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西田宗千佳のトレンドノート:「家電メーカー」であることとはなにか

西田宗千佳

2017/10/05(最終更新日:2017/10/05)


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「Q-display 4K50X」
 家電ベンチャーのUPQが騒ぎとなっている。

 同社が2016年8月に発売した4K液晶ディスプレイ「Q-display 4K50」「Q-display 4K50X」および「Q-display 4K65 Limited model 2016/17」が、販売時には「120Hz駆動」を歌いながら、実際には60Hzだったためだ。同社は購入した消費者に対し、返金や返品ではなく、Amazonの商品券2,000円を送付する対応とした。

 非常に重要なスペックの間違いを気づけずに出荷し、しかも1年近くにわたって放置したこと、同じ製品をUPQから仕入れて販売したDMM.comは返金・返品対応であるのにUPQはそうしないことなどが、いわゆる「炎上」案件となっている。

 UPQの対応に、筆者は異論がある。だが、今回書きたいのはそのことではない。

 どうもネットを眺めていると、今回の対応のどこに問題を感じるのか疑問だ、という人と、あのような対応への非難としては生ぬるい、という人が両極端に分かれているように思う。このように反応が分かれるのは、昨今「メーカー」という言葉が指すものがぼんやりとしてきたからではないか、とも思う。

 だから今回は改めて、IT機器や家電が作られ、我々の手に届くまでにどのような経路を経ているかを解説してみたい。それを知ると、今回の問題の本質がもう少しわかりやすくなると思うからだ。

世界の工場・深センとは

 さて質問である。あなたの手元にある機器を「作っている」のはどこだろう? そりゃあメーカーの工場だろう……と思うが、その工場は、そもそもどこにあるのだろう?

 現在のIT機器・家電製品の場合、消費地である日本で生産されているものは減っている。IT機器のほとんどは中国、特に広東省深センの周囲で生産される場合が多い。深センは香港から1時間以内で移動できて、巨大な港湾設備にも隣接しており、物流の面で非常に有利な場所にある。

 iPhoneなどの製造にかかわり、シャープを実質的に傘下に収めたことで知られる鴻海精密工業も、深センに大きな生産拠点を持ち、数万人単位を一気に雇用し、低い人件費を生かして低コストに量産する仕組みを整え、多くの企業から生産を請け負っている。

 現在のスマートフォンはほとんどそうした生産請負企業(俗にEMSと呼ばれる)が実際の生産を担当する。最近は深センへの依存度が減りつつあるのだが、それでも、現在の「世界の工場」は間違いなくこの地域、と言える。

 高付加価値な家電はもちろんだが、スマートフォン用のケースやフィルムなども深センを介して生産・流通するものが多く、街中には問屋も多数存在する。それだけに、街は非常に活気があり、人もお金も集中している。
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中国広東省深セン。世界中の家電が生まれる、世界でもっとも活気ある都市のひとつといっていい。
 余談だが、スマートフォンはパーツ単位で分解され、深センの街中で売られている。中古スマートフォンから回収されたパーツや、生産段階で横流しされたパーツなどがさらに分解され、ディスプレイパネルやセンサー、アンテナなどに分類され、世界各地に売られていく。

 これらはおそらく、メーカーの正規ルートでないスマートフォン修理などで使われるのだろう。生産拠点に近いがゆえの現象ともいえる。
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深センの街中で売られているスマートフォンのパーツ。すべて解体され、丁寧に袋詰めされている。主に修理向けに売られていく。
 iPhoneのような高付加価値な製品は発売元のメーカーが設計し、それをEMSが生産する形であるが、生産する企業側が設計を行い、それを販売する企業が調達する場合もある。これが、俗に「ODM」と呼ばれる生産体系である。

 量産に密着した部分は実際に量産する企業側にノウハウがあることも多く、デザインや仕様などを発注元が指示し、実際の設計はほとんどODM側が行うことも増えている。コスト重視の製品ほどODM側の関与度が大きく、メーカー側は「ODMの用意した設計から、生産するものを選ぶだけ」でいい場合も増えた。

