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西田宗千佳のトレンドノート:キヤノンが考える「子供向けデジカメ」から見える「体験」の大切さ

西田宗千佳

2019/02/13(最終更新日:2019/02/13)


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カメラといえば、すっかり「スマートフォンのカメラ機能」のことを指すようになった。

デジタルカメラそのものの売れ行きはスマートフォンに押されて下がっており、もはや低価格な製品ほど厳しい状況。ハイエンドな製品も、市場拡大には至っていない。

では、「カメラ」はそれでいいのだろうか。そのことに一石を投じるような商品アイデアを、キヤノンが1月のCESに参考展示した。

今回はそのアイデアから、「今後のカメラはどうあるべきか」を考えてみよう。 

「ゲーム感覚」で撮影の楽しみを体験

最初に述べておくが、以下で紹介するカメラは製品化の具体的な計画があるわけではない。

キヤノンが「次世代の子供向けカメラ」のあり方を考える上で提示した、ひとつのアイデア、といったようなものである。展示されたカメラもモックアップで、実際に動いてはいない。その点はご留意いただきたい。

キヤノンが考えるこれからの子供向けカメラは、次の写真のような形をしている。ちょっとコンパクトでいかにも子供向けっぽい。

だが、同社の一眼レフカメラを模した形であり、コンパクトデジカメともスマホとも違う。この辺は、「子供は大人が持つホンモノに憧れる」ことを思えば、納得できるだろう。

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キヤノンが今年1月のテクノロジーイベント「CES」で展示した、子供用デジカメのコンセプトモデル。外観は単に「子供向けに小さくした一眼レフ」のように見える。

だが、このカメラの価値はカタチにあるわけではない。ポイントは、中に組み込まれたソフトと、その働きにある。

このカメラには「ミッションモード」がある。カメラから「こういう写真を撮ってみましょう」というお題が出されて、それをクリアするとご褒美がもらえるのだ。

ミッションはいろいろある。例えば「赤いものを撮ってきましょう」「絵文字と同じ表情の写真を撮ってみましょう」「猫の気持ちになって撮ってみましょう」といったものだ。 

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カメラには「ミッションモード」が。次に撮ってくるべき写真の内容をカメラが子供に指示して、それが成功すれば「ミッション成功」だ。

親と一緒に楽しむ「最初のカメラ」体験  

ミッションが与えられて、それを満たすとご褒美がある、というのは、ゲームと同じ考え方である。子供達にとっては、そうしたやり方はとても馴染みやすいものだろう。

こういう話をすると、「カメラがAIで撮られた写真を分析する」という風に思う人が出そうだ。

だが、そうではない。ここでミッションの成否を判定するのは「親」である。親の側が、子供が撮ってきた写真を判定して可否を判断するのである。

ソフトが判断してくれないのならあまり意味はないのでは……、そんな風に思う人もいるかも知れない。だが、それはむしろ逆である。

このカメラは、「ミッションモードがある」ことが重要なのではない。「親と一緒に撮影の楽しみや多様性を理解する」ことにこそ、大きな意味がある

そもそもいまのAIでは、そこまで精度のいい判断は難しい。そこで無理をするくらいなら、「親が判断する」方が現実的である。 

我々は、写真を撮ることが「楽しい」ことであるのを知っている。また、写真を撮る行為には「自らの発想や視点を示す」意味があることも知っている。

だがそれは、実際に写真を撮り、それを人と見せ合い、初めて理解できるものだ。

シャッターを切る行為は日常を切り取る行為であり、そこには色々な意味があることを、我々は生活の中で学んでいる。

写真を撮ることは、意味の大小はあれどひとつの自己表現であり、ペンや絵筆や楽器のような道具の一つだ。

難しいことを覚えるのは後でもいいが、「表情が残る」「アングルによって写真の見え方が変わる」といった体験は憶えてほしい、と思う。

「子供達とカメラの出会い」をどうするか

だが、子供達が最初に触れる「カメラ」は、本当にスマホでいいのだろうか

スマホは社会との接点だ。スマホを持ってネットワークを使えるようになるということは、否応無しに社会の一員になる、ということでもある。

十代になればそろそろルールを設けた上で……という話もあろうが、もっと小さい子供にはそれも難しい。 

今の大人の大半は、カメラが「カメラだけの機能であった」時代、写真がまだ「現像」して紙に焼き付けていた時代を知っている。

当時はネットワークを介した「シェア」ではなく、写真の焼き増しであり「交換」だった。今とはまったくスピード感が違う。いまさらその時代には戻れない。戻る必要もない。

では「子供達とカメラの出会い」をどうするのか?  

それが、キヤノンの発想である。

親と一緒に「写真を撮る」ことを楽しめる仕組みをミッションモード」として用意しつつ、写真を印刷する小型プリンターと組み合わせることで、写真を「交換」する体験も作り出す。

大人が長い時間かけて体験してきた「カメラ生活」を子供向けにし、必要な時間も短縮した上で、親から見ても安心して与えられるものにしよう……。そう発想したのである。 


「専用だからいい」ことを体験させねばスマホに負ける  

もちろんこうした発想は、カメラメーカーとしてのキヤノンの危機感から生まれている。 

生まれて最初に触れるカメラが「スマホ」で、その後もずっとスマホしか触ったことがないと、「写真を撮るためだけに作られた機械」であるカメラのことを意識する時間は減っていく。

それは、カメラメーカーにとっては由々しき事態である。

冒頭で述べたように、このカメラはあくまでコンセプトモデルであり、商品化の予定はまだない。だが、こうした発想を外部に問うくらい、キヤノン側はカメラの未来を案じているのだ。 

専用機が、「なんでもとりあえずできる機械」であるPCやスマートフォンに駆逐されていくのは、ここ20年いくらでも見られたことである。おかげで家電メーカーやカメラメーカーは苦境に立たされてきた。 

だが一方で、スマホが普及した結果、「スマホでもいいが、専用機器の方がこだわれる」こともわかってきた。

ゲームファン向けにはゲーム専用機やゲーミングPCが強いし、センサーの大きなミラーレスデジカメの人気も同様だ。

個室にテレビはいらない、と思う人は多くとも、リビングの大型テレビで映画やスポーツを見る必要はない、という人は少ない。 

ただ、そうしたことも「スマホより良い体験」をしている人がいてのことだ。

なにも手を打たなければじわじわとスマホに飲み込まれる。そこで、いかに「違いをアピールするか」がメーカーの生きる道だ。

キヤノンの発想は、そこまで考えると、非常に納得できるものなのである。


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