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「9.11」から15年――癒えぬ傷を抱えたまま流れた時を「映画」から読み取る

菊池喬之介

2016/09/12(最終更新日:2016/09/12)


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by wallyg
 今年で2001年のアメリカ同時多発テロ、いわゆる“9.11”から15年が経つ――。惨劇以降、対テロ戦争、ISISのテロリズムなど世界情勢は目まぐるしく動いてきた。だが、対立の原因の本質は変わらない。反イスラムと反アメリカという感情は双方にはびこり続けている。

 テロの時代と言われる21世紀には、数多くのテロにまつわる映画が作られている。本記事では、それらの作品から双方の滲む複雑な感情を読み解いていきたい。

9.11から15年経ってもテロは続く

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by The U.S. Army
 9.11は世界を変えた。イスラム過激派にハイジャックされた飛行機はワールドトレードセンター、ペンタゴンなどに、いわゆる自爆テロにより激突し多くの命を奪った。そのニュースは世界中を駆け巡り、深い悲しみ、突然の驚き、そして消えぬ憎しみを人々にもたらした。

テロとの戦いは反イスラムと反アメリカの連鎖を生んだ

 事件から世界情勢は大きく変わった。アメリカは対テロ戦争を宣言し、アフガニスタン戦争、イラク戦争と戦いを繰り広げてきた。だが、結論から言うと対テロ戦争は失敗に終わる。テロ組織を撲滅するどころか、アメリカの強引な戦争は反アメリカ感情をムスリムに植え付けてしまい、その結果、昨今テロ事件は増加の一途をたどっている。

 今日、ひっきりなしに報道される“ISIS”も、9.11が作り出した怪物と言っても過言ではない。戦争の大義として大量の破壊兵器保有を掲げて開戦したイラク戦争で倒れたフセイン政権の残党が、ISISの構成員となっていることは有名な話だ。

様々な角度から描かれている9.11を題材にした映画

 9.11以降、テロを題材にしたドキュメンタリー映画、反イスラムや反アメリカをテーマにした映画、あるいは当時のアメリカ外交を否定するプロパガンダとしての性格を持った映画など、様々な映画が製作されてきた。ここではいくつかのフィルムを紹介していく。

ZERO DARK THIRTY(ゼロ・ダーク・サーティ)

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出典:diedreimuscheln.blogspot.com
 映画冒頭は9.11の場面から始まる。2014年公開のアメリカ映画『ゼロ・ダークサーティ』は、新米CIAの女性が特殊部隊を使ってウサマ・ビンラディンを殺害するまでを描いたサスペンス映画だ。実際にあったビンラディン殺害を題材にした作品だが、もちろんある程度脚色されている。

 劇中にCIAの拷問シーンがあったりと何かと世の中を騒がせたが、結果的には様々な賞を受賞するなど、作品としての評価は高い。本記事で注目したいのはこの作品がヒーローと悪者という構図で描かれている点だ。主人公の女性はアルカイダによるテロや同僚の死を乗り越え、ラストでビンラディンを倒す。その過程でイラク戦争などのアメリカに不都合な事実には触れていない。

 ビンラディン殺害のシーンを単なる派手なアクションでなく、隠れ家のドアを破壊しビンラディンを探し出す、といったリアルな表現が評価されている。映画として観る価値のある作品ではあるが、CIAが製作に協力していたことが明るみに出たことからプロパガンダの要素がないとは言えない作品である。

FAHRENHEIT 9/11(華氏9/11)

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出典:pinterest.com
 『華氏9/11』はマイケル・ムーアが監督を務め、2004年に公開されたアメリカのドキュメンタリー映画だ。この作品は『ゼロ・ダーク・サーティ』がアメリカ側からテロとの戦いを描いたのに対して、9.11やイラク戦争を題材にブッシュ政権を批判している。体制を批判するプロパガンダ映画であるため中立的とはとても言えない。

 劇中では、ブッシュ一族がサウジアラビア王室とその配下のビンラディン一族が、石油利権をめぐって親密な関係を築いていたことが取り上げられている。9.11でサウジアラビア当局が絡んでいたにもかかわらず、石油利権を守りつつ国民の注目をそらそうとイラク戦争を始めたのではないか、と疑問を投げかけている。

 この作品によって9.11の陰謀説が活発に議論されるようになった。政府が容疑者としているビンラディンが実は裏でブッシュと繋がっていた、という事実は国民を驚愕させた。真偽はともかく、アメリカ内部からもイラク戦争、アメリカ人がブッシュ政権に反発を持っていたことを映画から読み取ることができる。

VALEY OF THE WOLVES IRAQ(イラク 狼の谷)

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出典:www.ahashare.com
 上述の二作品がアメリカ映画だったのに対して、本項で紹介する『イラク 狼の谷』はトルコ映画だ。中東側の視点からアメリカと戦争について捉えた映画なのだが、この作品もまた極端な作風である。ヒーローと悪者の構図がハリウッドと全く逆。主人公はトルコ人の元諜報員で、敵はアメリカ人の軍人なのだが、これでもかというほど極悪人に仕立て上げられている。

 ストーリーは次のような流れだ。主人公の友人であるトルコ軍人が同盟国であるはずのアメリカ軍に拘束され、犯罪者のように扱われ屈辱を受けたことで自殺してしまう。主人公はその友人からの手紙で復讐を託され、友人を拘束したアメリカ軍人と戦う。

 この作品はトルコで歴代最高の観客動員数を記録したが、アメリカでは上映停止運動が起こるなど問題作として扱われた。この映画を見れば中東地域の反米感情がよく分かる。と同時にテロが増え続ける理由も反米感情にあるのか、と納得するだろう。

苦しみ続ける無関係な人

 テロで苦しむ人は数え切れないほどいる。まずはテロの被害者、そして遺族。彼らの心境は推し量ることもできず、心の傷は一生治らないかもしれない。だが、9.11の被害者はテロに巻き込まれた人々だけではない。過激な思想に全く興味のないイスラム教徒や、ムスリムに間違われるアラブ人はどうだろう。彼らを対象にしたヘイトクライムは9.11直後に急増し、ISISのテロが世界中で行なわれている現在では、止むどころか助長され続けている。

ムスリムの大学生が殺害

 2015年2月にはムスリムの大学生3人がアメリカ人男性に射殺される事件が起こった。殺害の動機は「駐車場をめぐる近隣のトラブル」と報道されたが、男はインターネット上にイスラム教を始めとする宗教を非難する書き込みをしていたため、イスラムへの憎悪から殺害に至ったとされている。

 フランスの同時多発テロを始めとする、ISISによるテロが頻繁に発生している現在、9.11の直後に起こったようなヘイトクライムが増加している。国民のテロリストに対する不満が高まるにつれ、当時のアメリカの政治は保守に傾いていった。

 その兆候はISISのテロの標的されているヨーロッパで顕著だ。極右政党が躍進し、反移民政策へと舵をとる国も少なくない。フランスでのブルキニ(ムスリム女性のための水着)禁止もその傾向の一端だ。

 
 新たなテロの時代に突入した今だからこそ、15年前の9.11、そしてそれ以降に起こった紛争やテロを思い出さなくてはならない。テロが増え続けているのは紛れもない事実だ。そしてその原因が互いの憎しみの連鎖だということは明らかである。

 世界中でテロが起こっている現在、日本とて完全に安全とは言えない。そんな時代だからこそ、私たちは正解のない問題の解答として自らの正義を掲げるのではなく、互いの理解を深めることを優先することが重要ではないだろうか。

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