Microsoftの創業者として知られるビル・ゲイツ。優れた経営者やエンジニアのイメージが強いゲイツ氏ですが、社会問題を解決するための寄付活動や慈善活動に力を入れていることでも有名です。「どんな社会問題でも、困難を乗り越えていけばきっと解決できるだろう」とゲイツ氏は語ります。
ここでは、Microsoftの創業者であるビル・ゲイツが目指す、社会問題の解決について語ったTEDの内容を書き起こしていきます。
スピーカー
ビル・ゲイツ/Microsoft 創業者、ビル&メリンダ・ゲイツ財団 理事
見出し一覧
・関心を持って協力し合えば、困難な社会問題も解決できる
・貧富の格差が生んだ悲劇。マラリアを根絶するための動き
・貧困国のマラリアの根絶のためには、小手先の対策はむしろムダ
・貧しい家庭では大学の卒業よりも刑務所行きの確率の方が高い
・みんなが考える「良い教師」の基準は完全に間違っている
・「普通の教師」が抱え込んでいるジレンマ
・テストとビデオの共有で教育機関にイノヴェイションを起こす
・政府や民間企業を頼らず、個人の力で社会問題を解決しよう
動画
関心を持って協力し合えば、困難な社会問題も解決できる
先週、ビル&メリンダ・ゲイツ財団(ビル・ゲイツと妻によって設立された慈善基金団体)の活動と、それに伴う幾つかの問題点について知ってもらうための手紙を書きました。ウォーレン・バフェット(世界一の投資家)に財団活動の中で上手くいったこと、上手くいかなかったことを正直に綴り、年報の形式でまとめるように勧められたのです。私が目指したものは、より多くの人に問題解決に参加してもらうことでした。時間が解決することのない、幾つかの重要な問題があると思うからです。市場は科学者、マスコミ、哲学者、政府に適切な行動をするよう働きかけることはありません。重要な問題に関心を持つ優れた人々が、他者を問題解決に巻き込むことで、必要最大限の進歩が可能となるのです。
今回は、重要な問題の中から2つを取り上げ、問題の現状を話します。現状を話す前に言っておきますが、私は楽天家です。どんな難題でも私は解決できると思っています。解決できると思う理由の一つは、過去を振り返ることにあります。100年で、人間の平均寿命は2倍以上になりました。幼児の死亡数も、1960年頃には1億1000万人の子どもたちが生まれ、そのうちの2千万人が5歳未満で死亡していましたが、現在では1億3500万人強の子どもたちが生まれ、そのうち5歳未満で死亡しているのは1千万人以下です。これは幼児死亡率が半分以下に減少したことを示しています。これは驚異的なことです。救われた一つひとつの生命はかけがえのないものです。
幼児の死亡数を減少させることができた要因には、所得の上昇だけではなく、ある重要で飛躍的な進歩も理由として挙げられるでしょう。その飛躍的な進歩とは、予防接種の広まりのことです。例えば、はしかによる死亡数は1990年頃で400万人だったものが、現在では40万人以下に留まっています。変化を起こすことは本当に可能なのです。次の進歩と言えるものは、幼児の死亡数1千万人を更に半数に減らすことです。実現には20年も必要ないだろうと思っています。なぜかと言えば、その死亡の大半がほんの数種の病気によって引き起こされるからです。下痢、肺炎、そしてマラリアです。
これは本日話す最初の課題に繋がりますが、蚊によって蔓延する致命的な病気をどうやって防いだらよいでしょうか。
貧富の格差が生んだ悲劇。マラリアを根絶するための動き
まず、マラリアの歴史を振り返ってみましょう。マラリアは何千年もの間、とても危険な病気として存在していました。実際、遺伝子情報を見てみると、アフリカに暮らす人々が死を避けようと進化を試みた唯一の病気がマラリアであることが分かります。マラリアによる死亡数は1930年代の500万人強が最多ですが、まさにとてつもない病だったのです。さらに、マラリアは世界中に広がっており恐ろしい病気でした。アメリカ合衆国にもヨーロッパにも広がっていました。1900年代初頭、マラリアは蚊が原因であることをイギリスの軍人が解明するまで、誰もマラリアの原因を知りませんでした。原因がわからないため、マラリアは至る所に蔓延していました。マラリアによる死亡率の減少には2つの手段が役立ちました。1つは、DDT(殺虫剤)によって蚊を退治すること。もう1つは特効薬であるキニン(血管を拡張する性質がある物質)、またはキニンの抽出物での治療でした。それによって死亡率が減少したのです。
しかし、2つの手段を利用して死亡率を減少させた結果、豊かな国がある温帯地域の全てではマラリアが除去され、貧困地帯のみにマラリアの感染は続きました。マラリアの感染地図を見てみると、1900年には全世界に存在しています。1945年に至っても変わらず世界中にありますが、1970年になるとアメリカ合衆国と殆どのヨーロッパ地区で除去され、1990年では北部の殆どの地区でも除去されています。2009年の様子を見てみると感染地区は赤道周辺のみです。
