
山本芙由美さんについて

山本芙由美さん
大切な人を傷つけた、差別的な手話

(左)山本芙由美さん(右)夫の諒さん
夫でありパートナーの諒(まこと)さんは、ろう者でトランスジェンダーです。結婚する前、当時女性だった諒さんが男性へと性別を変更するために、精神療法やホルモン治療を受ける必要がありました。カウンセリングを受けるため、手話通訳者の派遣をお願いしたところ、専門的な内容だからと断られてしまい……。ようやく派遣してもらった手話通訳者は、セクシュアリティに関する知識が乏しく、諒さんの性自認・性指向とは違う差別的な手話表現をされることが多々ありました。諒さんも私も嫌な気持ちになりましたし、ろうコミュニティの中でも性的少数者に対する偏見や差別は強いと感じました。普段から自身の性自認・性指向を噂の対象にされ、珍しい目で見られることが多かった山本さん。ろう者コミュニティの中でも差別的な手話表現をされたことで、諒さんと共に今までにない孤立感を味わいました。「Deaf LGBT Center」の公式サイトでは、性自認・性指向の差別的な手話表現と正しい手話表現を紹介しています。“差別的な手話表現”と紹介されているのはこちらの3つ。誤って使用しないよう注意が必要です。

「Deaf LGBT Center」公式サイト

「ろうLGBTサポートブック」…LGBTの正しい手話表現、ろうLGBTの悩み相談、インタビューなどが掲載されています。
「ろうLGBTサポートブック」をきっかけに講演や研修依頼が増えました。聴者(聴覚障害がない人)中心のLGBTコミュニティと、異性愛中心のろうコミュニティどちらにも大きな影響を与えられたと思います。本誌を作るキッカケは、2013年10月に開催された「第一回セクシュアルマイノリティと医療・福祉・教育を考える全国大会」でした。そこで初めて「ろうLGBT」の分科会を実施したところ、全国から約60名ほどが集まり、「ろうLGBTが集まれる場所が欲しい」「リソース(資源)を増やしてほしい」「視覚的情報がほしい」という声があがりました。タイミングよくNHKわかば基金からの助成が決まり、制作へと踏み出しました。「ろうLGBTサポートブック」と同時に手話動画をネットで公開し、どちらも大きな反響をいただきました。分科会では、これまで聞くことができなかった多くの「ろうLGBT」の声を聞いて、やるべきことが見えてきたそう。要望を形にすることで、「ろうLGBT」の注目を集めることができました。
海外に行ってわかった日本の課題
−−2015年8月に「ろうLGBT支援」の研修のため、アメリカとカナダに留学されましたね。日本財団聴覚障害者海外奨学金事業からの援助を受けて、3都市(米サンフランシスコ、米ワシントンD.C.、加トロント)で約2年間留学しました。ワシントンD.C.には、世界で唯一“ろう者のための総合大学”Gallaudet University(ギャロデット大学)があります。そこで「ろう者学」「セクシュアリティ学」「LGBTQ学」などを履修し、様々なアイデンティティをもつ学生と議論することで、自分自身の視野が広がっていくのを感じました。−−留学してわかった、日本と海外の「ろうLGBT」に対する認識の違いやズレはありますか。
日本では「LGBT」と狭義的なのに対し、アメリカでは「LGBTQQIA…」と多様なアイデンティティがあります。アメリカにはそれらを適切に表現できる手話があり、手話通訳者にもきちんと連携されていました。アメリカとカナダは多角的な個性が共存する国だと、身をもって感じました。

カナダ・トロント留学時の写真
様々なアイデンティティが私を形成している
−−「性的マイノリティ」と「聴覚障害」、2つのマイノリティをもつことは、山本さんの人生にどのような影響を与えましたか。私自身、アメリカやカナダに行くまで「性的マイノリティ」と「聴覚障害」をダブルマイノリティとして認識していました。しかし、私は「性的マイノリティ」「聴覚障害」「日本人」「女性」「シスジェンダー」「リウマチサバイバー」…といった複合的なアイデンティティで私という核を形成しています。−−「性的マイノリティ」と「聴覚障害」は、山本さんを形成する1つの要素であり、それだけを特別視する必要はないということですね。
はい、そうです。また、聴覚障害者にも「ろう者」「難聴者」「中途失聴者」「高齢化による聴力低下」などの立場があり、LGBTも言葉どおりではありません。多くの性自認・性指向が混在する中で、ろうとセクシュアリティ以外のことも含めて複合的に考えていくことができるようになったと思います。海外文化を肌で感じることで、少数派のアイデンティティを個性として認識し、前向きになれたと話してくださいました。
当事者と周りができること
−−今後、日本で「ろうLGBT」はどのように存在すると考えますか。日本には「出る杭は打たれる」ということわざがあるように“言わない文化”があり、個人よりも集団を大切にする傾向があります。一方で、日本のろう文化は“言う文化”であり、自分の権利を主張するのを恐れないこともあります。言わないと誰も気付かないからです。近い将来、ろう者が主張することで「ろうLGBT」のムーブメントがくると思います。−−そのために、当事者と周囲がやるべきことはなんでしょうか。
当事者の1人として私自身がやるべきことは、「ろうLGBT」のための資源や支援制度を充実させることです。他にも、ろうコミュニティの価値観に合わせたセクシュアリティ教育や手話通訳者のためのトレーニング開発などたくさんあります。周囲に期待することは「ろうLGBT」をもっと知っていただくことです。異性愛が一般化した社会に疑問を投げかけたり、性的少数者と共に声をあげる「Ally(アライ)」という支援者の存在があります。ろうコミュニティにも聴者LGBTコミュニティにも、「ろうLGBT」の立場を知ろうとする人がたくさんいます。そういった周囲の認知や理解が、今後増えていくといいと思います。同じ悩みを抱える人達のために活動を続ける山本芙由美さん。彼女の力強さに圧倒されました。「ろうLGBT」はごく当たり前の存在でありながら、知られていないが故に孤立してしまっているように感じます。まずは知ること、そして理解を深めることが大事だということを改めて実感させられました。山本さんが代表を務める「Deaf LGBT Center」の公式サイトでは、「ろうLGBTサポートブック」や「LGBT手話表現の動画」などを公開していますので、ぜひご覧になってください。
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