1. 「完璧な準備が相手を動かす」人気化学講師・坂田薫が実践する、伝え方の技術

「完璧な準備が相手を動かす」人気化学講師・坂田薫が実践する、伝え方の技術

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 あなたは自分の考えを的確に伝えられる自信があるだろうか。自分の意図していることを正確に説得力を持って話す――このスキルが企業などの採用試験で試されているのは、働く場で必要な力とされているからだ。

 社会に出てから仕事を円滑に進めていくために重要な「伝える」技術。このスキルを伸ばしていくためには、一体何をすれば良いのだろうか。ライブや映像講義、書籍など、幅広いシーンで日々伝えることを追求している人気化学講師・坂田薫先生に、自身の経験を踏まえ、伝える技術について語ってもらった。

「校舎で一番偉い人とお話ししたい!」予備校に突撃訪問


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――基礎からトップクラスまで様々な講義を担当されているそうですね。著書も3冊ほど出されており、オンライン学習サービス「スタディサプリ」での受講者も含むと、年間数万人の受験生を教えているとか。そもそも、なぜ「伝える仕事」である予備校講師を選んだのでしょうか?

坂田:大学在学中に塾講師のアルバイトをしたことがきっかけです。元々人見知りだったので人前に立つなんて考えられなかったのですが、経験を積む内に自分らしい講義ができるようになりました。人と接することが苦手だった私にとって、大勢の人の前でわかりやすく伝えなければならないこの仕事は、自らをレベルアップさせることができる「適職」だと感じていました。

どのような表現にすればわかりやすいのか、黒板にどう書けば伝わるのか、とにかく必死でした。1コマの講義の準備のために日常生活のほとんどの時間を費やしましたが、この時の頑張りがあったからこそ、今の私があります。

必死に準備した結果うまく伝わった時は、自分の成長が感じられました。自分自身の成長を実感でき、生徒たちも可愛くて、本当に楽しい仕事なんです。こんなに楽しいのなら、例えお金をいただけなくてもやりたいと思えるほど夢中になり、本格的に予備校講師を目指すことにしました。

はじめはどうしたらなれるかもわからなかったので、とにかく行動しましたね。「校舎で一番偉い人とお話したい!」と言って様々な予備校を回り、どうすれば予備校講師になれるのかアドバイスをいただいていました。今思えば若気の至りだったのですが、当時は必死で。そうした経緯を経て、ようやく講師になることができました。

――最初はどのようなことに苦労されましたか?

坂田:希望通りの配属ではなかったことです。講師を始めた当初は化学だけでなく、数学も教えていました。本当は化学を教えることに専念したいと思っていましたし、大勢の人に伝える難しさにも直面していたので、最初は悩みました。

しかし、生徒の満足度など具体的な数値で結果を出せていない内に、「化学に専念したいです!」と言うのは恥ずかしかったんです。結果を出していないのにあれこれ言う人の意見なんて、世の中では聞いてもらえないと思っていました。

だから、まず1年目に数値で結果を出せるように、数学も化学も毎回どのような講義を展開するか、綿密な計画を立てていました。講師には板書計画といって、「講義中に黒板をどう使うか」という計画があるのですが、それも毎回試行錯誤していました。

講義のトライ&エラーを繰り返していく内に、準備を完璧にしておくことに勝るものはないと気づきましたね。事前に何度も頭の中でシミュレーションを繰り返して、「ここの解説に何分かけよう」「これを黒板の右側に書いて、消さずに残しておこう」「ここで雑談を入れよう」などと考えて挑むようになり、講義の質が向上していきました。

こうした積み重ねが2年目でようやく結果として出るようになってから、希望通りの配属が叶いました。

この経験から生徒にも、「まず目の前にあることで結果を出しなさい」と伝えています。例え望まないことでも、全力で向き合って結果を出せばきっと見えてくるものがあると思っています。

突き抜けるための+α。それは、感情を動かすこと

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――坂田先生の講義はエンターテインメントに富んでいると伺いました。そのような講義スタイルを確立されたのはなぜですか?

坂田:生徒に講義の中の大切な部分を理解してもらいやすくするためです。

講義では、生徒の集中力を維持させることが大事だと考えています。しかし、常に集中した状態を維持することはほぼ不可能なので、大切な部分で集中して聞いてもらうために、講義の中にリラックスできる時間を取り入れています。

「今からの内容はリラックスして聞いていい」と言って受験で問われないけど質問を受けることが多い内容を説明をしたり、雑談を始めたり、「今から集中するよ」と言って教室を真剣な雰囲気に戻したり、メリハリをつけています。

「わかりやすい講義をする」ことは、予備校講師ならみんなクリアしています。その中で突き抜けていくには「わかりやすい」に加え、もう一つ何かが必要です。それは、「楽しい」「悲しい」など、感情を刺激することです。「毎週この時間を楽しみにしている」などと言ってもらうためには、ちょっとしたエンターテインメント性も必要だと思っています。

ビジネスパーソンもプレゼンテーションなどで話す機会があると思いますが、相手にリラックスできる瞬間を与え、大切な部分で集中して聞いてもらえるようにすると、「わかりやすく楽しいプレゼンだった」と言ってもらえると思いますよ。

――自分らしく伝えるために、講義で意識していることは何ですか?

