あなたは「インターネット」と聞いて、何をイメージしますか?ある人はパソコンの本体をイメージするかもしれませんし、ある人はWi-Fiのルーターなどをイメージするかもしれません。でも、実際のところパソコンもルーターも「インターネット」を表す具体的な実体ではありません。
「インターネットはどんなものだろうか?インターネットの近くには誰がいて、何があるのだろうか?」。ジャーナリストであるアンドリュー・ブルームはこんな疑問を持ち続け、一つの答えを得ました。ここでは、彼の「インターネットをめぐる旅」についてのTEDでの講演を書き起こします。
スピーカー
アンドリュー・ブルーム/ジャーナリスト
見出し一覧
・ブルームの感じた「画面の中と現実世界とのギャップ」
・「インターネットそのもの」を表すものなんてない
・現実として存在するインターネットの世界:ビルと海底ケーブル
・ケーブルの接続現場を見て実感した「インターネットの正体」
動画
ブルームの感じた「画面の中と現実世界とのギャップ」
私はこれまでもっぱら建物のことを執筆してきましたが、ある前提条件が建物についての執筆の根底にあります。建物が建つとそこは「場所」となり、いくつもの建物が建つと「街」になります。場所や街は政治、文化、経済など様々な力が交じり合って形作られ、実際に出かけていって中を歩き回ることができます。匂いに触れ、感触を掴み、その場の雰囲気を経験することができるのです。
しかし、ここ数年で大きく変化したと思うのは、外の世界に触れる機会が徐々に減り、コンピューターの前に座っている時間が増えたということです。特にiPhoneを手にした2007年頃からは、一日中画面の前に座っているだけでなく、画面の前から人は離れ、ポケットに入れて持ち運ぶような小さな画面を見るようになりました。本当に驚くほどあっという間に実世界との接し方が変わってしまったのです。インターネットが普及して15年、常にインターネットを使う状態になってからは5年ほど経ちますが、インターネットによって周囲の環境への接し方が変わってしまいました。注意力が常に分散し、画面の中にあるものと、自分の周囲と両方の世界を眺めているのです。
さらに私が気になったのは、画面の中の世界は実際にあるものだとは思えないことです。インターネットのイメージを探すと、見つかるのはOpte project(インターネットの繋がりを視覚化する取り組み)の有名な画像だけであり、銀河のような無限に広がる空間に私達が属しているとは思えません。インターネットの全体像を捉えることはもはや不可能でしょう。私は、この画像を見る度に、ロケットから撮影された青いビー玉のような地球の写真を思い出します。全体を捉えることは不可能であり、インターネットの広がりの中では我々はちっぽけな存在でしかありません。インターネットの世界とそれを見ることができる画面があって私を取り巻く実世界があっても、インターネットと現実を一緒にすることはできないのです。
「インターネットそのもの」を表すものなんてない
インターネットについて私が考えているうちにある事件が起こりました。インターネット回線が故障し、ケーブル会社の社員が修理にやって来ました。彼はソファの後ろの埃だらけのケーブルを辿り、家の入り口近くから裏庭へと出ると、外壁の前でケーブルがごちゃごちゃになっていました。彼はケーブル沿いに走って逃げるリスを目撃し、「これが原因だ。インターネットがリスにかじられている」と言いました(笑) これは驚くべきことでした。インターネットは超越的な概念であり、買い物やデート方法にまで革命をもたらした通信手段です。言うまでもなく、インターネットはリスがかじることができるものではありません(笑) しかし、ケーブル会社の社員によると、どうやら私のインターネットはリスの歯にやられてしまったようです(笑) 彼が原因を突き止めたとき、ケーブルを壁から引き抜いてそれを辿ったらどこに続いているのだろうか?インターネットは実際に訪れることのできる場所になっているのだろうか?もし訪れることができるのであれば誰に出会い、そして何かが実在するのだろうか?という疑問が当然沸き上がってきました。
誰に聞いても私の問いには「ノー」と答えるでしょう。この画像が「インターネット」です。赤いランプが付いた黒い箱ですね。このデバイスはイギリスのコメディー番組「The IT Crowd」で使われました。2人の社員が「『インターネット』は受信がしやすいようにいつもはビッグベン(イギリスにある時計台)のてっぺんに設置されている。今日は午後の会議で使うため借りてきた。短時間なら借りても大丈夫だ」と技術に無知な同僚をからかうためにウソをつきます。無知な同僚はこの箱を心配そうに眺め、「これがインターネット全体なの?この箱は重いのですか?」と聞きます。すると、「重くなんかないよ。インターネットには重さがなんて存在しない」と答えるのです。
