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西田宗千佳のトレンドノート:「2年限定サマータイム」はどれだけ無駄なのか

西田宗千佳

2018/08/06(最終更新日:2018/08/06)


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西田宗千佳のトレンドノート:「2年限定サマータイム」はどれだけ無駄なのか 1番目の画像

 現在政府は、2019年、2020年の2年間のみ「サマータイム」を導入すべく、検討に入っている。理由は、2020年のオリンピックで想定される「猛暑」だ。

 だが、筆者はこれに断固反対する。なぜ反対なのか? それは、我々の生活を支えるITシステムの準備に、非常に大きなコストがかかるからだ。

 ここであらためて、「サマータイムを導入する」とはどういう意味があって、そのためにはどんな準備が必要なのかを考えてみよう。

サマータイムとはなにか

 そもそも「サマータイム」とはなにか? 簡単に言えば、夏場だけ時間をずらして活動することを指す。ご存知の通り、日本では導入されていない。もともとは、緯度が高い国のように日照時間が季節によって大きく変わる場所において、太陽が出ている時間をより有効に活用するために生まれた考え方である。

 別の言い方をすれば、夜の時間を長くして、余暇を有効活用したい、という発想でもあった。例えばヨーロッパの大半の国では、3月最終日曜日から10月の最終日曜日まで、アメリカの大半の州では、3月第2日曜日から11月第1日曜日まで、時間を1時間進ませる。

 それに対し、日本で導入を検討しているのは、酷暑が理由だ。2020年の東京オリンピックが始まる7月24日は真夏。東京パラリンピックが始まる8月25日も、まだ残暑厳しい時期である。

 そこで、6月から8月までの間、時間を2時間進ませる形でサマータイムを導入すれば、競技の開始時間が早まり、暑さを避けることができる……。そういう発想から、2019年に試験運用が行われ、2020年に本格運用がなされ、その後は運用を停止する、という案が浮上、この秋の臨時国会で審議することを前提に、検討が進められているという。

サマータイム導入は「リスクの塊」だ

 はっきりいって、筆者はこの策に反対である。信じられないほどの愚策だ、といってもいい。

 なぜなら、サマータイムをいきなり導入し、2年間が経ったら運用を止める、というのは、大きな混乱と費用負担を我々に強いることになるからである。

 冒頭で述べたように、サマータイムという仕組みは、けっして珍しいものではない。PCやスマートフォンには、地域と日時に応じて「サマータイムを自動的に設定する」仕組みがある。OSのアップデートが必要になるとはいえ、ここにはさほど大きな問題はなく、個人が使う機械では「そこそこの大変さ」で済む。

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macOSの時計設定画面。地域を見て、サマータイムを自動設定する機能はすでに備わっている

 だが、世の中にはそうした配慮を行っていないシステムの方がたくさんある。日本国内で使われている企業内システムは、当然のことながら、日本国外で使うことを前提としていない。要は、「使われている場所はすべて時差がなく、サマータイムのようなものはない」という想定で動いているのだ。

 例えば工場の機械。動作時間や動作状況が記録される仕組みになっているが、その軸にあるのは「時間」だ。これまでは日本標準時というひとつの時間帯しか想定する必要はなかったが、サマータイムが導入されると、それを考慮する必要が出てくる。

 一番確実な仕組みは、時間の情報に加え、記録されているのが「日本標準時」なのか「日本のサマータイム」なのかを識別する情報を加えることだ。こうすれば、データを読む時に間違えずに読み出すことで対応ができる。世界標準時+地域、という形でもいい。

 ただ、そうした手を採れないシステムもある。その場合には、サマータイムの時だけ記録する時間をずらしたり、西暦と日付をてがかりに、記録されたデータを集計したり人間がチェックしたりする場合のみ、サマータイムの実施を勘案して表示・集計を行う仕組みを導入することになる。

 どちらにしろ、これまではなかった仕組みが必要になり、その開発と検証にはコストがかかる。それが、日本中の「あらゆるシステム」で発生する。銀行や大手流通などの大企業はまだしも、中小企業にとっては軽い負担ではない。

「自分達がわかればいいのだから、なんとか時計を読み替えていこう」

 世の中、そう簡単にはいかない。他人に渡したデータがサマータイムを想定していないものだと、渡した相手に迷惑がかかる。最悪の場合、「本来は想定していない時間帯になにかが記録されている」ことになり、システムにトラブルが起きる可能性が出る。この種の「想定しないデータによるトラブル」はけっこう面倒だ。よく「システムの脆弱性を突かれてハッカーに攻撃された」という話があるが、その大半は、「想定しないデータを読ませる、動作させる」ことで起きる。だから、こうした「事件」が起きると、検証は必須である。

 そもそも2019年には、すでに大きな「変更」が待っている。新たな元号への「改元」だ。改元は2019年5月1日からであり、さらに、新元号はまだ公開されていない。改元に基づくシステム変更の確認・検証はギリギリまで続くことになるが、そこにサマータイムも導入……ということになれば、手間は二重・三重に大変なものとなる。

 しかも「2年限定でサマータイムを導入する」ということは、オリンピックが終わった後に、元に戻すことを想定したシステムを組まねばならない、ということでもある。その分、当然リスクもコストも高くなる。

 また、後にデータを活用する場合にも、「2019年と2020年だけはサマータイムを勘案して処理しなくてはならない」という例外処理をずっと押しつける結果になる。そのコストは、産業界はもちろん、学術研究などにも影響しつづける。

サマータイム=避暑ではない!スケジュール変更こそが本質だ

 そもそも、である。

 ヨーロッパでサマータイムが導入されたのは「避暑のため」ではない。比較的緯度が高いため、夏場に長くなる日照時間を有効活用するために、朝を早くして夜の余暇に活動できる時間を長くしよう……という発想からだ。

 実は、暑さを避けるためにサマータイムを導入する国や地域は非常に少ない。低緯度・赤道に近い国々は酷暑だがサマータイムを導入しておらず、ほとんどの州がサマータイムを導入するアメリカでも、常夏のハワイはサマータイムを導入していない。また、サマータイムで朝を早くしても、結局昼の酷暑が存在することには変わりは無い。

 サマータイムには、強制的に生活時間帯を前倒しにする効果がある。そのことには、それなりの意味があるだろう。これまでにも、日本でのサマータイム導入議論は存在しており、それらの論拠はすべて「日本全体での活動サイクルを変更することによる、プラスの価値」に目を向けたものだ。そのことには議論の余地があり、筆者も単純に反対はしない。

 だが、「オリンピックのために2年だけ導入」には大反対だ。そもそも根本的な解決ではない上に、前出のように、導入にはコストもリスクもある。しかも、2年後には元に戻すということになると、また「元に戻すコスト」が生まれる。そのコストは、まったくの無駄だ。

 オリンピックは確かに大事な行事だろう。だが、国民に「無理を押しつける」ものではない。世界の人々も、それを望まないだろう。副作用を考えると、これ以上ないくらい「本末転倒」である。

 だいたい、競技時間や活動時間を早くしたいなら、別にサマータイムはいらない。単に「はやく活動を始めるよう、スケジュールを組む」だけでいいのだ。オリンピック運営に携わる人々は、子供の頃、「夏休みは朝のうちに宿題をしよう」と言われたことを憶えていないのだろうか。


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