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元Evernoteトップが目指す「失敗に負けない日本のスタートアップ企業」

西田宗千佳

2017/07/26(最終更新日:2017/07/26)


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起業支援スタジオである「All Turtles」を始める、フィル・リービン氏(左)。右は、日本でのパートナーである、デジタルガレージCEOの林郁氏。
 Evernoteの創業者で元同社CEOであるフィル・リービン氏が、スタートアップ企業支援スタジオである「All Turtles」社を立ち上げた。

 すでにサンフランシスコで業務を開始しているが、東京にもこの秋オフィスを開設、2018年1月から、パートナーの募集を開始する。7月24日には、一部メディア関係者を集め、その事業概要を説明する場が設けられた。

 日本は「スタートアップ企業に厳しい国」と思われている。テクノロジー系企業を始めるならシリコンバレーのあるサンフランシスコに……というイメージは強い。パートナーを求めてシリコンバレーに行く日本の大企業も多い。

 だが、リービン氏はそれを否定する。シリコンバレー型の起業システムこそが問題であり、そのアンチテーゼとして作られたのがAll Turtlesだ。そして、同社がサンフランシスコ・パリと並んで、最初の拠点に日本を選んだ理由は、彼の理念と、彼が体験したあるエピソードにあった。

壊れたマグカップと「金継ぎ」の思い出

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壊れたマグカップ。完全にバラバラだ。
 2015年、リービン氏はEvernoteのCEO職を辞した。同社の企業体質を一新し、より成長するための体制を整えるためだ。

 リービン氏はその後、新しいビジネスを始めるため、サンフランシスコにオフィスを開く。Evernote時代からの荷物を整理中、段ボールが不意にあるものに触れ、床に落ちた。床に落ちたのはマグカップだった。床にたたきつけられ、当然、粉々だ。

 そのマグカップは、8ドルで買った安物だった。どこにでも売っているものだ。だが、リービン氏にとっては非常に思い入れのあるものだった。

 彼がマグカップを買ったのは、2010年のこと。Evernoteを成長させていく中で、「社員50人の会社でいるか、数年の間に100人を超える会社へと変わるべきか」の決断を迫られた頃だった。ご存じの通り、リービン氏は後者を選んだ。Evernoteは2億人の利用者を抱える世界的なサービスに育ち、社員数は450人にまで大きくなった。

 彼はAmazonへアクセスし、記念にマグカップを買った。「スターウォーズ・帝国の逆襲」をテーマにしたマグカップだ。何の変哲もないマグカップだったが、彼は社内のミーティングでも、取材でもそのマグカップを使い続けた。彼の中でこのマグカップは、「会社を大きく成長させるCEOになる」という決意の印だったからだ。
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「帝国の逆襲」マグカップは、リービン氏のお気に入りであり、密かな「決意表明」だった。取材写真などでもこのマグカップを使っている様子が残っている。
 だが、Evernoteを離れた時、そのマグカップは砕けた。思い出の品だが、いつかは壊れる。

「私はロシア出身なのですが、ロシアには『壊れたカップは元に戻せない』ということわざがあります。その通りだな……と思ったので、かけらを集めて袋に入れ、しまっておきました」(リービン氏)

 そんな気持ちが変わる日がやってくる。友人の起業家である山寺純氏から、「金継ぎ」という技法を教えられたのだ。

 金継ぎは、壊れた茶器を復元する手法である。割れた茶器を金でつなぎ、割れ目も活かして新しい茶器として生まれ変わらせる。
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日本で茶器修復に使われる「金継ぎ」。金によって割れた茶器を継ぎ、あえて割れ目を見せることで新しい作品に生まれ変わらせる。
「金継ぎでは、『壊れたカップは元に戻せない』のではなく、新しい価値を持つものに生まれ変わります。私は衝撃を受けました」

 リービン氏はそう語る。

「スタートアップ企業も同じではないでしょうか。失敗したら終わりではありません。失敗は基盤であり、そこから学べばいい。進歩すればかならず良いものになります。私はEvernoteでいくつも失敗しましたが、そこで必ず学びを得ました。『丈夫である』ことが重要なのではなく、『反・脆さ(anti-fragility)』が大切。壊れてもいいけれど、壊れることを前提に会社を作ることが重要なのです」
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金継ぎから得た教訓。スタートアップは失敗しても終わりではなく、そこから学べる。壊れることを前提に成長する「反・脆さ(anti-fragility)」が重要だ。
 スタートアップ支援を新しいビジネスとすることを決めていたリービン氏にとって、この気づきは非常に大きなものだった。

