1. 離島が“日本の未来”を映し出していた? 「まちが魅えるプロジェクト『離島×デザイン』」をレポート

離島が“日本の未来”を映し出していた? 「まちが魅えるプロジェクト『離島×デザイン』」をレポート

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 日本各地で行われている地域の特色を活かした取り組み。“地域活性化”や“地方創生”ともいわれるそれらの活動は、都市一極集中や過疎化などの現代化によって疲弊してしまった地域の「再編集」ともいえる。

 地域を再編集する、「地域活性化」をデザインの1つとして紹介しているのが、東京ミッドタウン・デザインハブ主催「地域×デザイン2017 -まちが魅えるプロジェクト-」。

 2017年で第2回を迎える同イベントは、デザインによって地域の価値を「魅力」に変えた約60のプロジェクトを展示とトークで紹介。今回は、2月18日(土)に行われた「離島×デザイン」をテーマとしたイベントをレポート。

 島国「日本」にある、約6,800の島。日本の地方の中でも高齢化が著しい離島で、どんな「デザイン」が誕生しているのか? 「離島×デザイン」のトークイベントに登壇したゲストたちにはどんな想いがあるのか? しっかりと紹介していきたい。

愛のバッドデザインプロジェクト in小豆島

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小豆島町長・塩田幸雄氏、S&O DESIGN・清水久和氏、日本デザイン振興会・鈴木紗栄氏(聞き手)。
 小豆島町長・塩田幸雄氏、S&O DESIGN・清水久和氏によるプログラム。登壇者の2人は、瀬戸内海に浮かぶ「小豆島」という人口約3万人の島を舞台に行われた愛のバッドデザインプロジェクトの仕掛け人だ。

  町長の塩田氏は、プロダクトデザイナーの清水氏に「小豆島の若者たちが面白いと思うこと」をやってほしいと期待。そこから誕生したのが「愛のバッドデザインプロジェクト」。

島民を繋げたのが「デザイン」

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愛のバッドデザインの写真。体育館の緞帳(どんちょう)の下についたフリンジなど、ユニークな視点が集まっている。
 島の日常生活で見かける「とるに足らない些細なもの」に宿る機能・美しさを見出して記録する愛のバッドデザインプロジェクト。このプロジェクトに主に関わっていたのは、今まで交流があまりなかった小豆島にある2つの町の若者たちだ。

 愛のバッドデザイン探しを、夏休みの宿題として行う小学生。愛のバッドデザインの展示会やワークショップを行う若者。このプロジェクトを通して、2つの町の若者が1つになった。

「社会政策」と「工業デザイン」の類似点は“マジョリティ”

 3年間、小豆島に通い詰めたプロダクトデザイナーの清水氏は「工業デザインは100人いて、100人が<素晴らしい!>と言うものじゃなければならない」と町長に話していたそうだ。

 町長は、この話に社会政策との共通点を見た。社会政策も、マジョリティからの評価が必要だからだ。「愛のバッドデザイン」は、日常で見落としがちな当たり前の景色から「物の本質」を見出している。

 マジョリティが評価する、本質的な美しさ——離島だけでなく、日本の地方には「普遍的なデザイン」が必要なのかもしれないと感じた。

島に文化の交流拠点を作る「さんごさん」プロジェクト

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さんごさんプロジェクトメンバーの5人。「ゆるくて臨機応変なチーム」という鳥巣氏の言葉通り、仲の良さを感じさせられた。
 2つ目のプログラムでは、さんごさんプロジェクト発起人・鳥巣智行氏、大来優氏、建築家・能作淳平氏、デザイナー・有川智子氏、さんごさん館長・大島健太氏の5人が登壇。

 さんごさんプロジェクトの舞台は長崎県にある五島列島の1つ、福江島。福江空港からは少し離れた島の南に位置する「富江」という小さな港町に私設図書館として「さんごさん」が建てられた。

さんごさんが誕生するまで

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 築80年の古民家をリノベーションして造られたさんごさん。そのきっかけは、発起人・鳥巣氏の「五島愛」だと感じた。

