必ず到来するAI時代の中、仕事の消滅への懸念は後を絶たない。かなり多くの人にとって、仕事と人生は切り離せない関係にあるようだ。
「仕事がなくなったら、人類はどう生きればいいのだろう?」これは誰もが一度は考えたことがある問い。仕事が奪われたら、収入だけではなく、当然我々の価値観も揺らぐ。
李開復(Kai-Fu Lee)氏も”仕事一筋人間”の1人だった。大学で機械学習とパターン認識を研究した李氏は、Apple、SGI、Microsoft、そしてGoogleと彼は名だたる企業でキャリアを積む。
週6日、朝9時から夜9時まで、彼は文字通り身を粉にして働いた。しかし、そんな李氏に転機が訪れたのは2013年、がんと宣告されたときだ。死を目前にして、彼は人生観が一転したそうだ。
一度は死を覚悟した李氏が、今回TEDの壇上で「AIの急成長の原因」、「仕事の消滅」、そして「人類の存在意義」と「AIと人間が共栄する青写真」について語った。
『AIは人類をどう救うのか(How AI can save our humanity)』
李開復氏:私はAIと人類がどうすれば共存できるかを伝えに来ました。そのためには先ず、我々の価値観を見直さなければなりません。最初に、私の過去の誤った価値観を告白させてください。
1991年12月16日、11時のことでした。このとき私は、初めて父親になろうとしています。妻のシェンリンは12時間に及ぶかなり辛いときを過ごしていました。私は彼女のそばにいたものの、不安げに腕時計を見つめます。妻が知りえないことを考えていました。
それはあと1時間で出産に至らなかったら、AppleのCEOにAIのプレゼンをしに職場へ戻る、ということです。幸運なことに、娘は11:30に生まれました。
(会場笑・拍手)
おかげでありえない行動をせずに済みました。今日という日まで、家族愛よりも労働倫理を優先したことを深く反省しています。
(会場拍手)
とは言っても、AIのプレゼンテーションは大成功でした。
(会場笑)
Appleは私の成果を大変気に入り、TED1992で発表することになりました。26年前、ちょうどこのステージでのことです。私はAIに関する、世紀の大発見をしたと確信していました。翌日の”ウォール・ストリート・ジャーナル”も、賛同しています。
出典:www.ted.com李開復氏:しかし、研究が進むにつれ、私はインドを発見したわけでなければ、アメリカを発見したわけでもないことが判明します。せいぜい、ポルトガル付近にある小島程度でしょう。
AI開拓時代は続き、精魂を傾ける科学者が増えました。北アメリカの科学者3名によって”世紀の大発見”が成されたのは、10年前のことです。その名もディープラーニング。
アメリカ主導の「AI開拓時代」、中国主導の「AI導入時代」
李開復氏:ディープラーニングとは、ある特定の領域において膨大な量のデータを吸収させて、超人的な正確さで予測や決定ができるようになる技術です。たとえば、ディープラーニング・ネットワークに莫大な数の食べ物の写真を見せたら、食べ物が「ホットドッグ」か「ノーホットドッグ」かを見分けられるようになります。
出典:www.ted.com(会場拍手)
李開復氏:もしくは、高速道路の運転の写真や映像、センサーデータを見せたら、高速道路を人間のように運転できます。もしトランプ大統領のスピーチをすべて見せたらどうなるでしょう。
そうするとこの人工的に”賢い”トランプ大統領は――。
(会場爆笑)
矛盾が面白いんですね?
