1. 【書き起こし】米有名コメディアンが卒業式で学生に語った胸熱スピーチ「本当の成功」について

【書き起こし】米有名コメディアンが卒業式で学生に語った胸熱スピーチ「本当の成功」について

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by Eva Rinaldi Celebrity and Live Music Photographer
 2017年、有名コメディアンであるウィル・フェレル氏は南カリフォルニア大学(以下USC)の卒業式スピーチを行った。ユーモアを交えながら贈った若者たちへのメッセージは、とても印象的。

 彼が語る「自身のキャリア」「本当の成功」「自分を信じること」を書き起していこう。

「結果に支配されず、自身の探求過程を楽しみなさい」


U(SC)! U(SC)! U(SC)! ありがとう。ありがとう。

USC2017年卒のみなさんに卒業式スピーチを贈れることを光栄に思います。

(会場拍手)

卒業生のみなさん、あたたかく迎え入れてくれてありがとう。また、「ウィル・フェレルだって? なんであいつが? ウィル・フェレルは嫌いだね。彼の映画も嫌いだし。低俗なやつだよ。まぁ、直接見るとイケメンだ。彼、痩せた?」と言っているご両親たちにお詫びを申し上げたい。

ついでながら、僕が痩せたことは世間で話題になっている。

(会場爆笑)

本日、私は名誉博士号を授かりました。学長である、マックス・ニキアス氏に感謝を述べたい。尊敬する名誉博士陣の中に、僕がいる。『アダルト♂スクール(2003)』でモントローズの市街を裸で駆け回った人物、それがウィル・フェレルという男だ。

『タラデガ・ナイト オーバルの狼(2006)』では、下着とレーシング・ヘルメットで走り回るリッキー・ボビーを演じたりもした。エルフタイツで走り回り、落ちたガムを食べ、カウベルを叩いたこともある。

(会場拍手)

偉業を成し、同じく名誉博士号を授かったみなさんは、我々が対等であると思ってくれるだろう。

(会場爆笑)

(中略)

大学生に向けた正式な卒業式スピーチはこれが初めてだけど、「初めての卒業式スピーチ」ではない。

過去に僕が話をした施設はブライマン養護学校、デブリー工業学校、デビー・デューソン指定自動車教習所、フェニックス大学、ハリウッドDJ専門学校、トランプ(大統領)大学。

トランプ大学からは支払いを待っている状態なんだけど、実際のところトランプ大学で話せた名誉として、僕がお金を支払わなければいけないことが判明した。

(会場笑)

君たちは、2017年に卒業する生徒たちだ。さまざまな統計分析による判断で、君らはこの大学史上最強のクラスであることがわかった。君たち一人一人が、様々な分野で史上最高の成果を出したんだ。4人の生徒を除いてな! 誰のことを言っているかわかるだろ? 起立してもらえると大変助かる。

(会場爆笑・生徒もノって立ち上がる)

1人、2人、3人…20人はいるな。正直でよろしい。

僕が卒業式スピーチをするのは“超意外”なことだと思う。大学1年生のころの僕を訪ねて、「ウィル・フェレル、君は2017年に南カリフォルニア大学で卒業式スピーチを届けることになる」と伝えたら、きっと泣いて喜んでいた。

そして未来から来たその人に「それは僕が大学を卒業したということ?」と聞き、「そうだ」と言われる。

「他に将来について何か教えてよ」と言うと、未来人は「この大学の卒業生で一番有名人になるだろう。君はカニエ・ウェストからリル・ウェイン、ドレイクまでのラップ曲に登場するだろう。ナズ(ラッパー)は『猫用の精神安定剤を服用したウィル・フェレルの様にクレイジーな曲をくれよ』って求めているんだ」と言う。

(会場爆笑)

(中略)

ウィル・フェレルのキャリア

もし僕がその話を聞いていたら、耳を疑う。僕は1990年にスポーツ・インフォーメーションの学士を得て大学を卒業することになる。

そう、あのスポーツ・インフォーメーション(学科)だ。この学科は卒業するのが難しすぎて、僕が卒業した8年後になくなった。この学位を持つ人は、エリートに違いない。僕らはUSCのネイビーシールズ(アメリカ海軍の特殊部隊)なんだ。

