「オープンソースソフトウェア」は、今やあらゆるIT製品で利用されているといっても過言ではないだろう。その中には「Android」のような一般に知名度の高いものから「Boost」のようなユーザーに見えない所で用いられるライブラリもある。
だが、「オープンソースハードウェア」についてはあまり知らないという読者が多いのではないだろうか? 未だ知られざるオープンソースハードウェアの世界を見ていこう。
特許に代わり得る? 設計を公開する利点とは
by asvensson ハードウェアに限らず、技術情報を公開する手段として古くからあるのが「特許制度」だ。特許が認められた技術は誰もがその情報にアクセスできるが、利用するには特許権者の許可を得る必要がある。
その際、実施料として料金を払うのが一般的だ。開発者が技術を独占的に利用できる特許制度を選ばず、設計をオープンソースとすることにどのような利点があるのだろうか? 実は、オープンソースとしての利点のみならず、ハードウェアならではの利点が存在するのだ。
オープンソースの基本的な利点
まずはオープンソースの基本的な利点を確認しよう。まず、利用料がかからないことが挙げられる。これは、商業的には不利に見えるが、実はそうではない。
なぜなら、必ずしも製品の販売から利益を上げる必要はないからだ。例えば、オープンソースの製品を無料で提供して、サポートを有料にすることで利益を得るビジネスモデルがある。Red Hat Enterprise Linuxがその代表である。製品自体はオープンソースソフトウェアから作られているが、それらを包括的に提供し、サポートすることで利益を上げている。
他に、オープンソース技術が利用できるプラットフォームを販売するビジネスモデルもある。Amazon Web Servicesは様々なオープンソースソフトウェアによるシステムを利用できるクラウドプラットフォームを提供して利益を上げている。技術自体が無料であることで誰もが気軽に利用しやすくなり、関連製品から利益を上げやすくなるのだ。
次に、公開されることによる安全性がある。製品の安全性は内部構造が隠されることで保証されるとする考えがあるが、これとは真逆の「リーナスの法則」と呼ばれる考えがある。
つまり、公開されることで多くの人が開発に関われるようになり、その結果不具合や脆弱性が発見されるようになるということである。この言葉は一般にソフトウェア開発の場面で用いられているが、ハードウェアに当てはめることも可能だろう。
ハードウェアならではの利点
上に挙げた利点はオープンソースであればどんなものにも当てはまることだが、オープンソースソフトウェアが一般的だった分、オープンソースハードウェアの利点として認識されないことも多かった。しかし、オープンソースハードウェアでも上記の利点を得られるばかりでなく、ソフトウェアでは得られない、ハードウェアだからこその利点も存在する。それが製造コストから生まれる収益性である。
そもそもオープンソースソフトウェア特有のビジネスモデルは、複製が容易であるというソフトウェアの特徴によるものだ。オープンソースソフトウェア単体を製品化して販売したところで、販売済みのソフトウェアや元々のソースコードからほぼノーコストで複製できてしまう。企業でなく個人であっても容易に複製できるのだから収益化にはつながらない。だからこそ、関連サービスから利益を上げるビジネスモデルを採用しているのだ。
それに対し、ハードウェアは材料費や組み立ての手間がかかり、設計が分かったところで個人が容易に再現できるものではない。さらに独自技術であれば技術の導入コストによって企業による複製も妨げることができる。
このように他者がコストで悩んでいるところに、大量生産をすることでより安い製品を提供できれば、オープンソースハードウェア製品の販売からでも利益を生み出せるのだ。もちろん、これに加えてサポート料などから利益を上げることもできる。
世界のオープンソースハードウェアプロジェクト
ここまでオープンソースハードウェアの利点を紹介してきたが、ここからは実例を紹介しよう。活用分野もビジネスモデルも多様となっており、良い参考になるだろう。
先駆者となったマイコンボード「Arduino」
オープンソースハードウェアの代表格が「Arduino」だ。
出典:www.arduino.cc 安価で拡張可能なコンピュータで、C言語風の独自言語が使える統合開発環境は無料で配布されているほかに、ビジュアルプログラミングができる開発環境も無償配布されている。汎用OSが搭載されていないことでハードウェア性能をフル活用でき、リアルタイム性が求められる分野で活躍する。
大きな特長としては、はんだ付け不要の拡張が可能であることが挙げられる。ブレッドボードという電子部品を差し込むだけで接続できるパーツで素早く回路を自作できるほか、シールドと呼ばれる既成の拡張部品をつなげることで機能を追加することもできる。GPS機能を追加するシールドや、ジョイスティックを作れるシールドなど、多様な機能を持ったシールドが販売されている。
素早く、簡単にハードウェア開発ができる点を評価され、オープンソースハードウェアを活発にした先駆者とされることもある。
自己複製が可能な3Dプリンター「RepRap」
