クリエイティブな仕事をしたいと思っている、もしくはクリエイティブな仕事をしているビジネスマンの方に伺います。あなたはどのようにしてアイデアを生み出していますか?多くの人は、1人で集中することによってアイデアは天から降ってくるものだと言うかもしれません。しかし、数々の本を出版し、アイデアの根源を突き止めたライターのスティーブン・ジョンソンは「アイデアが生み出されるためには集団との議論が必要だ。そして、長い年月の積み重ねが大きなアイデアを生む」と語ります。ここでは、スティーブン・ジョンソンがTEDで行ったアイデアに関する講演を書き起こします。
見出し一覧
・17世紀、イギリスに多くの革新をもたらしたのはカフェだった
・アイデアとは「脳内に新しく作られたネットワーク」
・優れたアイデアは必ずしも革新的イノヴェイションではない
・アイデアは一人では生まれない:流動的ネットワークの重要性
・アイデアはワインのように長い時間を掛けて熟成される
・2人の科学者の他愛もない会話から生まれた優れたアイデア
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17世紀、イギリスに多くの革新をもたらしたのはカフェだった
ほんの数分前、ここから数キロ離れた場所で写真を撮りました。写真に写っているのはオックスフォードにあるカフェです。この写真をなぜ撮ったのかといえば、このカフェは1650年、イングランドで初めて開業した喫茶店だからです。すばらしく由緒ある店です。この写真を見せたいと思ったのは、スターバックスのような喫茶店を紹介したいからではなく、イングランドにある喫茶店は400年にわたり知的創造の発展と普及、つまり啓蒙運動の中心的役割を担ってきたということを言いたかったからです。
知的想像の発展と普及にあたり、喫茶店が大きな役割を果たした理由の1つとして、喫茶店で出される飲料が挙げられます。イギリスの人は、コーヒーや紅茶が英国文化に浸透するまで、貧富の差とは関係なく毎日朝から晩まで酒を飲んでいたからです。当時のイギリス人は昼間から好んで酒を飲んでいました。朝食でビールを少し飲み、昼食でワインを少し飲み、1650年ごろには昼にジンを飲むのが流行りました。そして、夜はビールとワインで1日を締めくくるというのが当時の生活スタイルでした。飲み水が安全ではなかったので、衛生的な正しい選択でした。つまり喫茶店ができるまでは、市民が全員一日中酔っぱらっていたと言えるでしょう。一日中酒を飲んでいたらご想像通り頭は働きません。ところがコーヒーや紅茶が浸透するに従い、いいアイデアが浮かぶようになります。カフェインには覚醒作用があるからです。コーヒーや紅茶によって頭が冴えて注意深くなります。つまり、イギリスで紅茶やコーヒーが飲まれ始めてから素晴らしい革新が起きたということは当然の結果なのです。
喫茶店が重要な役割を果たした理由は、喫茶店の空間構造にもあります。喫茶店ではさまざまな経歴の人たちや、さまざまな分野の専門家が喫茶店の空間を共有します。マットリドレー(イギリスの科学ジャーナリスト)は共有された空間のことを、「アイデアが交わる空間」と呼んでいます、まさに喫茶店ではアイデアが交じり合いが起きる場です。この時代に生まれた膨大な数の革新を紐解くと、革新の多くには喫茶店が関わっているのです。
アイデアとは「脳内に新しく作られたネットワーク」
私は5年間、多くの時間をかけて喫茶店について考えてきました。「良いアイデアはどこで生まれるのか?」という疑問の答えを探し求めていたのです。どのような環境から優れた革新や創造が生み出されるのでしょうか?創造性を育む環境や空間とはどのようなものでしょうか?私は喫茶店のような革新が生まれた環境について調べ、インターネットのような革新が相次ぐメディアの環境を調べました。革新を起こした環境が出来上がったとされる地を訪れ、サンゴ礁や熱帯雨林などの生物学的な革新が次から次に生じる場所にも訪れ、あらゆる環境で共通して見られる特徴を探し求めました。
私たちの生活、組織、環境などに工夫を加えることで、もっと創造的で革新的な活動ができるようになるパターンはあるのでしょうか?結論から言うと、革新的な活動をもたらす環境をつくるためのパターンはいくつか見つかりました。しかし、パターンを理解し、本質を真に理解するためには従来のアイデアについての多くの思い込みを捨てる必要があります。アイデアが生まれる瞬間を表現する言葉は豊富にあります。「閃光が走る」「脳天を打つ」「神が舞い降りる」「ひらめく」「電球が灯る」などがありますね。これらの言葉は大げさに誇張されていますし、いずれの概念もアイデアは単独で存在し、天から授かった瞬間に自然と脳に浮かび上がることを前提にしています。
