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熊本地震から1カ月…東日本の教訓ばねに、避難所を支えた地方企業の光

漆舘たくみ

2016/05/22(最終更新日:2017/02/09)


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避難所の校庭を照らすアークライト=熊本県益城町広安小学校 提供:アークコーポレーション

震度7の揺れが2度も襲った熊本地震から1カ月余り。余震が絶えない4月16日の熊本県益城町に、ボランティアとして大型照明機を運び、暗闇の避難所を照らした地方企業がありました。長年、屋外広告用照明を製造する有限会社アークコーポレーション(和歌山県田辺市)です。同社の社長・橘登さんを熊本へ突き動かしたのは、「光があれば、どれだけの人を助けられただろう」という東日本大震災での後悔でした。
アークライトと橘社長 提供:アークコーポレーション

アークライトと橘社長 提供:アークコーポレーション

きっかけは能登半島地震

アークライトは本来、建物のライトアップや上空への投光など宣伝用品として使われます。遠方まで広い範囲を照らせることが特長です。
丸亀城から照射されるアークライト 提供:アークコーポレーション

丸亀城から上空に照射されるアークライト 提供:アークコーポレーション

防災用品としてのアークライトは、2007年の石川県の能登半島地震が開発のきっかけでした。当時、大規模停電を目にした廣瀬幸雄・金沢大名誉教授が「避難時の目印があれば安全だろう」と考え、親交があった橘さんに提案。従来のアークライトに比べ、耐水性や運搬のしやすさ、発電機能などを改善しました。さらに上空に照射すれば、約10キロ先から視認可能な出力まで出せるようにしました。2011年3月、東日本大震災が発生。橘さんは廣瀬名誉教授とともに、ピックアップトラックにライトを乗せ、ボランティアとして3月下旬に避難所のいわき市の平工業高校を訪ねます。現場の要望を聞き、夜間、仮設トイレまでの屋外通路を照らしました。
東日本大震災の福島県いわき市の避難所を照らすアークライト=2011年3月 提供:アークコーポレーション

東日本大震災の福島県いわき市の避難所を照らすアークライト=2011年3月 提供:アークコーポレーション

橘さんは被災した住民たちから、明かりがなく、がれきの下から声が聞こえるのに救助できなかったという話を聞いたそうです。「光があれば、どれだけ人を助けられただろうと思う」(橘さん)その後、廣瀬名誉教授と協力しながら、アークライトのさらに改良。2012年には指定防災用品として、関西広域連合の認定を受けたり和歌山県が導入したりなど熱意が実を結んでいます。

校庭に差す一筋の光

そして、2016年4月14日、熊本地震が起こります。橘さんは熊本市社会福祉協議会を通じ、4月16日に機材と自給用の食料を持って、ボランティアとして現地入りしました。指示を受けた先は、益城町の広安(ひろやす)小学校。避難者が寝泊りする約300台の車が、暗闇の校庭に並んでいました。ライトを照射し、校庭が明るくなると、「わぁー」と歓声が上がったそうです。23日に現場を離れるまで約1週間、夜6~10時まで人々を照らし続けました。益城町の被災者から届いたお礼の手紙は、「アークライトの光、その瞬間ホットしました。心も明るくなった様でした」と記されていました。
益城町で被災した住民からのお礼状 提供:アークコーポレーション

益城町で被災した住民からのお礼状 提供:アークコーポレーション

「夜の避難訓練、ほとんど聞かない」

橘さんの照明開発は、和歌山の被災も予測される南海トラフ巨大地震を常に念頭に置いています。同地震の被害について、政府の中央防災会議は、「超広域にわたる巨大な津波、強い揺れに伴い、西日本を中心に、東日本大震災を超える甚大な人的・物的被害が発生し、(中略)まさに国難とも言える巨大災害」と想定。橘さんは「昼間の避難訓練はよくしているが、夜の訓練はほとんど聞かない」と、危機感を持ちます。「夜は明かりが必要になることを、多くの人に意識してほしい」と話しました。防災用アークライトの商品名は、「現代版 稲むらの火」。江戸時代に和歌山県を大津波が襲った際、当時の村長が刈り取ったばかりの稲の束(稲むら)に火をつけて、村人を安全な場所に誘導したという昔話が由来です。巨大災害時、きっと橘さんのアークライトが稲むらの火となって人々を救うでしょう。

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