 18歳で五島を初めて訪れた鳥巣氏は、五島をとても気に入ったそうだ。その後、年に数回足を運ぶほどに。もう1人の発起人である大来氏との結婚式を五島で挙げた鳥巣氏は、翌年から夏休みを五島で過ごすようになった。

 何度も五島に足を運ぶうちに、五島の課題(少子高齢化、空き家)について考えるようになった鳥巣氏。そんなタイミングで出会ったのが、30年ほど空き家になっていた民家。それが現在のさんごさんだ。

人生の3冊に出会える図書館から、次のステップへ

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 かつて珊瑚漁で栄えた町にできた、小さな私設図書館「さんごさん」。そんなさんごさんの今後を考える会議が、イベント中のリアルタイムで行われた。

 プロジェクトメンバーの5人が和気藹々(わきあいあい)と話しながら、進む会議。「こだわりの珈琲豆を使った喫茶店をやりたい」「東京でジュエリーデザイナーをしている友人と、珊瑚の端材を使ったアクセサリーを作るプロジェクトを進めている」「職人の手仕事を見るツアーの提案」など、自由で柔軟な意見がメンバー内で飛び交った。

 会議中では、「富江には可能性がありすぎる。ないものがありすぎる。どんな職業も、やったもん勝ちなのでは?」という声もあがった。

 ないものがありすぎる、というのは他の地方にも共通すること。さんごさんを建設するために富江に来ていた建築家・石飛亮さんも、「東京では建物を建てるにも、コンペに出て案件を獲得する。富江では“建築家”がいないから、とても必要としてもらえる」と話していた。

 都心ではありふれたスキルや職業が、地方では重宝される。さんごさんの次の一手がなんであろうと、富江初のものになるだろう。

USIO Design Project:株式会社ロフトワーク

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久しぶりに人前で喋るので緊張している……と話していた寺井翔茉氏。
 3つ目のプログラムでは、株式会社ロフトワークでシニアディレクターを務める寺井翔茉氏が登壇。石垣島の魅力を再発見するプロジェクト、USIO Design Projectについて語った。

 沖縄県に所属するとはいえ、台湾に近い石垣島。格安航空などの普及によって、関東・関西などの都心部からも行きやすくなった石垣島には現在、「観光バブル」が訪れている。 

 観光バブル真っ只中で、石垣市役所では「バブルがはじけた後、どうなってしまうのか」という危機感を抱いていた。そこで、「本当の石垣島の魅力」を多くの人に知ってもらうために白羽の矢が立ったのが株式会社ロフトワークだった。

プロジェクトのキーワードは「外の視点」

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 USIO Design Projectは、いわゆる地域おこしプロジェクトとは異なる。「南国のビーチリゾート」というイメージではなく、石垣島の「違う一面」を見せるブランディングプロジェクトだ。

 2013年にスタートした同プロジェクトでは、①名産品のリデザイン、②旅のリデザイン、③物語の再編集を行った。特徴的なのは、全てのデザインプロセスの間に「外部の目」が入っていることだ。

 1つ目のプロジェクトでは、10個の名産品をリデザインした。デザイン案はコンペで募集。審査員には、石垣島の近所である台湾から陳文龍氏(元 台湾デザインセンター執行長)を招いた。「漢字を○で囲んでいるロゴは、高級品に見える」など、外から見なければわからない評価がなされた。

 2つ目のプロジェクトでは、石垣島でできる海以外のアクティビティなどを島の内外問わずに募集。3つ目の物語の再編集では、外国人からの視点とアジアからの視点、石垣島の視点を持つチームを作り、島の生々しい情報を掲載したサイトを完成させた。

「終わらせ方」のデザイン

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 USIO Design Projectは、石垣市が企画運営をロフトワークへ委託した事業。

 行政とのプロジェクトでは、単年度契約が前提となってしまう。つまり、プロジェクトには「終わり」があるのだ。

 そこで同プロジェクトでは、終わり方のデザインとして作成したHPを「更新できない!」割り切ることを決定。しかし、市役所がやろうと思えば、いつでもHPをアップデートできるような体制を残した。簡単なコンテンツ作りをできる人間を島内に増やしたのだ。