「日本のスタートアップ企業は失敗を恐れます。しかし、金継ぎの文化を生んだ日本のスタートアップが失敗を恐れるのはおかしい」

 金継ぎのように、失敗しつつも新しい価値を産んで、最後には製品を世に出す会社になることをサポートするのが、リービン氏が率いるAll Turtlesの仕事である。

 ちなみに、彼の大事なマグカップは、福島県会津若松の職人・井上俊介氏が2ヶ月半の時間をかけて見事に「金継ぎ」し、新しいマグカップとして、彼の新しい相棒になっている。
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リービン氏の「帝国の逆襲」マグカップは職人の手によって見事に「金継ぎ」され、ふたたびリービン氏と共に活躍している。

シリコンバレーとは違う「プロダクト化支援」のあり方を模索

 リービン氏がAll Turtlesで目指すのはなにか? 一言でいえば「シリコンバレー型の大型スタートアップではないやり方」だ。

「何百万ドルものビジネスにならないと投資ができず、クリエイターがCEOとしての仕事をせねばならず、どの国にいるかでイノベーションの幅が制限される……という過去のやり方には限界がある」
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大規模で起業家を無理矢理経営に縛りつけ、シリコンバレー以外での成功を目指すのが難しい「シリコンバレーモデル」を否定。
 そうリービン氏はいう。Evernoteは大きな成功を実現したスタートアップ企業だったが、それとはまた別のやり方を支援する方法があるのではないか……ということだ。

 具体的には、「小さなビジネス規模でも、実用性や市場価値があるなら投資して世に製品を出せる」「クリエイターはクリエイターのまま、仕事を行うことができて、経営に関わる部分はプロに任せることができる」「シリコンバレー以外の場所、東京やパリでもイノベーションを成功させられる」という狙いである。

 大企業はプロの集団だが、現状維持の方向性が強い。政府は現状維持であり、しかも特定分野へのプロの能力に欠ける。従来のスタートアップ企業は、新しい可能性を狙うことには長けているものの、経営の経験も少なく小さな規模であるだけに、会社経営についてはプロと言い難い部分がある。
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大企業・政府・既存スタートアップを図で説明。All Turtlesは右上、「プロが新しい市場を開拓する」領域を狙う。
「プロダクトを出す時には、法務や人事など、直接はプロダクトに関係ないことも必要。実際、過去私に向けられた質問の99%は、直接プロダクトに関わらないものでした。スタートアップ企業の失敗のほとんどは、プロダクトそのものでなく、それ以外で起きます」

 リービン氏はそう断言する。筆者も多数のスタートアップ企業を取材してきたが、この意見に賛成だ。量産のために他の企業と契約する際のトラブルや人員不足、事務処理の非効率さや販売のための慣習への対応など、大量の「地雷」が企業を待っている。

 All Turtlesでは、そうした「プロダクト以外の部分」の機能をレイヤー化し、パートナーとなるスタートアップ企業に提供することでビジネスを加速する。プロダクトが出る前に死んでしまう優れたアイデアを持つ人々を、コンパクトかつ短期間で支援することで、失敗に強く、プロダクトが世に出る企業」を増やすのが狙いだ。

 こうした支援のあり方は、ハリウッドの比較的新しい企業ではうまくいっている。AmazonやNetflixなどにドラマを供給するスタジオと資本提供の関係は、経営のプロが必要な部分とコンテンツ制作に必要な部分をレイヤーに分け、それぞれで作業を最適化・コラボレーションすることで成り立っている。All Turtlesは、テクノロジービジネスでその領域を狙う。

 日本ではデジタルガレージと資本提携、同社をパートナーとしてビジネスを展開する。今年秋までに東京オフィスを新設、2018年1月1日からパートナーの募集を開始した上で、同4月1日より、5つのチームでプロダクト作りを開始する。
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日本でのビジネススケジュール。秋には東京オフィスを開設し、来春4月より、5つのチームを動かす。
 コアになるテーマは「AI」。

「2007年にEvernoteを始めた時は、モバイルが『次に来るプロダクトのカギになるもの』でした。今のAIは、当時のモバイルと同じ意味合いを持ちます。まずはAIを切り口に、様々なプロダクトが世に出て行くことを支援したい」とリービン氏は言う。

 サンフランシスコでは、すでに11のチームが動いている。日本でも同じように、チームが活発に動きだせるよう、現在、基盤作りが進められている。リービン氏は、日本のスタートアップシーンそのものを「金継ぎ」しようとしているのである。

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