1. THE ORIGIN|4K対応テレビが即完売! 驚安の殿堂ドン・キホーテの幕開けにフォーカス

THE ORIGIN|4K対応テレビが即完売! 驚安の殿堂ドン・キホーテの幕開けにフォーカス

 50型4Kテレビ、5万4,800円(税別)。

 相場の半額ほどの値段で売り出されたドン・キホーテの“驚安(キョウヤス)”50型4Kテレビ。

 限界とも言える価格のテレビは瞬く間にネットで拡散され、用意していた初回生産3,000台は発売からわずか1週間で完売となった。

 驚安の殿堂ドン・キホーテの躍進はこれだけではない。

 7月、JR新宿駅東南口から徒歩1分の場所に駅近2店目となる新店舗を構えたり、同社の大型店「MEGAドン・キホーテ」を沖縄県名護市にオープンしたりと、店舗数拡大にも精を出している。

 話題になっている企業やサービス、商品の起源を追う「THE ORIGIN」の第1弾では、成長し続ける日本最大級の総合ディスカウントストア「ドン・キホーテ」の起源に注目したい。

次々増える店舗数。現在はグループ総店舗数370店

 乗降者数が都内でも随一の新宿駅の駅前に出店、沖縄県にも新店舗を出店と、店舗拡大の勢いを落とさないドンキホーテホールディングス

 実はドン・キホーテ以外にも、ピカソ、MEGAドン・キホーテ、長崎屋など、様々な業態が存在する。

 それら全てを含めたグループの総店舗数は7月末時点で370店舗。

 2013年時点では約250店舗だったが、4年後の現時点で370店舗にまで拡大。4年間で100店舗以上増やしている。

 営業利益も順調に増加。既存店の順調な売上増と積極的な新規出店が功を奏したようだ。

 増収の要因としてその他に考えられるのは、訪日外国人の買い物による「インバウンド消費」。

 都内の大型店に行くと、中国や韓国、東南アジアからの観光客だけでなく欧米系の訪日外国人たちも多く見られる。

 私が日本酒を買いに都内の大型店を訪れた際も、欧米系の外国人の方がグループで買い物を楽しんでいたことから、訪日外国人の増加が増収の追い風になったことは容易に想像できる。

苦戦が続くイオン、アリオ。ドンキ連続増益のワケは“安さ”へのこだわり

 店舗数を順調に伸ばし、利益を伸ばし続けているドン・キホーテの傍らで、苦戦を強いられているのがアリオやイオンといった大手GMS(General Merchandise Store)。

 総合スーパー事業が不振のイオンは、平成28年3〜11月期連結決算で2年連続最終赤字。

 アリオやイトーヨーカ堂を全国展開するセブン&アイ・ホールディングスも最終減益と、小売業の不調は現実の数字として浮かび上がっている。

 そんな中でドン・キホーテが好調なのは、「徹底的に安さにこだわる」という姿勢だと考えられる。

 ユニクロやguといったファストファッションが、女性誌の特集ワードとして誌面を大きく飾ったり、「お、ねだん以上。」のキャッチフレーズでお馴染みの家具雑貨専門店ニトリのグッズがテレビで特集されたりなど、消費者は「値段」「品質」どちらにもシビアになっている。

 「安くて品のいいもの」こそが正義——そんな空気感の中、ドン・キホーテは初期投資を抑えるために居抜き出店、現場への権限委託による独自仕入れなどによって地域最安値にこだわった。

 消費者にとっての安さも大切だが、企業側にとっての「安さ」も会社を続けていくためには必要不可欠だということが伺える。

ドンキの起源は創業者・安田隆夫の大学時代にあった?

 順調に業績を伸ばし続ける、驚安の殿堂ドン・キホーテの始まりは1989年。

 同年3月、東京都府中市に「ドン・キホーテ府中店」をオープンしたのがスタートだった。

ドン・キホーテを一代で築き上げた男の退任

 2015年、ドン・キホーテのトップの座から退いた男がいた。

 彼の名前は「安田隆夫(※正式には「隆」の「生」上部に「一」がついた旧字体)」。

 ドン・キホーテを一代で小売業界のトップにまで引き上げた同社の創業者だ。

 安田氏の著書『安売り王一代』によると、ドン・キホーテの起源を語る上で欠かせない同氏のターニングポイントとなったのが「大学時代」と「泥棒市場」の2つだ。

ビジネス人生の原点は「ごく私的な情念と決意だった」

 安田氏がドン・キホーテを創業しようとしたきっかけを探ると、大学時代にまで遡る。

 彼は猛勉強の末に東京の名門大学に入学するものの、上京したての垢抜けない自分と、垢抜けた育ちのいい同級生を見比べて、劣等感と嫉妬に苛まれたそうだ。

 そこからは、彼の生来の“負けず嫌い”を発揮して「同級生たちのような人の下で働く人間にはなりたくない」「起業して、いつか見返すぞ」と、決意。

 私的な情念と決意が、「ドン・キホーテ」という大きな会社の起源となったと言っても過言ではない。

今日のドン・キホーテの姿は「泥棒市場」にあり!