(会場拍手)
このネットワークがAIに関するスピーチをお願いされたら、”彼”もしくは”これ”は「人工知能でより良い世界をつくるのはすばらしいことだ(It's a great thing to build a better world with Artificial Intelligence)」と言うでしょう。別言語にも対応しています。
(李氏は”AIトランプ大統領”の音声を中国語で再生する)
出典:www.ted.com李開復氏:彼が中国語を話せるとは驚きですね。
(会場笑)
AI開拓時代はディープラーニングを中心に、アメリカ合衆国が先導しています。今、我々は導入期に立たされていて、最も大切なのは「実行、製品品質、スピードとデータ」です。
そこで中国の出番です。私がベンチャーキャピタリストとして投資する中国の起業家たちは大変な努力家で、大層な労働倫理を持っています。
中国の労働倫理・経済成長
私の分娩室での一例は中国人の労働量と比べたら無に等しいです。たとえば、自社のワークライフバランスについて宣伝したいスタートアップ企業がありました。『我々と共に働こう。我々は996だから』。これはどういうことでしょうか? 朝9時から夜9時まで、週6日の労働、という意味です。997の他スタートアップ企業と比べたスローガンです。
激しい競争環境を理由に中国製品の品質は過去十年間、一貫して伸びました。一方、シリコンバレーではとても紳士的な戦いが起きます。まるで攻撃が1ターン制の、昔の戦争のように。
(会場笑)
しかし、中国の競争はまさに死に直結する剣闘士の戦いです。そのような残忍な環境の中、起業家たちは迅速に成長し、品質の向上を光速で行い、難攻不落になるまでビジネスモデルを磨くことを学びます。
結果、WeChatやWeiboのような中国製品は同系統の米製品、FacebookやTwitterよりもほぼ間違いなく上でしょう。
中国市場はこの変化を受け入れ、より速いスピードでの適応とパラダイム・シフトを実現しました。中国へ行けば、現金やクレジットカードをほとんど見かけないことに気づくでしょう。我々がこぞって噂をしているモバイル決済が、中国で実現したためです。
昨年、18.8兆米ドルがモバイル決済で取引されました。支えている技術が、かなり頑強なおかげです。国のGDPさえも凌駕しているのですから。
出典:www.ted.com李開復氏:「なぜモバイル決済がGDPを超えるの?」と疑問を持つかたもいらっしゃるでしょう。それは、卸売りから流通、小売、オンライン、オフライン、ショッピングモールや直売所での取引すべてがモバイル決済で行われているためです。このように。
出典:www.ted.com李開復氏:この技術は、7億人が利用しています。商人だけではなく、一般人も使っていて、取引手数料はほとんどかかりません。取引は一瞬で終わり、どこでも可能です。
そうしてやっと、中国市場が巨大になりました。
市場の肥大化は、ユーザーを増やし、起業家たちの収入を上げ、投資資金を潤わしました。しかしなによりも大切なのは、AIエンジンの燃料となる膨大なデータ量を集める機会を起業家たちに与えたことです。
結果、中国企業は大躍進を遂げました。コンピュータービジョンから音声認識、音声合成、機械翻訳、ドローンまでの分野で一番活躍しているのはどれも中国企業です。
AI時代に消滅する仕事
アメリカ主体の「AI開拓時代」と中国主体の「AI導入時代」が存在します。
これら2つの超大国が協力し、我々は人類史上最も速い技術革命を視認できる、すばらしい時代に生きています。
これは前代未聞の巨額の富を生み出すでしょう。PwC社の調査によれば、2030年までに、グローバルGDPは16兆米ドル増えるそうです。
将来なくなる可能性のある職に、未だかつてない挑戦をもたらすでしょう。職人の作業が分解されて組立ラインとなり、結果的に職を増やした産業化時代とは違い、AIは組立ラインの作業員をすべてロボットに変えてしまいます。
工場作業員に限った話ではありません。運送業者や運転手のみならず、電話セールスやカスタマーサービス、血液学者、放射線科医までもが、この15年で徐々に浸食されていくでしょう。
出典:www.ted.com出典:www.ted.com李開復氏:私も気をつけなければなりませんね(笑)。
安全なのはクリエイティブな仕事だけです。AIに最適化はできても、創造はできませんから。
癌闘病による仕事観の変化
李開復氏:しかし、職の消失よりも深刻なのは、存在意義の喪失です。
産業化時代の労働倫理は、「存在意義は仕事」と考えるように我々を洗脳しました。
そして、私は仕事中毒の考え方を積極的にしていた代表的な被害者の1人です。まさに身を粉にして働きました。
分娩室で妻を置き去りにしかけたのも、そのためです。中国の起業家たちと並んで、朝9時から夜9時まで、週6日で働いたのも、それが理由です。