マラリアは貧困国だけで発症するため、除去のための資金投与が十分に行われないという矛盾した事態を作り上げています。例えば、薄毛治療薬にはマラリア対策以上の金融投資がされています。薄毛になってしまうのはたしかに嫌なことです(笑)。そして裕福な男性たちが薄毛に悩んでいます。優先順位が金銭によって決められています。
しかし、マラリアに対しては年間に何百万人が死亡していてもその影響はかなり小さいものとして捉えられています。常時、2億人以上の人々がマラリア感染で苦しんでいます。つまり、感染地区の経済を回転させることは乗り越えるべき課題が多すぎて難しいということになります。マラリアは蚊によって蔓延するものですが、それを皆さんが体験できるように蚊を数匹持ってきました。観客席中に、少し蚊を放しましょう(笑)。貧しい人たちだけが体験する必要はないですからね(笑)。ちなみに放した蚊はマラリアに感染していないですよ。
貧困国のマラリア根絶のためには、小手先の対策はむしろムダ
新しい手段として、蚊帳をつることを私は思いつきました。蚊帳は素晴らしい道具です。蚊帳の下、母子が蚊に刺されることなく眠れます。これまでのように夜中に蚊に刺されることがなくなります。室内用殺虫剤を利用し、蚊帳をつることで死亡数を半数以上減らすことができます。既に、多数の国々で実行されており喜ばしいことです。
用心しなければならないのは、マラリアの原虫が進化すると蚊も同時に進化するということです。過去に役立った手段も、段々と効果が薄れてしまいます。中途半端な対策方法を用いてしまうと、徐々に対策が効果を失っていき、再び死亡率上昇を招いてしまいます。
人々の関心の程度も、時と共に変化してきました。現在、人々のマラリアに対しての関心は大きく上向いています。蚊帳への資金提供は増え、新薬も発見されつつあります。我が財団が支援しているワクチンは、およそ3ヵ月後には3回目のテストが行われます。効き目があれば、感染者の3分の2以上が救われることでしょう。
しかし、新しい手段を用いるだけでは望む結果は出ません。マラリアを根絶させるためには多くのことが関係しているからです。まず、マスコミが多額の資金提供を行い、多くの人々に成功例を伝えることが必要です。社会学者たちが関わることで、蚊帳の普及率を7割でなく9割へと拡大させる方法を知ることができます。数学者たちが参加し、対策をシミュレーションして、道具がどう組み合わされるとうまく働くのか、数学的に計算してもらう必要があります。当然のことながら、製薬会社の専門知識も必要とします。さらに、富裕国政府からの惜しみない援助も必要です。こうした全ての要素を統合させることにより、私はマラリアの根絶が可能になると楽観しているのです。
貧しい家庭では大学の卒業よりも刑務所行きの確率の方が高い
次の課題に取りかかりましょう。問題はマラリアとはかなり異なりますが、重要度は同様です。2つ目の課題とは質の高い教師の育成方法です。私たちが常日頃から大量の時間を割いて取り組んでいる問題のように思えますし、よく理解していると思われがちですが、実は全くそうではありません。
まず最初に、教師の育成方法の課題の重要性についてお話しましょう。ここに出席している皆さんは、素晴らしい教師に出会った経験を持っているのではないでしょうか。皆さんは素晴らしい教育を受けてきました。そのため、今日こうしてこの場にいるわけです。教育は私たちが社会的に成功した理由の1つです。私は大学中退者ですが、教育の有効性は私にも当てはまります。私は素晴らしい教師たちに出会いました。
アメリカにおける教育システムは、かなり上手く行っています。狭い範囲の中に、成果を上げる教師たちが多くいます。それゆえ、2割の生徒はとても良い教育を受けています。その2割の生徒は、他国のトップエリートと比較しても世界屈指のエリートです。そのエリートたちが、ソフトウェアやバイオテクノロジー分野に革命をもたらし、アメリカを常に世界の最前線に位置づけてきたのです。
ところが、アメリカの2割の生徒の学力にも陰りが見え始めています。それ以上に気になるのが残りの8割が受けている教育です。それは、これまでも劣悪なものでしたが、それ以上に劣化しているのです。経済界を見ても、成功のチャンスは優れた教育を受けた者だけに与えられています。この傾向は変えなければなりません。全員が公平にチャンスを得るように変わらなければいけません。既存教育に変化をもたらすことにより国の力を強め、理数系を始めとした高度な教育を原動力とする分野において国を最先端に位置づけることができます。