 1978年、安田氏が全財産をかけて始めたわずか18坪の雑貨店「泥棒市場」に、ドン・キホーテのビジネススタイルでもある「圧縮陳列」「手書きPOP」「深夜営業」の起源がある。

 「廃番品、サンプル、返品商品、傷物」などの色んな“訳あり商品”を安く仕入れ、たくさんの商品を圧縮陳列した店内は「泥棒市場」というネーミング通りの様相になった。

 その他にも安田氏の工夫は続く。

 「もしかしたら書けないかもしれないボールペン」と、手書きPOP付きで商品を紹介したりすることでお客の興味を引くことに成功。

 また、閉店後の夜中に「まだやってますか?」と聞いて入店するお客はアルコールが入っている人が多く、昼間に訪れる主婦層とはまるで客層が違うことに気づいた安田氏は深夜営業をスタート。

 ドン・キホーテの深夜営業スタイルも、ここに起源があるようだ。

ドン・キホーテ創業の背景にあった「卸売」の成功

 紆余曲折あって成功した泥棒市場は、1人で仕入れて、陳列して、率先して販売して……という状態が続くのみ。

 大きな企業の経営者になるという夢を目指していた安田氏は、現状では単独の繁盛店どまりで多店舗化は難しいと考え、思い切って「泥棒市場」を他人に譲渡し、新たに卸売の会社「リーダー」を設立した。

 効率的な電話営業で業績をぐんぐん上げた新会社は、設立数年で年商約50億円の関東最大級の現金問屋に成長。

 その後、安田氏は泥棒市場で培った安売りのノウハウ、リーダーで培った資金力と商品力を持って、再び小売業界に参入し「ドン・キホーテ」をスタートさせたのだ。

府中をスタート地点に選んだ理由は「絶好のロケーション」だったから

 スペインの文豪・セルバンテスの名作「ドン・キホーテ」。

 その名を冠した店名には、痩せた馬に跨って理想に燃えて風車に突進する物語の主人公のように、流通業界という巨大な風車相手に常識などを打ち破りながら孤軍奮闘して、自らの理想のもと突き進もう!という意気込みが込められている。

 そんな想いのもと、ドン・キホーテの1号店となる府中店がオープンした。

 何故1号店の出店を府中にしたのかというと、その理由は「立地がよかったから」というもの。

 安田氏の出店の基準は「150坪以下の平屋店舗の建築が可能、首都圏の基幹ロードサイト、道路からの視認性がいい、1日あたりの車通行量が20,000台以上、50台程度が駐車できるスペースの確保」。

 かなり厳しい基準で出店地を探した結果、その条件を満たした物件が「府中1号店」だったのだ。

 「ビッグな経営者になって(大学の同級生たちを)見返してやる!」——そんな大学時代の決意を起点に、エラーを繰り返しながらも挑戦していった経験こそが「ドン・キホーテの起源(オリジン)」だったのだ。

発売から1週間で3,000台完売した50型4K対応テレビ!

 今回話題になった「50型4Kテレビ」を製造しようとした背景には、徹底した「価格へのこだわり」があった。

 “驚安の殿堂”を掲げるドン・キホーテを利用するお客のニーズに合わせて、「4K液晶テレビ」の価格破壊を目指して商品を開発。

 その結果として「50型4Kテレビ 54,800円」という、“驚安”な価格を実現することができたのだ。

 3,000台を初回生産した同社は、初月販売目標は「2,000台」だったそうだ。

 想像を上回る反響を呼び、発売から1週間で完売した50型4Kテレビは、7月14日(金)の1,400台追加導入で生産終了。

 ドン・キホーテの担当者は「50型4Kテレビは現在企画段階ではありますが、前向きに検討しておりますので、ご期待いただければと思います」と回答した。

 今回の追加導入で購入を逃してしまった方も、まだまだチャンスがありそうだ。

話題に事欠かないドンキの次なる展望は?

 4Kテレビの発売、新規出店と、話題に事欠かないドン・キホーテは今後も地域のお客が利用しやすい店舗づくりを心がけながら、2020年までにグループ合計「500店舗」を目指しているようだ。

 国内だけでなく、海外にも出店することを想定しているドン・キホーテ。

  流通業界という大きな風車に向かって突き進んでいった英雄・安田氏が勇退した後も、ドン・キホーテの挑戦は止まらない。

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