卒業した人は少なく、中退率も高かった。僕は卒業してすぐに、ESPN社の内定を得たんだっけ? 違う。僕はすぐに実家のカリフォルニア州アーバインに帰った。とてもすごいサクセス・ストーリーだろ? 加えると、僕は2年間実家にいた。そして僕は理解のある母親をもって幸せだった。母が僕を実家に戻らせてくれたんだ。

(会場母親へ拍手)

彼女は僕がスポーツ中継に興味を持ちながらも、心が別のことを求めていることを認識していた。それが、「コメディー」だ。この旅路への種はこのキャンパスに植えられている。

このキャンパスは僕にとって劇場や研究所だ。暇さえあれば友だちを笑わせようとしていた。僕は時間をとれる人類視聴覚学科でバイトをしていたんだ。僕が急にどっか行っても、バレやしないところだった。

(会場笑)

友だちが近場で講義を受けていると知ったら、バイト先を出て、講義を妨害したもんだ。仲のいい友人のエーミルは——彼も今日出席している——ある日僕に、「講義を妨害しててほしい」と頼んできた。僕は清掃員の作業服を急いで調達し、教室に入り、教授に「生徒の吐瀉物の清掃を頼まれた」と伝えたんだ。本当の話だよ。

エーミルは僕に、その講義の教授がロナルド・ゴッテスマンだったことを伝えなかった。当たり前だけど、すごい人だよ。

清掃員として友人の講義を訪ねた1か月後、キャンパスを歩いていたらそのロナルド・ゴッテスマンに肩をつかまれた。絶対に怒られると思ったんだけど、彼は僕が乱入したのがすごくおもしろかったと感じ、「またやってほしい」と頼んできたんだ。

(会場爆笑)

ゴッテスマン教授に招待され、僕は時々クラスに清掃員として乱入し、彼は喜んで調子を合わせてくれた。ある時、僕は電気ドリルを手に取り、教室の外でつっ立って、ドリルを稼働していた。ゴッテスマン教授は「もしかしたら清掃員の彼が来るかもね」と大声で言って、それを合図と受け取り、教室に入り、クラス全体が大笑いに包まれた。

こんな時、「自分は知らない人にとってもおもしろいのかもしれない」と自信を持てたよ。あの素晴らしい教授は気付いていなかっただろうけど、彼が講義を邪魔するのを許してくれたのは、ばかげていて、変なことをする自分自身を受け入れるのには十分だった。

大学4年で、ザ・グラウンドリングスというコメディー、即興演劇一座に出会った。これは多くのコメディアンを世に出したグループだ。時が経ち、そこは自分を多くのコメディアンとめぐり合わせてくれるホームになった。4年の春学期にその中の1人のショーを見に行き、観客参加のときに、ステージに上がることになる。

緊張と恐れ多さで、僕は一言も発言できなかったよ。でも、そのみじめさや完全な失敗を味わってさえも、ステージに立つことにはわくわくしたんだ。そこでコメディー俳優になりたいと気がついた。

僕はザ・グラウンドリングスやロサンゼルス周辺で授業を受け、コメディーを披露したよ。漫談をやってみたりもした。素晴らしい漫談ではなかったが、知らないお客さんの前に立つくらいのネタを用意したんだ。

USCの友だちを呼んだら、いつも来てくれた。僕のネタのほとんどはスタートレック過去エピソードを基にしており、導入としてスタートレックのオープニング曲を歌ったよ。

(スタートレックのオープニングテーマを歌う、会場笑)

「不安」と「可能な限り努力し続ける」こと

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ありがとう。今思えばおもしろくもないし、ただ変なだけだ。でもそんなことはどうでもよかった。僕はダーツボードに可能な限りのダーツを投げていただけなのだから。いつか当たることを願いながらね。

誤解しないで欲しいんだけど、成功する自信はあまりなかったし、ロサンゼルスに帰った夜、口座に20ドルしかないのを見て「代理教師にならいつだってなれるよな」と思うこともよくあった。僕は不安だったんだ。誰にだって、不安なときはある。僕は今でも不安に思うことはある。

このスピーチを書くときだって不安を抱いていた。そして今、多くの人が僕を見ているのに気付き、怖いよ。僕のことを見ないでくれないか!?