でも実際は、アイデアとは新しいネットワークのことだと考えた方がよいのです。実際、アイデアが浮かんだときは頭の中ではネットワークが作り出されています。脳内で協調を取りながら伝達し合う、ニューロン(神経細胞)の新しいネットワークこそが新しいアイデアなのです。アイデアは今まで構築されていなかったニューロンの新しい組み合わせです。では、脳が新しいネットワークを構築しやすい環境とはどのようなものなのでしょう?実は自然の中にあるネットワーク構造は、脳内のネットワーク構造と似通っていることが分かっています。
優れたアイデアは必ずしも革新的イノヴェイションではない
話は少し変わりますが、私には好きな逸話があります。最近の素晴らしいアイデアにまつわる話です。ティモシー・プレステロ(デザイナー)は「Design that Matters」という組織を運営しています。Design that Mattersは、一刻の猶予もないような悲惨な途上国における幼児死亡率の問題について取り組むために設立された組織です。近代的な新生児用の保育器を使って、未熟児を暖めてやれば、その場所がどこなのかを問わず幼児死亡率を半減させることができます。保育器の技術はすでに存在しており、先進国では一般的なものです。しかし、問題は4万ドルで保育器を購入してアフリカの村に送ったとすると、2年間はとても役に立ちますが、壊れてしまったときにそのまま放置されてしまうことです。予備の部品の流通システムもなく、4万ドルの装置を修理するような現地の技術者もいません。たとえお金をつぎ込んで最新機器を送ったとしても無駄になるという問題に行き当たるのです。
プレステロたちはこの問題について良く考え、途上国であっても十分に行き渡っているものに注目しました。そして、ビデオや電子レンジは不足しているけれども、車を走らせるためのメンテナンスはうまく行われていることに気付きました。途上国でも車が道を走っており、車をメンテナンスする技術者はいるだろうということです。そこでプレステロたちは「車の部品だけで新生児用の保育器を作れないだろうか?」と考えました。出来上がったものが「改良型保育器」です。一見、普通の病院にある保育器と同じに見えますが、中身はすべて車の部品です。車のファンを使い、ヘッドライトを熱源にしてドアベルを警報装置にしています。電源はカーバッテリーです。トヨタの店舗から予備部品を入手でき、ヘッドライトを修理できる人であれば誰でも保育器を修理することができます。この改良型保育器は素晴らしいアイデアですが、私が言いたいのはこの開発のエピソードはアイデア創出の示唆にあふれているということです。4万ドルの最新保育器のような先端技術の結晶を飛躍的アイデアだと思いがちですが、身近に落ちている何らかの部品でも同様のものが組み立てられることが多いのです。
アイデアは一人では生まれない:流動的ネットワークの重要性
私たちは人からアイデアをもらいます。偶然会った人からアイデアをもらい、新しい形態に縫合して新しいアイデアを生み出します。そうして革新が起きるのです。つまり、革新や熟考とは考えていることの概念を一部変える必要があります。熟考といえばこのような姿を思い浮かべるでしょう。
こちらはオックスフォードにある、ケンブリッジ大学時代のニュートンとリンゴの彫刻像です。ニュートンは熟考し、リンゴの落下を見ることで万有引力の法則を発見しました。しかし、歴史を紐解いていくと、革新を生み出す空間はこのような姿をしています。
この絵は酒場で行われた政治的な集まりをホガース(イギリスの画家)が描いたものです。当時の喫茶店もこの絵に似た様子でした。このような場では、混沌とした状況でアイデアが飛び交い、さまざまな立場の人が集まることで面白く予測不能な衝突が生まれると予想できます。より革新的な組織を作りたいなら、この絵がアイデアを生み出す空間として奇妙に思えたとしても、絵に似た空間を作ったほうがいいでしょう。それこそ、皆さんのオフィスはこういう姿が理想です。
アイデアに関する調査では、自己申告があてにならないという問題があります。どこで良いアイデアを思いついたか、最高のアイデアはどう生まれたかを聞くときの話です。偉大な研究者であるケビン・ダンバーは、数年前に良いアイデアが生まれる場所を自己申告ではなく、監視によって調査しました。世界中の研究所を訪れ、研究者全員の行動を全てビデオで撮影しました。顕微鏡の前に座っているところだけでなく、同僚との立ち話も全て記録し、どこで一番重要なアイデアが生まれたか見つけ出そうとしました。