恥ずかしいことに、私が探していたインターネットも形があるものだったのです。人が聞いたら笑われてしまうかもしれませんね。私が探していたのはブヨブヨしていて形が定まらない物体だとか、赤いランプがピカピカする黒い箱でした。「インターネットそのもの」を表すものなんて存在しないんです。
現実として存在するインターネットの世界:ビルと海底ケーブル
しかし実際問題として現実のインターネットの世界は存在します。私は2年間に渡り、様々な「インターネットの場」を訪ねて廻りました。人が住んでいる街と同等の電力を使う大規模なデータセンターやニューヨークの「60 Hudson Street」というビルにも行きました。
「60 Hudson Street」は世界で最も大きなビルの1つであり、世界中のどこよりもたくさんのネットワークが接続されている場所です。接続は明らかに物理的に行われており、FacebookやGoogle、B.T(イギリスで大手の通信事業者)、コムキャスト(アメリカで最大手のケーブルテレビ会社)、タイムワーナー(CNNやワーナー・ブラザーズを自社に持つメディア企業)などのネットワークを結ぶルーター同士が、光ファイバーのケーブルで天井伝いに繋がれています。それは間違いなく物理的に見ることができ、親密さも感じることができます。このようなネットワークが集まっている場所は他にも数十ヶ所あり、ランクが1つ下の建物と比べると、10倍ものネットワークが繋がり合っています。多くのネットワークが集まる場所はほんのわずかしかありません。60 Hudson Streetが特別なのは、世界でも5本の指に入るほど重要なネットワークの拠点になっていることです。ネットワークは海底ケーブルを通してヨーロッパとアメリカを繋ぎ、そして私達全員を繋いでいます。
次はネットワークを結ぶケーブルについて考えてみましょう。インターネットがグローバルな現象だとか、国境のない狭い世界に住むようになったと感じるとしたら、海底ケーブルのおかげです。
海底ケーブルは驚くほど細く、片手で握ることができます。まるで庭のホースのようです。しかし、とても広範囲に海底ケーブルは広がっています。海を横断して広がっており、その長さは1万キロ以上にも及びます。ケーブルに関する科学や計算がすごく複雑なのに比べ、ケーブルの基本的な物理プロセスは驚くほど単純です。光が一方から入って来て、他方に出ていきます。通常、光は沿岸部に目立たないようひっそりと建てられた「ランディングステーション」と呼ばれる建物から出てきます。光は海底にある増幅器にかけられ、80キロごとに信号が増幅されます。通信速度は信じられないくらい速いのです。基本単位は10Gbpsとなっています。これはきっと皆さんのネット回線の1000倍も速く、1万本のビデオをストリーミングできます。それに留まらず、1本の光ファイバーでは1つでなく数種類の色が異なる光を送ることができます。1本のケーブルには8本の光ファイバーがあり、4本ずつそれぞれの方向に信号を送っています。光ファイバーはとても細く、髪の毛ほどの太さしかありません。
ケーブルはこのようなマンホールの中で陸地に繋がっています。8000キロにも及ぶ海底ケーブルがここで陸地と繋がっているのです。このマンホールはハリファックス(カナダの都市)にあるのですが、ここからアイルランドまでケーブルは伸びています。
1本のケーブルで国を繋ぐ状況は変わりつつあります。3年前にケーブルの調査を始めた頃、アフリカ大陸の西海岸沿いのケーブルは1本でした。地図に細い黒線で示されています。現在は6本のケーブルが東西の海岸に3本ずつあり、さらに増設される予定です。どの国も世界につながるようになると、ケーブルが1本では足りないと感じるのです。海底ケーブルの力で産業を発展させるつもりであるならば、安定していて途切れることのない通信回線が必要になります。もしケーブルが切断したら、船を出してフックのついた機材を投げ込み、切れた両端を引き上げて接続したあと海に戻すとてもたいへんな作業が待ち構えているからです。
ケーブルの接続現場を見て実感した「インターネットの正体」
