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西田宗千佳のトレンドノート:新iPhoneの「心臓」からアップルの未来が見える

西田宗千佳

2018/09/15(最終更新日:2018/09/15)


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  スマホの性能は、心臓部であるSoC(システム・オン・ア・チップ。スマホや家電の処理性能を決めるコア半導体のこと)で決まる。iPhoneが新しくなれば、当然SoCも新しくなる。

  今回のSoCは「A12 Bionic」と名付けられている。実はこのA12 Bionic、PCなどの常識とはちょっと違う機能アップをしている。そこには、外観だけではわからない、スマホメーカーとしてのアップルの戦略がある。

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iPhone XSを支えるのはやはり新SoC。半導体戦略はアップルの軸のひとつになっている。
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iPhone XS/XR用の新SoCは「A12 Bionic」と名付けられた。

CPU速度より「消費電力」重視に

  A12 Bionicの特徴は「7nmプロセスで作られたSoC」である、ということだ。技術に詳しい人以外には「なんのこと?」という感じだろうと思う。

  すごく簡単に言えば、半導体の製造プロセスは、「数字が小さいほど、性能のいいものが作れる」「数字が小さいほど、消費電力が下がる」「数字が小さいほど、量産時の生産コストが下がる」ということだ。

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アップルはA12 Bionicが「7nmプロセス」で作られたことを強調する


  だったらどんどん、その「製造プロセス」を微細なものにしていけばいいじゃない……と思うが、世の中そう簡単ではない。微細な製造プロセスほど技術は高度になり、作るのが難しくなるため、製造ラインの構築にかかる費用は大きくなるのだ。

  それでも、昔は製造技術の進化に伴い、半導体の性能はストレートに上がっていた。だから、PCも10年前までは「出るたびに劇的に高速化」していたし、スマホも数年まえまでは「出るたびの高速化」した。

  だが、現在はそうもいかなくなっている。単純に同じ構造で半導体を進化させても、速度の進化を体感しづらくなっているのだ。だから半導体製造会社は、最新技術の生産ライン構築に慎重になってきている。

  特に、新しいiPhone用のSoCが採用した「7nm」は、世界中の製造メーカーが採用に苦慮している。

 アップルがそこで他社に先んじた理由は、iPhoneという大量に作る製品で使うこと、そして、やはり「差別化したい」という意識が強いからである。

  とはいえアップルの側も、7nmのプロセスを導入するメリットがなければ意味がない。

  さきほど述べたように、半導体技術が進化しても、我々の体感速度はそうそう上がらなくなった。iPhoneを使っていて「遅くてしょうがない」と思った時はあるだろうか? 特にここ2年くらいの製品を使っている人は、「特に速度で困ったことはない」と思うんじゃないだろうか。

  性能は重要だが、「CPUの速度が2倍になりました!」といって、皆が喜んで高価なスマホに買い換えてくれるほどシンプルな時代でもない。

  そこでアップルは、新しいSoCの進化の軸を変えた。我々が思うような「CPUの速度向上」にブレーキを踏んだのである。

  発表されたA12 Bionicの中身を見ると、CPUの高速化は意外と小幅であることがわかる。A12 BionicのCPUは、前モデル・iPhone X用のSoCである「A11 Bionic」に比べ、15%しか速度は上がっていない。

  それに対し消費電力を見ると、40%から50%も下がっている。技術の進化を「省エネ」に回しているわけだ。

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A12 BionicのCPUコアに関する解説。iPhone Xの「A11 Bionic」に比べ、速度より消費電力の改善に注力している。


GPU・マシンラーニングなど「システム全体」での性能アップを実現

  SoCの性能は、「一つのパーツにどれだけのトランジスタが入っているか」ということで計れる。要は多いほど機能が多く、高性能ということだ。

  SoCはちっちゃいブロックの組み合わせのようなもの。ブロック(トランジスタ)の数が多いほど複雑なことができるし、ブロックをどんな機能に割り振るかで、そのSoCの性能や性質が変わる。

  昨年の「A11 Bionic」は43億トランジスタだったのに対し、今年の「A12 Bionic」は新技術の導入により、69億トランジスタまで増えた。

  従来ならここで、増えたトランジスタをCPU性能に割り振っても良さそうなものだ。だが、アップルはそれをやっていない。

  アップルは2010年に採用した「A4」以降、SoCを独自開発しているが、昨年のA11 Bionic以降、他社のスマホ向けSoCよりもさらに独自性の高い、ユニークな設計になってきている。A12 Bionicはそれに磨きがかかり、スマホの快適さ=CPUの速さ、という、PC的なイメージを打ち崩す方向に開発を進めている。

  じゃあ、CPU以外のどこに、増えたトランジスタを割り当てたのか?

  まずGPUだ。グラフィックスを司るGPUはまだ性能が必要なのか、50%と大幅に高速化している。距離に応じて最適なCG描画を行いつつ、反射や影、間接光の表現の負荷を軽減している。結果、CGの処理負荷が下がった、と思えばいい。特にARのような技術には、どれも有用なものである。

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ARは特に、GPU強化と後述するNeural Engineの強化が有効な領域だ。


  次に大きいのが「Neural Engine」の拡張だ。これは、画像や音声の認識、画像処理に使われるマシンラーニングの推論処理を担当する部分で、「いわゆるAI関連」の処理に使う。今回は特にここが大きい。

 A11 Bionicでは毎秒6000億回の処理が行えたが、A12 Bionicでは毎秒5兆回の処理が行えるようになっている。カメラ機能の向上もARの高度化も、すべてNeural Engineの性能アップの賜物だ。

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発表会では、XS/XRシリーズの撮影能力が、マシンラーニングによって強化されていることが説明された。ポートレートモードなどで特に威力を発揮する。


  カメラ撮影以外にマシンラーニングをどう活かすかはまだまだこれからという部分があるが、これだけの性能をもった機器が巷にあふれれば、それを活かしたアプリも登場するだろう、と期待したくなる。

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発表会でデモされた「Homecourt」というバスケ練習用アプリ。A12 Bionicの能力で、シュートする人の姿勢やボールの軌跡までリアルタイムに把握する。こうした、マシンラーニングを多用する新たなアプリの登場が、スマホの進化を促す。


 今回のiPhoneには「512GB」という大容量のストレージを搭載したモデルが出ているが、これも、SoC内のストレージコントローラーが高度化したためだ。

  アップルが「iPhoneを高性能化するために必要と思う部分」を自由に設計し、高度化できているのが、今の同社のSoC戦略の特徴的な部分だ。

 そこでやっていることは、PC用のCPUとも、デジカメやテレビなど、他のデジタル家電用のSoCとも異なる、まさに「スマホ向け最適化」の歴史だ。自社最適化を繰り返すことで、性能維持とコスト維持の両方が可能になり、そこのことが、iPhoneの製品性と高収益の源泉となっている。

  こうした変化に他社はどう対応するのか? そして、SoCの性能向上を活かしたアプリはどんなものが登場するのか? 次に気になるのは、やはりその辺である。


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