1. 「社員が主語」の企業経営論:『ありえないレベルで人を大切にしたら23年連続黒字になった仕組み』

「社員が主語」の企業経営論:『ありえないレベルで人を大切にしたら23年連続黒字になった仕組み』

 「働き方改革」というスローガンは踊っていても、現実はまだまだそれに追いついてはいない。ブラック企業、リストラ、サービス残業、就職難民、男女の雇用格差……。どうもネガティブな単語ばかりが連想される。

 だがここに、23年連続黒字、10年以上離職率ほぼゼロ、女性管理職3割という、にわかには信じられない実績を持つ企業が存在する。それが株式会社日本レーザーだ。本書『ありえないレベルで人を大切にしたら23年連続黒字になった仕組み』は、一度は倒産寸前だった同社を立て直し「ホワイト企業大賞」受賞へと導いた代表取締役社長・近藤宣之氏による経営論である。

崖っぷち体験から復活、超優良企業へ

 日本レーザーは産業用レーザーや光学機器などの輸入・販売を手掛ける企業。もともとは大手電子顕微鏡メーカーの子会社としてスタートし、現在は独立している。年商は約40億円、社員数55名。その55名全員が株主だというユニークな会社だ。

 だが日本レーザーと、代表取締役社長である著者の道のりは苦難の連続であったという。それを、著者は「7つの崖っぷち」として振り返る。

7つの崖っぷち

  • 28歳で親会社の労務執行委員長に推されるも、29歳〜30歳で社員1,000人のリストラに直面
  • 労使問題に奔走する中、28歳で生後3日の双子が病死
  • 米国子会社の副支配人に就任するが現地でもリストラを強いられ、その激務で2度の胃潰瘍と大腸ガンを発症
  • 帰国後も本社で幹部クラスのリストラ交渉を任される
  • 1億8,000万円の債務超過を抱える子会社「日本レーザー」へ出向を命じられる
  • 日本レーザー社長に就任するも、右腕だった常務が部下と独立、人材・商権・顧客を失う
  • 社員のモチベーションを上げるため一念発起、社員全員を株主として独立。だがその際、銀行から6億円の個人保証を求められる
 社員のリストラという苦渋の選択を次々と任され、我が子を失いながらそれを悲しむ余裕も与えられず、自らの肉体も苛み、あげく死に体の子会社を押しつけられる。これで映画の1本もできそうな波瀾万丈の話だが、著者はこれらの体験からひとつの「学び」を得た。それは、

「『人を大切にする経営』の実践こそ、会社を再建・成長させるたったひとつの方法である」

 ということである。

 企業社会の非情さを味わい尽くした著者は、かえって会社が雇用を守ることの重要さを痛感した。筆者は言い切る。「社員のモチベーションが10割」だと。それには、「社長が、社員を大切にする」という考え方では足りない。主語を社員として「社員が、会社から大切にされているという実感を持てる経営」こそが活力を与えるのだ。

 事実、筆者はこの理念のもと、社長就任1年目にして収益を黒字に転換。以降23年連続黒字状態を維持し続け、年商は倒産寸前だったころの4倍に達しているという。

「下位20%」を切らない雇用哲学

 日本レーザーの「人を大切にする経営」の実例として、次のようなものが本書では示されている。
  • トラブルなどの悪い報告ほど笑顔で聞く
  • 「今週の気づき」「今週の頑張り」を社員とメールでやりとりし、全員で共有する
  • 「生涯雇用」を原則とし、70歳まで再雇用の門戸を開く
  • 病気で働けなくなっても給与を切らない
  • ダイバーシティ(雇用の多様性)を重視し、特に女性の働きやすさを追求する
  • 社員が社長に言いたいことをなんでも言える風土を作る
  • 「2-6-2」の下位2割こそが宝
 最後の「2-6-2」について説明しよう。いわゆる「2-6-2」の法則とは、組織全員の構成として、次の3種類に分けられるというものだ。
  • 上位20%(会社を引っ張る20%のリーダー)
  • 中位60%(会社を支える60%の人材)
  • 下位20%(上の80%にもたれかかっている社員)
 この「下位20%」を、日本レーザーは絶対に切らないという。なぜなら、下位とされる社員を安易に切ってしまうことは、残り80%のモチベーションをも低下させるからだ。

 単に意欲がない、ぐうたらだというわけでなくても、人は様々な理由で労働が困難になることがある。身体、あるいは心の病がその例だ。著者は自らも大腸ガンという大病を経験したことから、誰にでも下位20%に落ちる可能性があることを熟知している。それを切れば、全体が不安に陥るということも。

 本書には、ひとりの社員のエピソードが紹介されている。その社員は本書発表当時59歳(現在は60歳で再雇用契約)。病気を患い、現在は腎臓がふたつともない。当然人工透析が必要で、週3回そのために早退し、その翌日も体調を考慮して出社を遅くしている。

 もちろん現在の彼に健康な他の社員と同じ量の仕事はこなせない。だが、そのプライドある仕事姿勢を見込んで、会社は彼に課長を任じた。それはこの社員本人だけでなく、会社で働く他のメンバーにも大きなモチベーションを与えるだろう。

やさしいが決して甘くはない社員育成

 さて、読者の中には、このあまりに理想的なストーリーをいぶかしげに、うさんくさく思う人もいるかもしれない。特にビジネス書にありがちな「社長本人の手になる書籍」ならなおさらだ。だが読んでいくうちに、本書が単なる美談だけで固めたものではないことがわかる。

 誰もが羨む厚遇に思える日本レーザーの社員への姿勢は、裏を返せば社員ひとりひとりのモチベーションの維持、仕事に対する自信、そしてなによりも「責任」を自覚させるためのものだ。会社が社員を守るかわりに、社員は会社を信じる。会社へのある種の「貢献心」「忠誠心」を引き出す最適解として、「人を大切にする経営」はあるのだろう。

 本書によれば、社内では徹底的な業績評価によって全社員が評定される。その結果、年齢や勤続年数に関わらず給料格差が生じる。たとえば英語能力は会社のグローバルな展開において重視され、TOEICのスコアによって評価が変動する。他にも責任感や会社への貢献など、評価基準は多岐に渡る。もしかすると、査定においてはこの会社は「やさしい」どころか他より厳しいのかもしれない。

 だが、それでもなお「離職率ほぼゼロ」を10年以上保っているのは、この評価基準が透明化されており、社員が充分な納得感を共有しているからに他ならない。

 本書で著者は、ハードボイルド作家レイモンド・チャンドラーの名作『プレイバック』から、私立探偵フィリップ・マーロウの有名なセリフを引用している。

「強くなければ生きていけない。やさしくなければ生きていく資格がない」

 強さとやさしさの両立。それは経営においては決して甘いことではない。それを成し遂げるためのヒントが、本書には満ちている。

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