1. 脳の「ワーキングメモリ」から読み解く仕事術:『仕事のミスが絶対なくなる頭の使い方』

脳の「ワーキングメモリ」から読み解く仕事術:『仕事のミスが絶対なくなる頭の使い方』

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 やるべき作業をすっかり忘れていた、必要な資料がどこにあるかわからなくなった、伝えるべき報告や引き継ぎに洩れがあった……仕事上でよく起こるミスには、「記憶」の不備という共通点がある。記憶力さえ確かならトラブルの多くは回避できるはずだが、実際には「忘れる」ことによるケアレスミスはなくならない。

 今回紹介する書籍『仕事のミスが絶対なくなる頭の使い方』は、記憶のメカニズムから仕事上のありがちなミスを回避する術を平易に論じたものである(「絶対」というのは売り文句としていささか割り引いて考える必要があるが)。

 本書の中で著者の宇都出雅巳氏は、「脳は思いのほか頼りにならない」ものであるとし、その前提の上で記憶力を高めるひとつのキーワードを提示する。それが「ワーキングメモリ」だ。

ワーキングメモリは小さな「脳の一時記憶装置」

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 ワーキングメモリは近年の脳科学・認知科学において注目されている概念で、脳が情報を「長期記憶」として定着させる前に一時的に貯蔵される領域のことである(かつて「短期記憶」と呼ばれていたものとおおむね重なる)。コンピュータで言えばバッファというところか。

 人間は外部から受け取った情報を「すぐに」「明確に」ワーキングメモリへと蓄える。ところがこれがクセモノで、ワーキングメモリには次のような特徴がある。

 まず第一に、一時記憶領域であるワーキングメモリは、すぐにその内容が書き換わる──つまり、すぐ忘れるということ。第二に、ワーキングメモリはその容量が非常に限られているということ。ワーキングメモリに保存できる事象は、およそ7前後(7±2)、ある研究では4±1とも言われている。従って、ワーキングメモリに記憶したことで「よし、憶えた!」と満足しても、次々とやってくる情報の中でその記憶は上書きされ、長期記憶として固着されることがない。

 「ならば、ワーキングメモリを鍛えて容量を増やせばよいだろう」と思う人も多いかもしれない。だが、多くの研究者は、ワーキングメモリ自体の容量は訓練では拡張できないと考えている。それよりも、いかにワーキングメモリの負荷を減らし、限られた容量を活用するかがカギとなってくるというのだ。

記憶が引き起こす4つのミスとその克服法

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 本書では、仕事のミスを次の4つに大別し、その原因と対策を提示する。

記憶が引き起こす4つのミス

  • メモリーミス(忘れた!)
  • アテンションミス(見落とした!)
  • コミュニケーションミス(伝わっていない! 聞いていない!)
  • ジャッジメントミス(判断を間違えた!)
 まず「メモリーミス」、これはすでに先述したとおり、ワーキングメモリの負荷を減らして活用することで回避できる。よくビジネスマンの基本的心得として「メモを取れ」と言われるが、これは「外部記憶補助」として実質的にワーキングメモリの拡張となる。

 PCと共有できるスマホのメモ帳アプリでもいいし、本書が示す例によると「バーテンダーが注文されたカクテルの種類をカウンターに並べたグラスによって憶える」というのも外部記憶補助である。また、略語のような「符号化」も、ワーキングメモリの領域占有を抑える働きをする。仕事の経験を積んでパターンやボキャブラリを学習すれば、符号化の能力はもっと上がるだろう。

 次の「アテンションミス」は、誤字脱字や見落とし・聞き落としといった「注意」に関するミスである。ここで筆者は、「世界を見ているのは「眼」ではなく「脳」」だと述べる。視覚情報を処理しているのはあくまで脳であり、脳がどこに注意を向けているかによって「見え方」も変わるのだ。

 ここで問題なのは、「どこに注目すればいいのか、なにかを見落としていないか」という不安がワーキングメモリを圧迫することである。すべてを洩らさずチェックしようとすると、たちまちワーキングメモリはオーバーフローする。そこで筆者は、「ちゃんと見ようとがんばらないこと」を第一の対策として挙げる。その上で、「どこに注意を向けるべきか」をあらかじめフレームワークとして考えておくことや、繰り返しチェック(校正)するといった作業の重要性を指摘する。