3Dプリンターが一般に販売されるようになった今、価格が大分下がってきたとはいえ、まだ高級品のイメージが抜けきらない方もいるだろう。そんなあなたには「RepRap」という3Dプリンターがある。
出典:reprap.org 溶融樹脂積層法によってプラスチック部品を作成できる3Dプリンターで、RepRap自体もそのほとんどがプラスチック部品で作られている。
そのため、自己複製が可能となっており、一台RepRapがあれば容易に複製品や改良品を作ることができる。元々自己増殖が可能な3Dプリンタを作ることを目指して設計されており、複製の過程で進化・派生していくことも想定されている。電子制御にはArduinoが利用されており、オープンソースハードウェアの有効な活用例の一つとして挙げられる。
構想段階で公開されたクラウドハードウェア「Project Olympus」
2016年11月1日、Microsoftが新たなクラウドハードウェアプロジェクト「Project Olympus」を発表した。
出典:azure.microsoft.com クラウドなどの大規模なシステムに向けた次世代型のハードウェア設計で、まだ実物のない、設計が50%程度完成した状態で公開された。これはオープンソースハードウェア全体を見てもかなり早い公開タイミングである。
現在、オープンソースハードウェアの開発手法はオープンソースソフトウェアに比べると大変遅いものであり、これを改善するためにMicrosoftはProject Olympusを打ち出したという。オープンソースソフトウェアの開発手法を取り入れていくとしていて、すでにGithub上で設計の一部が公開されている。
オープンソースハードウェアの今後
by d26b73 このように広まりつつあるオープンソースハードウェアだが、オープンソースソフトウェアの知名度に比べるとまだ一般的とは言い難い。しかし、周辺環境は確実に変化しており、普及の条件は整いつつある。オープンソースハードウェアは今後どのようにして広まるのだろうか?
IoTの流行とオープンソースハードウェア
今まではハードウェア設計をオープンソース化して公開したところで、それを活用する場面が乏しく、特許制度に劣ってしまうことが多かった。しかし今、オープンソースと親和性の高いインターネットの発展によってオープンソースハードウェアが活躍する機会が増えてきている。それがInternet of Things(IoT)である。
スマートフォンによるインターネット利用環境の急激な変化とそれに伴う技術革新によって、インターネットは日常生活のインフラとして新たな地位を獲得しつつある。それに伴い、今までインターネットとは無縁であった日用製品などからインターネットを利用して情報交換を行い、新たな価値を生み出していく動きがIoTである。
エアコンを外出中に操作したり、テレビをインターネットに接続したりするような家電のインターネット利用についてはよく知られている。IoTではさらに小さな製品をインターネットと接続することが求められている。家電のような複雑な電子製品は開発も困難であるが、小型でシンプルな電子回路であれば個人からでも開発することができる。
つまり、IoTの流行によってオープンソースハードウェアが受け入れられる基盤が生まれているのだ。オープンソースの手法によるIoT開発が一般的になれば、オープンソースハードウェアも一般的な概念となるだろう。
ハードウェア向けのオープンソースライセンス
オープンソースソフトウェアは無料で利用できるが、当然好き放題に使えるわけではなく、利用規約が存在する。それがオープンソースライセンスである。著作者の表示と無保証であることを定めるのが一般的であり、さらに厳しいものでは派生物にも同じライセンスを要求することもある。代表的なライセンスにはGNU General Public License(GPL)やMIT Licenseなどがある。これらのライセンスを明示することで第三者が著作者を騙ることを防いでいる。
ハードウェアにも一般的なライセンス策定の動きはみられる。欧州原子核研究機構(CERN)が定めたCERN OPEN HARDWARE LICENCE(OHL)などがそれだ。しかし、ソフトウェアほどは活発ではない。なぜなら、ハードウェアの設計に使われる文書や図などは既存のオープンソースライセンスの適用対象となっており、新たにライセンスを作る必要性が薄いからである。
だからといってOHLが無意味であるというわけではない。例えば、適用範囲については、OHLではハードウェア部分に限定し、ソフトウェアやソースコードには適用されないとしている。ハードウェア上で動かすソフトウェアは第三者のものを利用するのが普通であり、ソフトウェアごとにライセンスが定められている。このことを考えると、ハードウェアとソフトウェアを分離してライセンスを適用するOHLの考えは理に適っている。適切なライセンスの普及と理解がオープンソースハードウェアの普及には必要だろう。
日本が持つ技術力は大企業のものだけではなく、町工場のような小さいスケールの技術も多く含まれている。オープンソースを利用すれば、今まで利用できなかった技術を活用して革新的な製品を生み出せるだろう。国内産業の停滞感は、オープンソースハードウェアによって打ち破られるのかもしれない。
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