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アカデミー賞レース第3弾「ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男」

清藤秀人

2018/01/31(最終更新日:2018/01/31)


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アカデミー賞レース第3弾「ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男」 1番目の画像

 アカデミー賞(R)は実録ものが大好き。中でも、戦争を独自の視点で検証した作品は特にオスカー・フレンドリーで、過去に「アラビアのロレンス」(1962年、第1次大戦)「プラトーン」(1986年、ベトナム戦争)、「ハート・ロッカー」(2008年、イラク戦争)と、各時代ごとに戦争の時代と、関わった人物の内面に迫った傑作が作品賞に輝いてきた。

 女優たちの反セクハラ、性差別撤退運動の影に隠れがちな今年のオスカーレースだが、それでもしっかり2本の戦争映画が作品賞候補に名を連ねている。

 1本は戦場のリアルを地べたにへばり付いて捉えた画期的な映像が注目された「ダンケルク」、もう1本は偶然か否か、同じダンケルクが物語の重要な要素として登場する「ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男」だ。

伝説の宰相は失策の悪夢を引き摺っていた!

アカデミー賞レース第3弾「ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男」 2番目の画像

 ウィンストン・チャーチル。第1次大戦から第2次大戦、そして、戦後の冷戦時代にかけて最も影響を与えたイギリスの宰相。

 見た目はキューピーみたいなベビーフェイスで葉巻党。勇気と決断の人。国民の人気は絶大。ダンケルク救出作戦とノルマンディー上陸作戦の先導者。1945年2月のヤルタ会談で日独敗戦を前提にした戦後世界の構築を協議したVIPの一人……etc。

 チャーチルに対して僕たちが持つイメージはこんなところだろうか。

 しかし、この映画はチャーチルに対する大方の固定観念を、冒頭から少しずつだが崩しにかかる。

 1940年の第2次大戦初期、ナチス・ドイツによってイギリスが侵略されようとしていた頃、ヒトラーに対して穏健な政策で対処しようとする前首相に代わり、国王から後任に指名されたチャーチルだったが、議会はその人事を冷ややかな目で見つめている。

 なぜなら、チャーチルには第1次大戦の“ガリポリの戦い”でオスマン帝国軍の執拗な抵抗に遭い、あえなく撤退を余儀なくされるという失策があったからだ。

 言ってしまえば、チャーチルにはガリポリ以来、“大胆だが肝心な時に失敗する男”という政治家としては致命的なレッテルが貼られていたわけだ。

 首相就任からダンケルクからの徹底と兵士30万人の救出を決断するまでのたった27日間にフォーカスする物語は、そんなチャーチルが迷いながらも信念に従い、国家をあるべき方向に導いていこうとする葛藤と苦闘の時間に密着する。

さらに、学生時代は落ちこぼれだった?

アカデミー賞レース第3弾「ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男」 3番目の画像

 朝風呂を浴び、その際露出した下半身を人前で隠そうともせず、朝食からスコッチを、昼食ではシャンパンを嗜み、葉巻は週100本吸うほどのチェーンスモーカーで(それでも90歳まで生きた!)、ついでに言うと、学生時代は成績不振でクラスでは嫌われ者の落ちこぼれだったチャーチル。そんな彼が、生来の頑固一徹な性格と決断力で、戦争の時代に希望の火を灯すことになる。

 政治家とは、リーダーとは(上司とは)、過去の失策や学歴ではなく、趣味や性癖云々でもなく、今、何をすべきかを即断する勇気を持たなければならない。それがウィンストン・チャーチルの27日間からははっきりと伝わって来るのだ。

決断力でイギリスを鼓舞する!

 骨格も肉付きもチャーチルとは正反対の2枚目俳優、ゲイリー・オールドマンが、日本人アーティスト、辻一弘によるやたら凝ったメイクと役作りで冒頭から飛ばしまくる。さては、またもオスカー狙いの実物なりきり演技か?と思いきや、オールドマンのチャーチルは本物を知る世代と知らない世代を、ほぼ同時に、見た目より内面の魅力で虜にしていく。

 特に、ヒトラーに屈しないと決めた自らの決断が正しいかどうかを確かめるため、わざわざ地下鉄に乗り込んで民衆の声に耳を傾けるシーンでの、まるですがるような眼差し、真剣な表情は、親しみやすくて泣けてくる。そこには、今話題のポピュリズム=大衆迎合主義とは違う、政治家と民衆のボーダレスな関係が見事に象徴されている。

 困った時には国民の声を聞け!どこかの国の政治家たちにも聞かせてやりたい政治の基本が、宰相と呼ばれた男の言動に描き込まれた、戦争の時代を生きた偉人の物語。今年のアカデミー賞候補作の中でも、我々日本人にとってもこれほど切実な作品はない。

アカデミー賞受賞期待度(★5つ評価):★★★☆☆

アカデミー賞レース第3弾「ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男」 4番目の画像

【作品情報】
「ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男」
3月30日(金)より、TOHOシネマズシャンテほか全国ロードショー
公式サイト:https://www.churchill-movie.jp/
監督:ジョー・ライト
出演:ゲイリー・オールドマン、クリスティン・スコット・トーマス、リリー・ジェームズほか
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