 この場合には、ブランドと商品企画の一部だけを販売メーカーが受け持つわけで、「相手先ブランドによる生産(これがOEMと呼ばれるものだ)」といったほうが適切かもしれない。

 これらの産業が大きくなり、深センで生産を担当する企業が増えるに従い、技術者もこうした地域に集まってきた。いまや生産技術では世界有数の頭脳が集結する街である。ケーブルや扇風機のようにシンプルなものから、テレビにPC、スマートフォンにヘッドホンに電動バイクと、あらゆる製品が深センのEMSで生産され、各企業向けに出荷されている。

 ハードウエアメーカーになろうとする小さな企業は、まず設計したうえで深センなどにあるEMSと協力して量産設計を行い、彼らに量産を委託して製品を世に出す……というプロセスも定着している。クラウドファンディングなどでユニークな製品を世に問う企業は、こうしたプロセスを経て製品を作るのが一般的である。

「メーカー」と「調達」の関係とはなにか

 すなわち、深センを軸に見ると、「メーカー」にはいくつかの形があるのがわかってくる。

 まずはアップルなどに代表される、我々が頭に思い描く「メーカー」。設計は自らがイシニアチブを持ち、EMSと共同で「量産」する。

 次に「スタートアップ」。自分たちが作りたいものはあるが、それを量産設計し、生産までもっていくノウハウはないので、ノウハウを持つ生産委託先と共同で製品を作る。

 そして最後が「調達」。ODM・OEM元から良い製品の提案を受け、販売メーカーのブランドで、販売メーカー側の計画に従って生産し販売する。現在は商品の梱包などもODM側で行えるので、店頭に並ぶ直前まで、販売メーカーが手を下す必要がない場合も多い。あくまで「調達」なので、実は同じような製品が若干のデザインや仕様違いで、多くの企業から販売されるのが特徴でもある。

 もうおわかりの方もいるかと思うが、UPQの例は最後の「調達」にあたる。協力企業から製品を調達し、デザインや色などに若干のカスタマイズを加え、自社ブランドで日本国内での流通・販売を行っていた。UPQが販売する製品とまったく同じものは、海外で別のメーカーから、色違いで売られているものばかりだ。

「それじゃあ何も作っていないのに『メーカー』なのか!」そう思う人もいるだろう。確かにそうなのだが、「作る」行為はもはや意味が拡散していて、ODMからの調達が「メーカーのやることではない」というのは難しい。

 むしろ、世の中にある製品を全体の数でみれば、独自設計されたものより、ある仕様に基づいて「量産された」もののほうが多い。そうしたほうが低価格になるからである。USBケーブルやバッテリーはその最たるものだ。

 そもそも、だ。

 最終的な製品の組み立てや設計はいいとして、その前段階の「パーツ」はどうだろう? 液晶ディスプレイはディスプレイパネルメーカーが作り、CPUやメモリーは半導体メーカーが作り、ディスプレイのカバーガラスはガラスメーカーが作る。滑り止め・汚れ防止の塗料は塗料メーカーの領分だ。

 それらは中国で生産される場合もあるが、むしろ日本や韓国などで作られる場合も多い。それらパーツの設計にまで関与するのは、アップルやサムスン、ソニーなど一部の企業である。パーツを調達し、EMSとともに製品を「調達して」作ることと、出来上がったものを「調達して」売ることの本質的な差はあるのだろうか?

