひねりのコミュニケーションだ
本書では、「モノやサービスを媒介とした高度な非言語コミュニケーション」だと定義している。人は、はるか昔から自分の持っているモノを相手のモノと交換することを通じて、見知らぬ他者とのコミュニケーションをとってきた。その発展形がビジネスだという。高度であるのは、1回半ひねりのコミュニケーションであるからだ。
たとえば、販売員とお客が商品を挟んで対面するとき、互いに本音は見せない。「この性質については言わないでおこう」とか「もっとほかで安いものを探そう」といった相手には見えない「本音」を隠しつつ、にこやかに売り手と買い手という役割を演じる。いわば「建前」でのコミュニケーションが、1回ひねりである。そしてもう半分ひねりは、お金や商品を交換する「建前」の裏で「技術や誠意」が「満足や信用」と交換されていることだ。
この商品を迂回して実現する二重の交換こそが、ビジネスのつらさもおもしろさも生む源泉になると平川は指摘する。
売買契約の裏側で顧客から受け取った「満足」や「信用」は、その企業に「見えない資産」として蓄積されていく。この「見えない資産」こそが「繰り返し注文される」という状態に導き、ビジネスを持続可能にしていく。一企業が安定して成長していく過程には、必ず「見えない資産」が拡大していくプロセスがあるという。
だが、ビジネスを単なる「戦略論」で捉えてしまうと、「いくら儲かるか」というゴールばかりがプロセスよりも重視される。ゴールまでどれだけ短時間で無駄なく効率よくたどり着けるかが、最大の関心ごとになる。そこでは、「見えない資産」は視野に入らなくなるのだ。
見えない資産と見える資産の両立
見える資産を追求して、効率化を重視した結果が過労死という惨事を生み出してしまったのだろう。
ビジネスの全ての課題は、ビジネスの主体がお客さんと何をどのようにして交換したかである。その結果、主体の側に何が残り、お客さんの側に何が残ったのかということの中にあるはずだと平川は指摘する。
平川は「お客さんと向き合って、喜んでもらえるという交換の基本を忘れないようにしようよ」という真っ当なことが、グローバリズムによって蔑ろにされていることを訴えている。
本書は、経営論に疎い人でも読めるような面白い指摘やデータが盛り込まれている。起業に興味がある方は本書を参考に視野を広げ、より興味を深くすることを勧める。
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