私が「職」に抱いていた執着心は、ある日突然消えることになります。それは、悪性リンパ腫のステージ4と診断されたときでした。
出典:www.ted.com李開復氏:こちらのPET検査を見れば、悪性腫瘍が20箇所、火の玉のように飛び出ているのがわかります。野心は徐々に溶かされていきました。
しかし、もっと大切なことに、人生を見つめ直すことができたのです。
余命がたった数ヵ月と知った私は、存在意義を労働の量と成果と定義していた自分を馬鹿馬鹿しく思いました。私の優先順位はバラバラでした。家族をほったらかしていたのです。
父親はもう他界してしまい、ついに「愛している」と伝えることはできませんでした。母は痴呆症を患ってしまい、もう私を認識してくれません。そして、子どもたちはもう成長してしまいました。
化学療法の期間、私が読んだのは死の床での遺言や後悔について上梓したブロニー・ウェア氏の著作。死の床で、仕事が足りなかったことを悔いた人はいないことを彼女は発見しました。
後悔するのは、愛する人と十分な時間を過ごせなかったことや、愛情を広めきれなかったことです。
幸運なことに今は、ガンを寛解できています。
(会場拍手)
「存在意義」の再定義
李開復氏:TEDに再び戻ることができたので、生き方を変えたことを報告します。現在の労働量はたった965(週5日9:00~18:00)です――時々996でも働きますが。
私は母親の近くへ引っ越し、妻とともに旅行をするようになりました。子どもたちが休暇の際に帰省しなかったら、こちらから出向くようになりました。
愛がどれほど大切なのかわかったのは新たな生き方を歩んでからです。死に直面したことは私の人生を一変しました。
しかし、もう1つ学んだことがあります。それは、AIの人類と仕事への影響力と、いかに共存できるかについての新たな考え方です。
存在意義は「愛」
AIはルーチンの仕事を奪いますが、ルーチン作業は我々の存在意義ではありません。
我々の存在理由は「愛」です。
生まれたての赤子を抱くとき、一目ぼれをするとき、困っている人を助けるとき、我々は愛を与え、受けることができます。愛こそが、AIと人類を区別するのです。
SF作品がどう描こうとも、私はAIに愛がないことを自信を持って言えます。
AlphaGoが世界チャンピオンの柯潔(コ・ジェ)を打ち破ったとき、柯氏の目からは涙が落ちました。囲碁への敬愛を感じることもできます。対してAlphaGoは、誰かを抱きしめたい気持ちはおろか、勝利の喜びすら感じなかったでしょう。
出典:www.ted.com増えるべき仕事
出典:www.ted.com李開復氏:では、このAI時代に、我々は人類をどう差別化すればいいのでしょうか? クリエイティビティの軸については先ほどお話しました。これが1つの可能性であることは間違いありません。
今、私は「思いやり」や「愛」、「共感」と呼べる軸を紹介いたします。この軸上に存在する仕事はAIには務まりません。
AIがルーチンの仕事を侵食していくにつれて、「思いやり」の仕事をつくり出すべきです。私はそれができると信じています。
あなたは数が知れていると思うでしょう。しかし、質問をさせてください。
この転換を遂げるにはたくさんのソーシャルワーカーが必要だとは思いませんか? より多くの医療サービスを大量の人に届ける「思いやりのある介護士」がたくさん必要だとは思いませんか?
また、新たな世界で子どもたちが生き抜き、繁栄するには、今より10倍の教員が必要だとは思いませんか? そして、新たに得た巨額の富で、高齢者の介護者やホームスクールの教員を含む、「愛」の労働をキャリアにするべきだとは思いませんか?
(会場拍手)
このグラフはまったくもって完璧ではありません。
しかし、我々がAIと共存できる4つの方策を提示してくれています。AIは到来し、ルーチンの仕事を奪い去ります。やがて我々はそれを感謝することでしょう。
AIは科学者や芸術家、ミュージシャンや作家のクリエイティビティを助長する、すばらしいツールになるでしょう。AIは分析ツールとして人類に協力し、思いやりの高い仕事のサポートをしてくれるでしょう。
人体と切り離せない脳や心で可能になる「思いやり」があって、「クリエイティブ」な仕事で、我々はいつだってAIと差別化を図れるようになります。これこそが、人類とAIの共存への青写真です。
出典:www.ted.com李開復氏:AIはセレンディピティです。我々をルーチンの仕事から解放し、我々の存在意義を再確認させるために登場しました。
だからこそ、AIを受け入れ、お互いを愛し合いましょう。
ご清聴ありがとうございました。
(会場拍手)
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