科学者がアイデアを思いつくときといえば、顕微鏡ごしに何かを垂らしてサンプル細胞の状態を見ながら「ひらめいた!」と叫ぶというイメージがありますが、実際のテープを確認してみると、実は重要なアイデアのほとんどは研究室の顕微鏡を前にして一人で思いつくのではなく、毎週開かれる研究室の会議中に生まれていました。会議では全員が最新データや研究成果を持ち寄り、実験の失敗や観測中に現れるノイズについての意見も交換していました。私はこういった環境を「流動的ネットワーク」と呼んでいます。流動的ネットワークではさまざまなアイデアが集結し、立場や興味がバラバラな人が集まり互いに意見を交えるのです。この流動的ネットワークこそ革新につながる環境です。
アイデアはワインのように長い時間を掛けて熟成される
アイデアを思いついたときの自己申告があてにならない理由は、誰もが短期間で革新を遂げたことにして、ひらめきを瞬間の物語として伝えたがるということが挙げられます。多くのアイデアマンは、「立っていたら突然浮かんだ」と言いたいのです。しかし過去の記録を調べてみると、多くの重要なアイデアにはとても長い熟成期間があったことが判明しました。これは、「ゆっくりとした予感」と言えるでしょう。予感や直感、一瞬のひらめきがアイデアに繋がると言いますが、実際には素晴らしいアイデアは長い間心の奥でくすぶっています。興味を引く問題に気付いていても、問題を解き明かす術がないのです。ずっと何かの問題に取り組んでいなければ、別の興味関心に目が移ろってしまうので、決して解決できません。
ダーウィンはこのゆっくりとした予感のうってつけの例を示しています。彼は自伝の中で自然淘汰に関するアイデアを思いついた、いわゆる「ひらめいた」瞬間を記しています。ダーウィンは1838年10月の研究中に、マルサス(経済学者)の「人口論」を読みながら、突然頭の中に自然淘汰の基本アルゴリズムが浮かび「ついに取り組むべき理論を見つけた」と言った、と自伝に記しています。10年か20年ほど前のことになりますが、ハワード・グルーバーという偉大な心理学者がその時代のダーウィンのノートを調査しました。ダーウィンが残した膨大なノートには小さなアイデアや予感も記されていました。グルーバーの調査によれば、マルサスの著書を読んでいた1838年10月よりもずっと前から、ダーウィンの中では自然淘汰の理論が出来上がっていたようです。ダーウィンが1838年10月よりも前に自然淘汰の理論を完成していた証拠となる記載がノートの中にあるのです。ダーウィンが記したひらめきの瞬間より前の記述から、彼の著書の内容をすでに読み取れます。つまりダーウィンはアイデアや概念を手にしながら、まだ完全には考え抜くことができていなかったことが分かります。優れたアイデアはこのように生まれるものであって、長期に渡り少しずつ出来上がっていくのです。
アイデアを生み出すだめには長い期間がかかるとなると、厄介な問題が生じます。アイデアの長い熟成期間を作るための環境を用意することが難しいという問題です。上司に「有用で素晴らしいアイデアがあります。2020年ごろに使えるようにしますから、取り組む時間をいただけませんか?」というのは無理でしょう。Googleのようないくつかの企業では、革新を生むために全体の20%の時間を割いています。ゆっくりとした予感を育むための組織的なシステムだといえます。これはとても重要なことです。
また、自分の予感と他者の予感を結合させることも、アイデアの創出の中ではよくあることであり、重要です。半分ずつアイデアをもつ二人が適切な環境で出会うと、足し算以上の結果が生まれます。私たちは普段から知的財産権を保護することを話題にしがちです。自分のアイデアを守るための防衛手段を築き、研究開発を秘密にし、何でも特許を取得しようとします。それはアイデアを価値あるものとしてキープし、アイデアの創出を奨励することで、文化をもっと革新的なものにするためです。しかし、アイデアの結合をもたらす要因について、同じぐらい重要視するべきです。ただアイデアの予感を保護するだけではいけません。
2人の科学者の他愛もない会話から生まれた優れたアイデア