現在、生徒人口の3割以上が高校を卒業していません。私は初めてこの統計結果を見たとき、事態の酷さに唖然としてしまいました。高校を卒業していない割合は長い間隠されたままでした。高校中退率に関しては、最終学年を開始した人数と修了した人数を比べて求めていたからです。最終学年より前の生徒の状況については調査がされていなかったのです。中退は最終学年以前に起こることがほとんどです。再調査の結果、中退率を3割以上も引き上げなければなりませんでした。白人以外の生徒の場合、中退率は5割を超えます。その上、高校を卒業したとしても低所得者層に位置する場合、大学修了証書を得る可能性は25パーセント以下です。アメリカの低所得者層の人々は4年制大学で学位を得るよりも刑務所に入る率の方が高いのです。全く公正だとは思えません。
みんなが考える「良い教師」の基準は完全に間違っている
どうしたら教育の質を高めることができるのでしょうか。我が財団では過去9年間に渡り、教育拡散の問題に投資をしてきました。現在、多くの人たちがこの問題に取り組んでいます。私たちは小規模学校への働きかけ、奨学金の供給、図書館事業への参入を行ってきました。多くの取り組みは良い影響をもたらしました。しかし、より問題を見ていくにつれ、優れた教師がいることが最も重要な鍵であることに気付きました。そこで、ある研究者達と協力することにしました。彼らは、上位4分の1に当たる、大変優れた教師群と、下位4分の1の教師群との間にどれくらいの差があるかを研究していました。学校内、学校間の差はどのくらいなのか。その結果は、全く信じがたいものでした。上位4分の1に位置する教師たちは、クラス全体のテストの成果を1年で1割以上上昇させるのです。これはどういうことかというと、もし2年間アメリカ国内の全生徒が上位4分の1に位置する教師たちから教育を受けた場合、アメリカとアジアに存在する差が全く無くなるということです。そして、4年間以内に世界の他国を大きく引き離して、トップに立つことを意味しています。
必要なのは、上位4分の1に位置する教師たちです。「良いことを聞いた。教師たちに正当な報酬を与え、彼らを雇用し続けて教え方を探り、他の教師たちにも伝授すべきだ」と言われるかも知れませんが、そうした方向に物事は全く進んでいません。
上位4分の1に位置する教師たちはどういった人たちでしょうか?経験豊富な教師だと思われるかもしれません。実は違います。3年間の教師経験を持った後は、その後何年教えようが教育の質は変わらないのです。変化は微々たるものでしかありません。あるいは、修士号を持った人たちが優秀だと思われるかもしれません。大学に戻って教育学の修士号を取ってきたのではないかと考える人も多いでしょう。
このグラフには4種類の要素と教え方の質との関連性が表されています。最下部に表示されている要素は修士号を所持していることであり、全く教え方の質と関係ないということがわかります。
現在の教師の給与システムでは、2つのことに対して報酬が与えられています。1つ目は、年功に対してです。これは、年齢と共に給与が上がり、年金に付与させることができるためです。2つ目は、修士号の取得者に対し特別報酬が与えられています。しかし、修士号の取得と教師の質の関連性は全くないのです。修士号を持つ教師は確かに教え方が上手ですが、経験のある教師に比べると、その効果はわずかなものです。効果の高い教え方について研究し、実際に取り入れ模倣することで平均能力を引き上げることや、教師を教育システムに留まらせることは全く行われていません。
「良い教師が働き続け、悪い教師が辞めているのか?」という質問に関しては平均よりも少し上の良い教師たちが辞めているというのが答えです。現行の教育システムは転職率がきわめて高いのです。
「普通の教師」が抱え込んでいるジレンマ
非常に限られてはいますが、優れた教師を育成できるところがあります。その良い一例に「KIPP(Knoeledge Is Power Program)」と呼ばれる指導要領に依らない公立学校があります。KIPPとは「知は力なり」という意味です。信じられないほどすばらしい学校です。KIPPは66校あり、その多くは中学校ですが、高校も数校あり素晴らしい教育が行われています。その学校では最貧困層の子ども達を受け入れています。しかし96パーセント以上の生徒が高校を卒業し、4年制大学に入学しています。KIPP内に広がるやる気と姿勢は、普通の公立学校のものとは全く異なります。教師は2人以上で1つの教科を担当し、常に教師の質を高める努力がされています。データやテスト結果を集め「あなたはこれだけ成績を向上させました」と教師に報告するなど、お互いが教え方の質を向上させるために深く関与し合っているのです。