坂田:自分なりの表現や言葉で伝えるために、あえて他の方の講義は見ないようにしています。私の場合、他の講義を見てしまうと自分らしさがなくなってしまうんですよね。その代わり、トライ&エラーを繰り返し、わかりやすく伝えるために何が最善なのかアップデートを繰り返しています。

また、予備校ではクラスのレベルが上がれば上がるほど、問題を解くための勉強だけでなく、なぜそうなるかという背景を教える講義にするよう意識しています。深く理解することで、バラバラだった点が線で繋がる瞬間を経験でき、化学がさらに楽しくなると思っています。

――わかりやすく伝えるために工夫していることを教えてください。

坂田:式や文字はできるだけ少なくして、図を多く使うことを意識しています。覚える必要がある内容は、リズムに乗って何度も繰り返し説明するようにしていますね。

新人の頃はうまく説明が伝わらず、質問を受けることも多かったのですが、その度に表現を変えて伝えるようにし、一番伝わった方法を採用してきました。失敗を恐れずに何度も何度も経験し、学ぶことが大切だと感じています。

あとは、やはり「完璧な準備」をして挑むこと。何回も頭の中でシミュレーションを行い、適度な緊張感を持って本番に臨んでいます。

これは予備校講師に限ったことではなく、様々な職業に当てはまることだと思います。私にとっての講義は、ビジネスパーソンにとってのプレゼンテーションの場と同じだと思うのですが、相手が学生でもクライアントでも、伝えるための技術は変わりません。

どんな相手に伝えるのであれ、「完璧な準備」を怠らなければ、自信と余裕がうまれ、説得力のある話し方ができると思っています。

――講義に集中するための秘訣を教えてください。

坂田:教壇に上がる前に、プライベートや仕事におけるマイナスの感情をすべて体から追い出すことです。講義のシミュレーションをする際、イヤホンを使って大音量で音楽を聴いて、楽しむ気持ちやうまくいっているイメージで自分を満たすんです。

学生の頃にアルバイトで教壇に立って以来、仕事前に聴く音楽は変えていません。また、仕事前、仕事後などシーンごとに聴く音楽を決めています。曲が流れると、瞬時に頭が仕事モードに切り替わるんです。

集中して良い講義をするためには、私の精神状態が良いことが大前提です。生徒全員のモチベーションを引き上げるのも講師の仕事ですから。

相手の心を動かすには、「伝えたい!」という強い思いを

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――何かを伝える上で、一番大切なことを教えてください。

坂田:伝えたい物事に対する強い思いがあることだと考えています。私の場合は「化学が大好き!」という気持ちです。

私は今、大の化学好きですが、実はもともと化学は嫌いだったんです。ところが、有機化学の魅力に気づいて、化学の世界の美しさに惹かれ、どんどんのめりこんでいきました。今ではそんな化学の魅力を大勢の人に伝えられると思い、常にワクワクしながら、楽しんで教壇に立っています。

営業マンが自社の商品を愛していないとその商品の良さを伝えられないように、伝えたいことに愛を込めることが一番大切だと思っていて、私にとってはそれが化学なんです。愛しているから、伝えるための努力も苦痛ではありません。

うまく伝えるためには入念な準備をしたり、伝える相手のことを考慮したりと、必要なことがたくさんありますが、何よりも「伝えたい!」という気持ちがとても大切です。なかなか自分の考えが伝わらないと悩んでいる人は、自分が伝えるべき物事を愛するために、まずはそれらと深く向き合ってみてください。


 化学の世界に魅せられ、「化学の楽しさを伝えたい」という強い思いを抱きつつも、伝えることに苦手意識を持っていたという坂田先生。

 わかりやすく伝える難しさや希望通りではない配属など様々な困難にぶつかりながらも、試行錯誤を繰り返してこだわりの「伝わる」講義を自ら作り出し、多くの生徒から人気を獲得してきた。今後は受験生だけでなく、幅広い世代の人に化学の楽しさを伝える機会に関わりたいと語った。

 自分の考えを的確に相手に伝える力は、人と人が協働する以上、どんな仕事においても求められている。何かを伝えることが苦手だと感じるのなら、まずは伝えるべき物事に向き合い、「伝えたい!」という強い思いを抱こう。

 そして、伝える相手のことを考え、できうる限りのパーフェクトな準備をしよう。その努力や経験の積み重ねがやがて不安を拭い去り、あなたに「伝える」技術と自信をもたらしてくれるだろう。

Interview/Text:五十嵐綾子
Photo:保田啓介

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