 プロジェクトの成果として、寺井氏らのチームが作成したHPやパンフレットを見た島民が「これって石垣ですか?」と聞くようなものを作れたそう。住んでいると見えない、外から見た魅力を詰め込んだコンテンツに仕上がったということだ。

 愛のバッドデザインプロジェクト同様、住んでいると見落としがちな地元の景色を拾い上げることの大切さを思い知らされた。

島と世界をつなげるクリエイティブのヒント 離島経済新聞社

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離島経済新聞社の統括編集長・鯨本あつこ氏。スライド内のゆるっとしたイラストと文字が印象的だった。
 4つ目のプログラムに登壇したのは「離島経済新聞」、季刊誌「季刊リトケイ」の統括編集長・鯨本あつこ氏。デザインを使用して、離島にヒトモノコトの流れを呼び込む事例について語った。

 離島経済新聞では、島の魅力を伝えるフリーペーパーや離島の高校生のプロジェクト、島の伝統工芸をアレンジしたものを紹介している。人工的なものではなく、自然なもの。土の香り、海の香り、手触り、人の温度などを感じさせることが、記事作りのモットーだ。

「島の持続は人次第」:子どもたちが学ぶ地域の自然

 島を想う人に向けて、離島のことを発信している離島経済新聞。その編集長である離島のスペシャリスト・鯨本氏は、離島関連のプロジェクトに多数関わっている。

 「島の持続は人次第」と考える鯨本氏は、本土を含めた14地域の小学生が作る「うみやまかわ新聞」という活動に協力している。ICTを活用した授業では、北海道の最果てにある利尻島と日本最西端の与那国島の小学生が交流するなど、離島同士をつなぐことにも貢献している。

 日本のどの地域にも共通する「うみ、やま、かわ」を地域ごとに調査。自然から派生した文化などから、日本について知る本活動。都内で行われる発表会には、離島の小学生も参加していたそうだ。

クリエイティブを「地産地笑」する活動

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 石垣島Creative Flagというプロジェクトでは、石垣島にゆかりのあるカメラマン、編集者、デザイナーなどのクリエイティブ業に携わる人を集めて、島のクリエイターコミュニティを作った。

 コミュニティ内で、石垣島のパンフレット作成などの仕事を共有することによって、「クリエイティブの地産地笑」が可能になった。

 外部が離島や地域に介入することは、短期的であれば簡単なことなのかもしれない。しかし、中長期的に考えてみれば「島の住人」が育っていかなければ、島は自走することができない

 うみやまかわ新聞は、島や地域の「小学生」という未来のある人材が地元に興味・関心を持つきっかけになる。地元への関心が、Uターンや定住などにつながっていくのではないかと、感じる。


 イベント最後のプログラムでは、プロダクトデザイナー・清水氏とさんごさんプロジェクト発起人・鳥巣氏、離島経済新聞社 編集長・鯨本氏のパネルディスカッションが行われた。そこでは「島を変えるのは子どもだ」という、印象的な言葉が飛び出した。

 人の温度が残る、シンプルな場所「離島」。ディスカッションでの言葉を借りると、昭和の時代にはあった「人と自然のシンプルな営み」が離島にはある。恐らくこれは離島だけでなく、地方でもいえることだ。

 栽培した野菜のお裾分け、地域で参加するお祭り、近所の人に声をかけられる。日本にあった当たり前が消えた今、離島や地方が注目されるのは必然だろう。

 小豆島町長の塩田氏は、離島は高齢化のピークが過ぎて「若返り」しつつある気がすると話していた。高齢化の一途を辿る都心、高齢化のピークを過ぎ去った離島……離島が「都市の未来」を映し出しているように思える。

 インターネットやスマートフォンの普及が離島や地方に起こす変化は未知数だ。日常に消えた「当たり前」が離島や地方で復活する日は、様々なデザインやクリエイティブの力によって近づいてきているのかもしれない。

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