思いもよらない成り行きから革新が生まれてくる家庭を教えてくれるエピソードがあります。1957年10月、スプートニク(ソ連の人工衛星)が打ち上げられた直後のことです。アメリカのメリーランド州、ローレルにあるジョンズ・ホプキンズ大学に付属している応用物理の研究所でこのエピソードは始まります。月曜の朝、研究所にはスプートニクが軌道を回っているというニュースが飛び込んできました。研究所は専門に一生懸命な物理学者が多く、誰もがスプートニクのニュースを聞いた時は信じられないと思っていました。2人の20代の研究者は、研究所の食堂のテーブルで他の研究者に混じって雑談していました。2人の研究者はガイアーとウェイフェンバックという名前でした。どちらかが「だれかスプートニクの音を聞いてみた?今、宇宙で人工衛星が飛んでいるんだ。当然何か信号を送っているから、チューニングしたら聞こえるかもしれない」と言いました。何人かに尋ねて回ると、「思いつかなかった。それは面白いね」と誰もが言います。
ウェイフェンバックはマイクロ波受信技術の専門家でした。そのため、研究室には実験用の増幅器が付いた小さなアンテナがありました。ガイアーとウェイフェンバックは研究室に戻り、装置をいじり始めました。今でいうところの「ハッキング」を行い、2時間ほどでスプートニクの発する信号は受信可能になりました。実は、ソ連はハッキングしやすいようにスプートニクを設計していたのです。簡単に信号の周波数を合わせることができます。ソ連は打ち上げが嘘だと言われないために、わざと見つけやすくしていたのです。
二人が座り込んで耳を傾けていると、「いいね!聞かせて?すごいよ」と人が集まりだしました。そのうち「これは歴史的瞬間だ。聞いたのはアメリカで初めてだろうから記録しておこう」と考え、アナログのテープレコーダーで小さなビープ音を録音し始め、さらには録音した小さなビープ音ごとに日時を記載しておくことにしました。そしてあるときのことです。彼らは周波数がわずかに変動していることに気付き、ドップラー効果を利用して計算すれば衛星の移動速度がわかるかもしれないと考えました。しばらく考えを温めた後、専門分野が異なる何人かの研究者に尋ねました。すると、ドップラー効果の変化率が分かれば、衛星がアンテナに一番近い位置と一番遠い位置が分かるというアイデアを手に入れました。
その後実際に研究をするための許可が下りました。職務外のプロジェクトに位置付けを改め、当時導入して間もなかった、最新のコンピューターの使用許可を得ました。コンピューターで計算を重ねながら1ヶ月弱かけ、地球を周る衛星の正確な軌道を描き出すことに成功しました。ある日の食事中の思いつきからスタートし、片手間の作業でかすかな信号音を聞いて人工衛星の軌道を導くところまでたどり着いたのです。
成功から2週間後、フランク・マクルアという彼らの上司は「君たちがやっているプロジェクトのことでちょっと聞きたいことがあるんだ。地上から衛星のいる位置を計算できたのであれば、逆はどうだろうか?衛星の位置が分かれば地球上の特定の位置も知ることができないだろうか?」と2人に聞きました。彼らは少し考えてから、「できると思いますよ。ちょっと計算してみましょう」と返答しました。少し検討してから上司のところに戻り、「従来の方法よりこちらのほうが簡単です」と伝えると、上司は「それはいいね。軍は新しい原子力潜水艦を作っているらしいが、潜水艦の位置を把握できないとモスクワ上空に向けて正確にミサイルを発射するのはとても難しいんだ。衛星をたくさん打ち上げて潜水艦を追跡すれば、たとえ太平洋の真ん中であっても位置を把握できるのではないかと思っていたんだよ。早速位置の把握に取り組んでほしい」と言われました。
こうしてGPSの技術が誕生しました。30年後、ロナルド・レーガン(アメリカの元大統領)はGPSを一般に開放して、オープンプラットフォームとしました。誰でもGPSを利用することができ、誰でもGPSを使うことで、創造と革新につながる新しい技術を構築することができます。まさにGPSは誰でも何でもできるように開放されているのです。私には確信していることがあります。会場の少なくとも半分の携帯はポケットから宇宙にある衛星と通信しています。そして、間違いなくそのうちの1人はここ数日のうちに、携帯と衛星を使って近くの喫茶店の場所を探したはずです(笑)
これは「オープンイノベーション」という体系が持つ、思ってもいないようなアイデアを創出するための力について学べる良い事例なのです。正しく構築すれば、予期しなかった全く新しい方向に私たちを導いてくれるのです。先ほどのガイアーとウェイフェンバックは、予感や湧きあがる情熱のままにただ突き進んでいるだけでした。しかし、やがて彼らは冷戦に立ち向かうこととなり、時を経て喫茶店を探す人の手助けをすることになったのです(笑)このようにして革新は起きるのです。心がつながればチャンスは訪れます。
ありがとうございました。
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