 重要なのは、発注する側がどれだけの意思を込めて製品を「独自性の高いものにする」か、だ。独自性とは、製品のデザインや性能で決まる部分もあるが、パッケージや販売価格や販路で決まる場合もある。

「中国で買ってきたものだからダメだ」といった見方は、少々浅いし一方的な見方だ。

トラブル回避こそがメーカーのノウハウ

 だが、仮に「調達」したものであっても、そこでの企業の関わり方によって、最終的な品質は大きく変わってくる。

 ODMの作るものは常に完璧ではない。むしろ、「なにもしなければ問題が残っている」ことのほうが多い、といってもいい。

 なぜなら、コミュニケーションのミスや低コスト化などの要因により、「発注元の想定していなかった仕様」が紛れ込むことはあるからだ。だから、ほとんどのメーカーはODMに担当者を張り付け、自分たちが思っている通りのものができるかを監視する。納入された製品が想定した仕様通りか、検品・検収するノウハウが必須となる。

 こういう話をすると「中国だからか」と思う人が出てくるだろう。そういう部分もあるのだが、それだけが理由ではない。製品づくりにはかならず「トラブル」「ミス」がつきものだからだ。

 作るものや量によって異なるが、ミスを減らすことはコストダウンと納期短縮に重要だ。クラウドファンディングで提案された製品がなかなか世に出ない……という例は非常に多いのだが、そのほとんどは、量産段階で試作設計との齟齬が生まれ、再設計やパーツ調達で難航するためだ。

 量産が始まったはずなのにトラブルで止まるのも日常茶飯事である。OEM・ODMに丸投げでは、ミスやトラブルの軽減に問題があり、最終的にはそれが品質につながる。そして、そこにどこまでこだわれるかこそが「メーカー」の本質なのだ。

 下の写真は、島根富士通・出雲工場のものである。富士通のPCは基本的にここで作られている。工場を見学するとわかるのは、同社の工場のノウハウの多くが「手間の軽減」と「ミスの排除」である、ということだ。

 日本の労働者の品質は高い、と言われるが、それでも、多数・多品種のPCを組み立てていると仕様の取り違えなどのミスも出る。それをうまくカバーする仕組みを取り入れることで、生産性を上げてコストダウンし、中国などの工場に対する競争力を維持しようとしている。

 VAIOも、長野県安曇野市の工場で、中国生産のPCを全品検品したのちに出荷している。それが品質の安定と低コスト化、ブランド構築につながると判断したためだ。
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島根富士通・出雲工場。工具の場所やパーツを保持する冶具の設計まで、「ミスを減らして競争力を維持する」ために工夫されている。
 過去には「中国で作れば安くなる」と思われていたこともある。だが現在は、ミスの排除や物流コストと時間、量産設計でのコミュニケーションまで含めて評価する流れが主流だ。いまだ深センが有利であることに違いはないが、日本も含めた他の地域で生産する例も増えた。

 VAIOは、長野県安曇野市の生産工場で、ハードウエアスタートアップなどから量産設計と生産委託を受ける事業をスタートしている。ベトナムやタイ、中国の別の地域に南米と、生産拠点は「消費地や製品」に合わせ、拡散をはじめている。



「製品に込める意思」が信頼を作る

 現在は、製品のサイクルが短くなっている。EMS・ODMを活用すれば、小さな規模の企業でも、大企業と同じように製品が作れる。なぜなら、大企業との違いは「生産規模」「ビジネス規模」だけだからだ。大企業には厳しい時代だと思う。

 メーカーとは、作ったものにどれだけ「自分たちの意思を込められるか」で決まる、と筆者は考えている。アップルが高く評価されるのはそれをやっているからだし、ゲーム用周辺機器メーカーの最大手で,最近ではノートPCも手がけるようになったRazerもそうした意思が強い。日本のガジェット系企業は、規模は小さくともそうした「意思」の強いメーカーが多い……と思っている。

 自分たちが思っている通りの製品を出し、それが評価されれば、そのメーカーはブランド価値を上げていく。「意思のこもっていない製品」を「自分たちが作った」と喧伝しても、そこに齟齬があれば、評価は積み重ならない。

 あなたは、どのメーカーから「意思」を感じるだろうか。その意思は、ケーブルひとつからだって感じられるはずだ。

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