 「コミュニケーションミス」は、伝えたはずのことが伝わっていない、あるいは伝えられたことを理解したつもりが勘違いしていた」という対人における伝達の不備である。これに関して著者はこう言い切る。

 「コミュニケーションはキャッチボールではない」。

 コミュニケーションはよく会話のキャッチボールに喩えられる。だが、実際にそうだろうか。人間は自分が伝えたいことを相手に話すとき、その全貌は直接言葉で表さない(表せない)。必ず「省略」や「一般化」といったバイアスがかかる。さらにそれを聞き手が受けるとき、聞き手は自分自身の記憶や経験からその様子を想像する。このギャップは聞き手が自分の「潜在記憶」によって補完しているものであって、それを自覚していないと知らず知らずに齟齬が起こるのだ。

 これは日常生活では仕方がないことだが、仕事の現場で多発してもらっては困る。その対応策として、本書は「勘違いしようのないレベルまで具体化する」「「意識の矢印」を相手の記憶に向ける」ことを挙げる。

 前者は、日本人に多い「なあなあ」なコミュニケーションを改め、具体的な納期や予算を明示すること。そして後者は、話者が語っている状況がどんなものかをおもんぱかることだ。

 人間は自分の潜在記憶によって、どうしても「意識の矢印」を自分側に傾けてしまう。そのことを自覚しながら、「意識の矢印」を相手側に向けようと努めることがコミュニケーションミスを減らすことになる。その究極のコツを、筆者は「相手のことを知らない」と思うことだと語る。相手を理解していると思うことそのものが、すでに「潜在記憶」による予断なのだ。

 「ジャッジメントミス」は、判断の過ちである。これは、先述の複合的な要因も絡んでいる。

 本書が紹介する理論によると、人間が思考を巡らせるとき、脳の中では「速い思考」と「遅い思考」の2つが使われているという。「速い思考」とは、例えば「1+1=」と問われて反射的に「2」と答えるように、本能や過去の学習から即座に答えが出せる思考のこと。

 これには自身が持っている「潜在記憶」が大きく関わっている。それに対して「遅い思考」は、意識的かつ論理的に事象を検討する思考で、これを行うにはワーキングメモリの活用が重要となる。

 この「速い思考」「遅い思考」はいわば思考の両輪で、ジャッジメントミスを防ぐには「「速い思考」が出した答えを「遅い思考」で検証する」プロセスが必要となる。だが、「速い思考」は予断を生み出しやすい上、「遅い思考」の検証にも影響し、様々な誤解、思い込みの原因となる。

 それを防ぐには、評価基準のズレをなくす、つまり社内やプロジェクト内での価値観をあらかじめ擦りあわせておくことである。

 そのためにいわゆる「ホウレンソウ」は必須であり、またコミュニケーションミスの項で取り上げられた「意識の矢印を相手に向ける」ことで独善性から脱却するのも大切である。さらに、「ジャッジメントミスは起こる」ということに自覚的であることもジャッジメントミスを避けるには必要だ。

「ビジネスの基本」には脳科学的理由がある

 本書には各項目について問題を克服し、周囲から一目置かれる「マスター」となる道も解説されているのだが、紙数の関係もあり、またそれこそが本書の眼目でもあるのであえて省略させていただいた。少しだけ触れると、アテンションミスの項ではスポーツなどでよく言われる「ゾーンに入る」ことについて語られており、非常に親しみやすい解説となっている。

 ここで示されるメソッドは、個々のものを見ると「メモを取れ」などビジネスマンとしては基礎の基礎であまり新味はない(それは著者も認めている)。だがそれを「ワーキングメモリ」というキーワードで体系化し、「なぜそれが有効なのか」を脳科学・認知科学の見地から論理的に解説しているところが特長である。上司から「つべこべ言わずに教えたとおりにしろ!」と言われて鬱屈が溜まっている新人ビジネスパーソンに読んでほしい一冊だ。

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