KIPPの授業を参観したとき、とても異様に感じました。私は椅子に座り「一体何が起きているんだ?」と思いました。教師が走り回っていて、非常に活気があったのです。私は「これがスポーツの試合の準備でなければ、一体何が起きているんだ?」と思いました。教師は絶え間なく注意力が欠けた生徒や退屈そうな生徒を見つけ、目まぐるしい早さで生徒を呼んで黒板に答えを書かせます。それは非常に動的な環境でした。教師が走り回っていたのは、5年生から8年生(日本でいうところの中学生)までの生徒たちの注意を引き続けて集中させるためでした。クラスの誰もが授業に注意を払わざるを得ない環境、つまりは誰かをバカにしたり授業に無関心ではいられない環境を作り出します。KIPPでは全員が授業に参加する必要があるのです。
KIPPに対し、普通の学校の状況はどうでしょうか?普通の学校では、教師は自身の教え方の可否について知らされていません。教え方に関するデータは集められていないのです。校長が授業参観する回数は限られており、時にそれは年に1度きりということもあります。その上、参観の前には通告をする必要があります。想像してみてください。工場内でガラクタを作っている作業員が、工場長に「年に1度しか現場視察できないけど来る時は連絡してくれよ。ちょっと良い仕事をして、ごまかして見せるからさ」と言うようなものです。
教え方を向上させたいと思っている教師がいても、手段がないのです。テスト結果は持っていないし、データの取得を阻止しようとする「大きなもの」が存在するのです。例えば、ニューヨークでは、教師の質の向上に関わるデータを公開せず、教師の在職期間の長さを決める基準に使用することも出来ないという法律が可決されました。本来の目指すべき方向とは全く逆の方向に動いています。しかし、私はこれを楽観視しています。この問題については、私たちに出来る事がはっきりしていると思うからです。
テストとビデオの共有で教育機関にイノヴェイションを起こす
まず最初に、現在は数多くのテストが実施されており、現状を見ることができます。そして、その結果をもとに誰が上手く教えているかを知り、教え方が上手い教師を呼んで、その技術を学ぶことが可能です。ビデオカメラは安価になっているため、ビデオカメラを教室内に設置し、授業を継続撮影することは全ての公立学校で実践可能な方法です。そして、数週間毎に教師が集まり、教師同士で問題解決に向かい協力し合うことができます。例えば「これは、上手く教えることができたと思う箇所です。そしてこれは、上手く行かなかった箇所です。生徒が騒いだ時、どうやって対処したら良かったのでしょうか?」という具合にです。最も優れた教師たちを選び、説明を加えるような形で理解することで優れている教師を知ることが出来ます。
さらに優れた授業を選んで公開し、生徒が自由に見て学ぶことも出来ます。もしつまづいている生徒がいるなら、授業のビデオを見ることを宿題にし、考え方の復習をさせることが出来ます。無料の講義のビデオはインターネット上に公開したり、DVDにすればいつでも誰でもDVDプレイヤーだけで最も優れた教師から学ぶことができます。動画の公開を人事システムの一環として捉えることで、もっと効果のある教育が可能となります。
KIPPの活動について書かれた本があります。ニュースレポーターのジェイ・マシュー氏が書いた「Work Hard,Be Nice」という本です。とても素晴らしい本でした。良い教師が何をしているのかということを簡潔に教えてくれます。
これまで、私たちは教育に多額の投資をしてきましたが、この国の力強い未来のために教育改革が最も重要であると思っています。実際、アメリカの下院が提出した景気刺激法案の中には、教育の質を高めるデータシステムを導入する計画が盛り込まれてました。しかし、上院で否決されてしまいました。システムを導入することにより立場を脅かされる人々の存在が原因です。しかし、私は楽観視しています。教育の重要性について人々が徐々に気付いて来ています。正しい方向に導けば、大多数の人々の人生を変えることができます。
政府や民間企業を頼らず、個人の力で社会問題を解決しよう
ここでは、2つの問題について話していきました。大まかな話しかできませんでしたが、このような社会問題がまだ沢山あります。エイズや肺炎など、これらの名前を聞くだけで皆さん興奮してきているのがわかりますよ。問題を解決するためには幅広い技能を必要とします。知っていると思いますが、社会は放っておけば何もしません。政府は自らの力で、社会問題を適切な方向に導くこともありません。かと言って民間も自ら進んで財源を投入することはありません。
ですから、皆さんのような才気ある人々が社会問題について研究し、他の人々を巻き込んで問題解決をしていくのです。それにより、素晴らしい結果が表れてくることを信じています。
ありがとうございました。
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