こちらの写真に写っているのは私の友人のサイモン・クーパーです。彼はつい最近までインドの巨大財閥である「タタ」の通信部門を担っている「タタ・コミュニケーションズ」という会社で働いていました。直接会ったことはなく、いつも会議電話の中で会話をしていたせいか、彼のことを「インターネットの中の人」だといつも思っていました(笑)彼はイギリス人です。海底ケーブル産業で働く人は圧倒的にイギリス人が多いんです。しかも全員42歳に見えます(笑) 皆が42歳ぐらいに見えるのはキャリアを20年前のブーム到来と同時にスタートしたからです。
タタの通信事業は2本の海底ケーブルを買ったときにスタートしました。購入したケーブルは1本は大西洋、もう1本は太平洋を横断するものでした。タタはその後もケーブルの増設を続け、世界中に皆さんのデータ送っています。文字通り「光のビーム」を世界中に飛ばしているのです。たとえケーブルが太平洋で切断したとしても、逆方向へ送ることが可能です。タタは太平洋と大西洋ではなく、次の接続先として、まだ接続されていない場所を探しました。それがアフリカへと至るケーブルとなります。
私が驚いたのは、サイモンの並外れた地理的な想像力でした。彼は世界をすごい規模で捉えているのです。私がタタの事業に興味を持ったのは、ケーブルの敷設作業を見たいという気持ちからです。TwitterやFacebookなど、オンライン上で他人と繋がっていると、すぐそばに人がいるような気がします。この裏には何かがあるはずだと私は考えました。大陸が接続された瞬間があったはずです。私は大陸が繋がる瞬間が見たかったのです。
その頃、サイモンは新しいケーブルの敷設に取りかかっていました。ケーブルの敷設は西アフリカ・ケーブルシステム、通称「WACS」と呼ばれていました。ケーブルはリスボン(ポルトガルの首都)からアフリカ西海岸を下ってコートジボワールやガーナ、ナイジェリア、カメルーンへと延びるものでした。「もうすぐリスボンに着くだろう」と彼は言いましたが、正確な日時が分かり次第教えてくれると約束してくれました。4日後に到着するという知らせがあり、リスボンのビーチに行くように言われました。9時をわずかに過ぎた頃、サイモンが水中から出てきました(笑) 彼は「メッセンジャーライン」と呼ばれる、緑色のナイロン製のロープを運んでいました。このロープが海と陸とを繋ぐ足がかりになり、1万4千キロを越える光の通り道になるのです。
ロープを運んでからしばらくすると、ブルドーザーがケーブルを敷設する船からケーブルを引き揚げ始めます。ケーブルはブイと一緒に浮かべられて所定の位置まで運ばれます。イギリス人の技師が監督しているのが見えますね。所定の位置まで運ばれると技師は海に戻り、大きなナイフでブイを切り離します。ブイは浮き上がり、ケーブルは海底に沈みます。技師はこの作業を繰り返しながら船まで戻り、船上でジュースを飲み、クッキーを食べた後、再び海に飛び込み、浜辺まで泳いで戻って来るとタバコに火をつけました(笑)
ケーブルが陸まで到達すると、「ランディング・ステーション」から延びているケーブルと接続する作業が開始されます。まずノコギリでプラスチック内部を削ぎ落します。この作業はまるでシェフのようです。そぎ落とし終わったら、今度は髪の毛のように細いファイバーをまるで宝石職人のようにぴったり付き合わせ、穴あけパンチのような機械で接続します。作業員の作業を見ていると、インターネットは形のないものとは考えられなくなり、とても物理的なものに見えてきます。
もう1点作業を見ていて驚いたことは、インターネットは最も洗練された技術で、最先端のものであるにも関わらず、接続方法は長年の間変わっておらず、文化も同じだということです。地元の労働者もいれば、裏方で指示を与えるイギリス人技師もいます。さらに重要なのは、接続されている場所が以前から栄えている街だということです。これらのケーブルはリスボンやモンバサ(ケニアの都市)、ムンバイ(インドの都市)、シンガポール、ニューヨークなどの昔ながらの港町に繋がっています。海岸での作業には3日から4日かかりますが、作業が終わったらマンホールの蓋をして砂をかぶせ作業のことは多くの人が忘れてしまいます。
私達はクラウドコンピューティングについてよく話しますが、クラウドサービスにアプリやファイルを置く度に責任を放棄していると思うのです。クラウドサービスを利用することで繋がりが薄れ、管理も他人まかせになります。それは正しいことのようには思えません。ニール・スティーヴンスン(アメリカのSF作家)の名言を紹介します。「繋がれた人たちは繋がるものについて知るべきだ」。我々はインターネットがどこから来るのか、そして我々を物理的につなげているのは何なのかを知るべきです。
ありがとうございました。
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