(会場笑)

でも、「失敗する不安」というのは「もしも」の恐怖の巨大さには劣った。「もしも何もしなかったらどうなるんだろう?」というね。

95年春、『サタデー・ナイト・ライブ』のプロデューサーはグラウンドリングスの公演を見に来ていた。計6週間ほどかかった2つの悲惨なオーディションと2回のエグゼクティブプロデューサーとのミーティングの末、95~96年のキャストに採用されたことを伝えられる。

とっても驚いたよ。7シーズン出演していたが、決していいスタートではなかった。最初の出番を見た評論家は、「新しいキャストの中で最もうざい新人」と僕のことを評した。

僕はそんな批評を見た後、オフィスの壁に評論家のコメントを貼った。誰かにとって自分は「うざい」と自分に言い聞かせるためにね。僕のことを面白いと感じない人もいるが、それでいいんだ。

(中略)

その番組を降板するとき、ワシントン・ポスト誌の由緒あるテレビ批評家のトム・シャレス氏が僕のところに来た。

番組をやりきったことを祝ってくれ、僕の序盤の出番を悪く書いたことを謝ってきたんだ。僕は間をおいて「このクソ野郎!」と言った。彼が驚いたのは一目瞭然だった。そして「ただのジョークだよ」と言い、そもそも彼の批評を読んだことがないのを伝える。

本当のことだ。実のことを言うと、批評には耳を傾けなかった。さっきも言ったけど、「恐怖」に直面しつつ、ダーツボードにダーツを放つのに忙しかったからね。サタデー・ナイト・ライブを降板したあと、僕をコメディー・スターとして採用してくれるスタジオはなかったし、1つの映画と台本を書くことしか残っていなかったんだ。

今でも、どうしても欲しい役に落ちることがある。

(中略)

「本当の成功」は美しい妻との結婚だ

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ある人は僕が大きな成功を獲得したように思うかもしれない。それは僕も思う。誤解しないでほしいが、仕事が大好きだし、人を楽しませられることを幸福に思っている。

だが、僕にとっての本当の成功は、美しく聡明な妻、ヴィヴィカとの結婚だ。僕にとっての成功は3人のすばらしい子どもたちに恵まれたこと。成功というのは、大学の同期クレイグ・ポラード——彼自身2度がんを経験している——が創始した、キャンサー・フォー・カレッジ(がん患者への大学奨学金を募る募金団体)に携わっていることだ。彼は私が粗悪なお笑いをしているときも来てくれた。

(会場拍手)

どれだけ陳腐に聞こえようが、自分以外の人間に何かを与えることを学ぶまで、「本当の成功」はつかめていない。他人の気持ちを理解し、優しくすることが真の精神的知能指数なのだから。

これは、僕と妻が子どもたちに教えようとしていることでもある。

(中略)

自分の感覚を信じる

卒業生の中で将来何をしたいかをつかめている人たち、おめでとう。まだ将来何をしたいかわからない人たち、大丈夫だ。僕も同じだった。

「結果を出さなければならない」というプレッシャーに屈服することなく、探求の過程を楽しみなさい。自分の感覚を信じて、ダーツボードにダーツを投げ続けるんだ。批判する人の声に耳を傾けなければ、わかってくるさ。

(会場拍手)

2017年卒の生徒たち、どのような道を辿ったとしても孤独になることはないということを知っておいてほしい。落ち込んだときには、すばらしきUSCの卒業生団体「トロージャンファミリー」のサポートとこれを歌う僕の顔を思い浮かべるんだ。

(ホイットニー・ヒューストン『オールウェイズ・ラブユー』を歌う)

ありがとう! 頑張ってくれ!

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